第7話 境島署のいちばん長い日5

「すごい食べるねえ。お腹空いてたの?」


 犬用の餌皿に盛られたドッグフードを一心不乱に貪るちびドラゴンを見つめながら、緒方が笑う。

 ユリウスもその隣でまじまじとその様子を見つめていた。


「ドラゴンってドッグフード食べるんだな……知らなかった」

「やっぱり肉食なのかなぁ。あら、ちびちゃんご飯無くなっちゃったねぇ。まだお腹空いてるの?」


 山盛りのドッグフードを平らげたのにかかわらず、まだ不満げに鳴いている。

 緒方が自分のデスクの中をがさごそと探り、大きめの袋に入った何かを取り出した。


「じゃーん。ちびちゃん干し芋食べる?」

「ええ……食べますかねえ」


 緒方会計課長はオーガ族の見た目に似合わず菜食主義で、大の甘党でもあるのは署内でも有名である。

 彼が平べったい干し芋を一つ取り出してちびドラゴンの鼻先へ近づける。すると、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をした後、小さな両手で干し芋を持って食べ始めたではないか。


「ひゃあ~。可愛い~!」


 緒方がまるで女子高生のようなノリでその様子をスマホで撮り始めた。

 ユリウスはドラゴンの唾液でべちゃべちゃになった制服の袖をティッシュでどうにか拭いながら、未だスマホで撮り続ける緒方に声を掛けた。


「そういえば緒方課長、犬用の首輪とケージってありますか? このまま放し飼いにするわけにもいかなくて」

「あるよ~。中型犬サイズが丁度いいんじゃないかな。首輪とリードはそこの窓際のキャビネットの引き出しに入ってるよ~。あ、でもちびちゃんならハーネスのがいいかも。ケージは自転車置き場の右側~」

「了解です。お借りします」


 会計課では迷い動物が拾得物という形で来ることもある為、常に動物用のケージや首輪、リードが常備されている。因みに限られた期間ではあるがその動物たちの世話をするのも会計課員が担っている。

 ユリウスが首輪とリードを借りる為に窓際にあるキャビネットに近づいた時だった。


「え?」


 何気なく窓の外に視線をやる。普段なら見渡す限りの空と田園、送電鉄塔、ぽつぽつとある民家やコンビニが見えるのだが、遠くの送電鉄塔の一つに異様なものが見えた。


「何あれ……?」


 送電鉄塔のてっぺんに、何かがいる。鳥にしては大きすぎる。いや、巨大と言ってもいいかもしれない。

 深く蒼いごつごつした鱗に包まれた厳つい身体と尾、ワニと蛇の混ざったようにも見えるが、大きな翼がその存在を如実に語っているかのようだ。

 ユリウスは口をあんぐりと開けたまま、それを見つめていた。

 窓の外を見たまま凍り付いているユリウスを訝しく思ったのか緒方が首を傾げた。


「どしたの? ユリウス君」

「か、か」

「か?」

「怪獣だ!!!!」


 悲しいかな、ユリウスの頭には前日に観た怪獣パニック映画が浮かんでいて、咄嗟に出た言葉がこれであった。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 その少し前。但馬と毒島班。

 パトカーのハンドルを繰りながら但馬が隣の毒島に話しかけた。

 その話題は、署内中で大騒ぎになっている、半壊した官舎の事である。


「毒島ちゃん見た? 猪熊官舎」

「ああ。見ました。ヤバイっすね。ガス爆発ですか?」

「なんか違うらしいよ~。刑事課長巻き込まれたらしいけど、めっちゃぴんぴんしてた」

「マジすか強いな」


 黒柳刑事課長は当直明けもあり、唯一官舎の中に居て巻き込まれたのだが、カップ麺を食べる為にお湯を入れたまま吹き飛ばされたにもかかわらず、軽い火傷と打撲だけという奇跡の生還を果たした。


「あの人昔から悪運は強いんだよね~。ヤクザともみ合いになって二階から落ちたりしたのに二日後にはもう復帰したりしてるし」

「ジャッキーチェンかなんかですかあの人」

「ホント意味わかんないあの強靭さ。あとは地域課長がね~。黒柳課長に刑事時代にバチバチにしごかれたらしくてさ。仲悪くてもやっぱ教え子だよねあの人の。いざという時は無駄を省いて実を取る破天荒型だもん」

「ああ~。分かるかも知れない」


 刑事課長の武勇伝の噂に花を咲かせていると、突如パトカー内の無線が鳴った。


≪Ⅰ県本部から境島、境島2≫


 珍しく、本部からの指名の無線である。毒島が肩を竦めながら無線を取る。


「境島2ですどうぞ」

≪了解、匿名での110番申報、○○地内○○のコンビニエンスストアから200メートルほど東の送電鉄塔に、【巨大な鳥のようなものがいる】との事。現在、類似する申報が近隣より複数入っている為、至急向かわれたい≫

「境島2了解」


 毒島が無線を切ると、但馬が嫌そうな声を上げる。


「なに、またデカい鳥? もう~俺鳥嫌いなんだけどさあ」


 以前にあったヒポグリフ騒動を思い出したのか、溜息を吐く。あの時も巨大なヒポグリフが迷い込み散々だったのだ。


「鳥のようなものですからね。鳥じゃないかもしれないですよ」

「じゃあなによ」

「でかいコウモリとか」

「もっとやだよ!」


 そうこうしているうちに、パトカーは指令のあった現場付近まで近づいていた。毒島が現着した旨を無線で報せると、きょろきょろと周りを見渡した。


「この辺だと思うんですけどね」

「もういなくなっちゃったんじゃない? 帰ろうよ」

「ホントに鳥嫌いなんですね……あっ、何あれ。ちょっとあれ見てくださいよ」


 毒島が助手席側の窓を見ながら声を上げた。パトカーを路肩に停車させた但馬もそれを見て、あんぐりと口を開けた。


「怪獣じゃん!!!!」

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