第2話 偽りと真実

 東北に取材をする話は、二つ返事でOKされた。できれば駄目だと言ってほしかったが、あの変人作家を操れるのはお前しかいないと不本意な理由を押しつけられて、結局行く羽目になってしまった。

 僕なりに資料をかき集めてみるも、ほとんど風習については分からなかった。

 考古学に詳しい者に聞いても、情報がなさすぎるとお手上げだ。

 一つは人身御供であること。人身御供とは、神に人間を生贄として捧げるというもの。生き物を捧げる儀式はいくつかあるが、日本では人間が贄になるのはあまり聞いたことがない。そう思っていた僕は知識不足で、探してみるとあるわあるわ。存在があったと確定されたものや、憶測の域を出ないものもある。

「というわけで、僕なりに調べた結果、裏付けの証拠は見つけられませんでした」

「調べてくれたんだね。嬉しいよ。でもね、考古学者のようにふたりで調べるってのもわくわくしない?」

 初の東北に上陸した。人がほとんどいないイメージだったが、夏休みに被ったこともあり、スーツケースを引く家族連れが多い。

 ところが、一番大きな駅を出てバスに乗ると、人もまばらになってくる。山に続くバスに乗ると、客人は僕と先生のふたりだけだ。

「冷麺はあるかなー?」

「山奥にはないんじゃないんですか? イノシシの肉ならありそうですけど」

「アメージングだね。楽しみだよ!」

 あるとは言っていないのに、イノシシイノシシと作詞作曲を披露する。

「泊まる場所ってどんなところなんです?」

「民宿らしいけど、行ってからのお楽しみだよ。なんと、熊の目撃情報があるらしい」

「まさかそれを理由で選んだんじゃ……」

「そのまさかさ。熊なんて見たことないよ。本州と北海道にいる熊の種類は違うらしいね」

「ツキノワグマとヒグマですね」

「そうそれ。胸元に月のマークがあるなんて、オシャレでクールだと思わない? そんなわけで、これを君に」

「なんですか?」

 小さなリボンが飾られた袋を渡され、開けてみるとネックレスが入っていた。

 鎖にいくつか輪があり、天体のマークがついている。

「これをつけると、なんと千夏もクールな男に大変身」

「先生、名前で呼ぶのは……今は仕事中です」

「……君は仕事中だと思っていたの?」

 なんとも悲しそうな顔をしたがそれも一瞬で、僕の手にあるネックレスを奪うと強制的につけてくる。

「似合うよ、うん。ツキノワグマみたいだ」

「それはどうも」

 昔から感性がとち狂っていたが、そこが可愛いと女子たちには人気だった。僕はその中に……やめておこう。夢のせいか、どうしても意識が過去に戻っていく。あってはならない、封じ込めてなければならないのに。

「昔もさ、中学のときに野外授業でバスに乗って出かけたことがあったろう?」

「ありましたっけ」

「あったよ。君と隣の席だった。あのとき……」

「あっもうすぐ着きますよ」

 終点はオンボロなバス停が一つあるだけ。雨宿りする場所も自動販売機も何もない。一面が山と木々。

「ここって、民宿とかありますよね?」

「あるよ。山に入っていかないといけんがな」

 バスの運転手は答え、ドアが閉まるとアクセルを踏んだ。

「心配性だなあ、相田君は。ちゃんと道は分かるって」

「……………………」

「そんなに不安?」

「いえ……なんでも」

 もやっとする。いろいろと。そう呼べと行ったのは僕なのに。

「ここからしばらく歩くからね。それまでは何か楽しい話をしよう。例えば、この前作ったお汁粉の話でも」

「今の時期にですか? 夏ですけど」

「食べたいときに作るものだ。別にクリスマス以外だってケーキや七面鳥を食べてもいいだろう? そうそう、クリスマスといえば、僕の本名はクリストファーなんだけど、」

「ええ、知っていますよ」

 相づちを打つと、彼は後ろを振り向き破顔した。

「クリストファーの由来を教えてあげよう。実はね……」

 お汁粉はどうでもいいらしく、彼は自身の名前と家族や誕生日、個人情報をべらべらと話し始めた。

 母親は日本人、父親がアメリカ人。今は母が父と共にアメリカへ行き、今はひとりで日本に住まう。何度も引っ越しを繰り返し、日本が大好きになった。

 全部、全部知っている。

 好きな食べ物はカップ麺で、アレンジレシピは百を超える。後者は知らない情報だ。

 なぜ小説家を目指そうと思ったのかは、教えてくれなかった。

「着いた。ここだよ」

「民宿……」

「そう、民宿。わくわくするねっ!」

 お化け屋敷と勘違いしていないだろうか。

 山奥に建つ大きな建物は、古き良きお屋敷だ。車も数台泊まっていて、道路は一応あるらしい。

 壁には大きな蜘蛛が止まっていて、背筋に氷をぶつけられた感覚。

「ここはね、座敷わらしが出るって噂の民宿なんだ。そういう噂の立つ日本各地にあるけど、ここが一番目撃情報が多いらしい」

「ツキノワグマに座敷わらしですか……非日常に片足を突っ込んだ気分です」

「怖い? 手繋ぐ?」

「中に入りましょうか。喉が渇きました」

 食事は何が出るのだろう。楽しみだ。

 女将に迎えられ、荷物を持とうとする彼女に、彼は丁重にお断りした。僕も荷物を肩にかけ、部屋に運ぶ。

「夕食は十九時。朝食は七時となっております」

「ちょっと聞きたいんですけど、この辺りで有名な風習って知ってます?」

「さあ……存じませんね」

「女将さんってこの辺りの人?」

「ええ、生まれも育ちもこちらですよ。ここは田舎ですが、空気や水も綺麗で山に実る季節ものの食材が豊富なんです。湧き水を求めてわざわざ下からいらっしゃる方もいます」

「水が美味しいと食事にも影響されるっていいますもんね」

「ええ、本当に。では、失礼致しますね。そちらのお茶とお茶請けはセルフサービスとなっておりますので、お召し上がり下さい」

 実家にもあったような、ローテーブルに一式の湯呑み茶碗や急須が置いてある。

「アメージング……なんて可愛いんだ。コミカルで丸みを帯びた形は僕を夢中にさせるよ」

「コミカル……? それは良かったですね。お茶でも入れましょうか。それと先生、さっきの質問ですけど……」

「嘘ついてるね」

 僕の何が、と言おうとしたが、僕に対してではなく、先生は入り口を見つめている。

「どうしてそう思うんです?」

「生まれたときからここに住んでいるなら、風習の一つや二つくらい噂でも知っていておかしくない。僕が聞いたとき、彼女は知らないと即答した。普通、ちょっとは思い出そうと考えるふりをするだろう? 言っていけないと口止めされているか、言いたくないかのどちらかだね」

 昔から鋭いところがあったが、持って生まれた感性なのか。

「さて、まずはお茶にしようか」

 真剣だった顔はへらりと笑い、僕は安堵してコミカルな形の急須に手を伸ばした。

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