第8話 境島署のいちばん長い日6

「怪獣じゃん!!!!」


 但馬の大声がパトカー内に響く。常に冷静な毒島も流石に呆然としたかのように固まっていたが、胸ポケットから支給の携帯端末を取り出して撮影した。


「境島2から境島 。只今現着し、該当すると思われる生物を発見しました。撮影して送信します」

 《境島了解》


 但馬がハンドルにもたれながら、未だ鉄塔の上で悠々と羽を休めている怪獣のような生き物を見て呟いた。


「つか何あれ怪獣? すげー。10メートル以上はあるかな。初めて見た。光線吐くのかな」

「ゴジラじゃないんですから。多分」

「毒島ちゃんは地元で見た事ないの?あんなん」

「俺の地元なんだと思ってんすか……ないです…ん?」


 毒島が首を傾げる。

 リザード族の毒島の地元はリザードクランという湖に近い集落で、漁業と観光業が盛んである。

 毒島の祖父は漁師を引退し、食堂を営んでいるのだが、その食堂の入り口に飾られていたのが【ドラゴンの鱗】だった筈だ。

 毒島の祖父は、食堂に来た客に決まって「そこの鱗はね、昔俺が漁に出た時に船の上を飛んでったドラゴンが落としてったんですよ」と自慢げに話すのだ。


「そういえば、爺さんの食堂に……ドラゴンの鱗が飾ってあったような……すげえでかい翼で……いやでも絶対爺さんのホラ話だと思ってたし…」

「え! あれドラゴンなの!? へえ〜。何か思ってたんと違う」

「いや班長の主観を言われても……あ、あれ。ちょ、ヤバくないすか」


 鉄塔の近くのあぜ道から、荷台に伐採した後なのか、竹やら枝を積んだトラックが走ってきて、稲が刈り取られた後の田んぼの前で停まった。広い田んぼの真ん中には、もみ殻の山が煙を立てて燃えている。

 トラックから男性が出てくる。荷台に満載された竹を降ろし、煙を立てるもみ殻の上に放り投げた。

 男性は鉄塔の上の怪獣には気づいてすらいない。


「やばいやばいやばい!」


 但馬がシートベルトを外しながら叫んだ。

 農業を営む為に伴うこういった野焼きは通常ならばなんら問題は無いのだが、状況が状況である。

 竹は火にくべると節の中の空気と水分が膨張して弾け、よって大きな破裂音がする。

 これが牛やヤギなら何も言わないだろう。だがあの鉄塔にとまっているモノは、見た目にも友好そうではないのは一目瞭然である。

 毒島もシートベルトを外し、パトカーを飛び出した。


「おーい! 旦那さーん!」

「火消してー!!」


 二人で口々に叫びながら、黙々と伐採した竹や枝をくべていく男性に向けて走っていくが、距離があるのと彼が焚き火を見ている為に聞こえている気配がない。

 くべられた笹や枯れ葉を伝い、焔がみるみると大きくなり、煙を噴き出してゆく。

 ガチャガチャと装備品を鳴らしながら二人は全力疾走する。するとようやく男性がこちらを向いた。

 人間とリザード族の警察官が自分の方へダッシュしてくるのに面食らったようにこちらを見つめている。

 毒島が、火消して!とジェスチャーで伝えようとするが、男性は首を傾げるばかりで伝わっていない。

 その時である。


 パァン!


 大きな破裂音が辺りに響いた。

 鉄塔の方では、びくりと大きく身体を震わせた【それ】が頑強そうな鱗と翼膜に覆われた大きな翼を広げ、その大きな顎を開いた。


 既存のどんな生き物の鳴き声とも違う、もはや怪獣と形容するのが一番しっくりくるであろう、凄まじい咆哮が辺りに響き渡る。


 その時ようやく男性がそちらに顔を向け、腰を抜かした。

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