最終章①

 椿……どこにいるんだ……。

 陽行は暗闇の中、探していた。足元が不安定だ……それに何も見えないほどの暗闇。音も聞こえない。

「あいつ、ただごとじゃないな……危険な予感しかない……」

 陽行はそう言いながらも、歩みは止めない。

「椿っ!私が来たぞっ!どこにいるんだ!?」

 何度も何度も大声で叫ぶ。しかし反応はない。

「椿っ!彼女は無事だ!お前が無事じゃないと話にならん!どこにいるんだっ!」

 椿の中に入ってどれくらい経ったのか……。少しずつ、暗さは落ち着いてきた。「近くにいるんだな!?大丈夫だ、絶対見つけてやるから……」その目は父親の目だった。子を守ろうとする親の目……。必死に探し、叫び続ける。

「……と……うさん……」

「椿っ!どこだ……」

 かすかに声が聞こえた。あたりを見回す。すると数十メートル先に、小さく屈みこんでいる何かがいるのを見つけた。

「椿……椿っ!」

 陽行は走った。それに近づき、声を掛ける。

「椿……父さんだ……分かるか?」

 そこにいたのは、幼き日の椿だった。まるで今にも泣きだしそうな顔で陽行を見ている。

「大丈夫だ……一人で怖かったな……。よく頑張ったぞ、偉いぞ……」

 陽行は椿を抱きしめた。彼もまた陽行に抱きつき、大声をあげて泣いた。

「とうさん……おれ……」

「何も言わなくていい……お前の言いたいことは分かっている……。私が来たから安心しなさい……。ほら、帰ろうか……」

「だめなんだ……おれ……かえれないんだよ……」

 陽行はそう泣く彼の体をまじまじと見た。それは透けていて、彼はもうことを示していた。

「椿……私はお前の味方だ。それはいつまでも……。そして、私はお前を愛している。これからもずっとだ。お前はもう大人になった。いつもそばにいてくれる人もいる。お前のことを理解してくれる人もいる。私はもう安心だ。だから、私としよう……今ならまだ間に合う……」

 陽行はそういうと、自分の胸に手を当てた。

 すると光り輝く美しい球体が体から出てきた。それを椿の胸へと当てる。

 球体は椿の体に入り込み、体に光を灯した。

「ほら、行きなさい……振り返らずに……お前なら、帰れるはずだ……」

 促され、少しずつ歩き出す椿。その肩は震えていた。そして歩みが速くなったとき、椿の体は大人になった……。

「椿……達者でな……。お前を育てられてよかった……いつの日も、お前に授けたその名が、助けてくれる。信じるんだぞ……。鷹斗、由衣さん……椿を頼む……」

 薄くなった陽行の体はいつの間にか消えた—――。


 部屋から追い出された鷹斗と由衣。そして不安そうに立っている加賀美。何かを感じたのか、加賀美は声を掛けた。

「神父様……!」

 返事はない。扉に手を掛けるも、ドアは開かない。

「え……この部屋に鍵なんてありません……どうして……」

 焦る加賀美をよそに、鷹斗は冷静だった。

「加賀美さん、あとで弁償します。だからドア、破りますね」

「ちょっと、鷹斗さん……入るなって言われたのに!」

「うん。でも……様子がおかしい。これ、刑事の勘ね」

 鷹斗はドアを蹴破った。

 慌てて部屋に入る。すると、陽行は椿の上に覆いかぶさるようにして倒れていた。その顔は眠っているようにも見える。

「父さん、一体何を……え……と、父さん……?」

 触れたその手には冷たさが伝わってきた。

「え……父さんっ!」

 陽行の体を起こす。しかしその体は力なく、崩れるように床に倒れた。

 慌てて加賀美が駆け寄り、脈を取る。

「加賀美さん……」

 彼は首を横に振った。

 意味を察した由衣は力なさげに崩れる。その顔は茫然としていた。

 鷹斗はただ、陽行の体を抱き上げ、ベッドに寝かし、布団を掛けてやった。何も言わず、表情も変えず、彼の胸に手を当てた。

「……ん……とう……さん……」

「……椿っ!?おい、椿っ!分かるか!?」

 鷹斗は椿の体を優しくたたく。顔をゆがませる椿。

「おい……頼む……起きてくれ……」

 涙声で椿の名を呼ぶ。それに応じようと、椿はそっと手を動かした。それをみた鷹斗は彼の手を握る。

「椿……目を開けてくれよ……」

 その言葉で覚醒したのか、椿はそっと重い瞼を開けた。

「椿っ!分かるか!?おい……」

「鷹斗……父さんを死なせたのは……俺だ……俺が父さんの命を奪ったんだ……」

「ちがっ……父さんは、お前を守った……お前を生き返らせるために……自分の命をお前に……お前のせいじゃない」

 鷹斗は陽行の死の意味を分かっていたのだ。

 自分の命を犠牲にして、椿を連れ戻した。その証拠に、椿の瞳は薄い、綺麗な紫をしていた。そして、右目は……陽行のような優しい茶色い光を放っている―――。


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