第18話 義眼探偵 宮ノ下裕貴①

探偵 宮ノ下裕貴(30)の片目は義眼である。ある事故により片目を失明し、以来、義眼を使用している。しかしそのお陰である特殊能力を手に入れた。それは死人の眼球を自分の義眼の代わりに入れると、その人物が見た死までの数分前の景色が見れるというものである。裕貴はこの特殊能力を公にはせず、幼馴染で刑事である浅田一朗太(30)と解剖医である井出酪王(56)にだけ話していた。裕貴の能力は犯人逮捕におおいに役立ち、一朗太もその特異なチカラにあやかり、警察署内の検挙率はダントツトップであった。そして今宵も一朗太は頭を悩ませる事件を片手に裕貴の探偵事務所を訪れた。『おーい、裕貴ー、いるかー?』一朗太は探偵事務所のドアを乱暴にノックしたが、返事がなく、仕方無しに扉を開けると、背の高いボサボサヘアの男が、ネクタイを緩めてソファで横になっていた。『鍵くらいしろよ。不用心にも程がある』一朗太はソファで眠る幼馴染に毒を吐いた。テーブルにはウォッカやウイスキー、カクテルなどが散乱していた。『相変わらず眠れないのか?』声の気配に目を覚ました裕貴はうーん、と大きく伸びをした。『なんだい、誰かと思えばアサイチか』一朗太はむっくりと起き上がる幼馴染を見上げた。裕貴は身長190cmの大柄な男で身長169cmの一朗太は見上げる格好となる。幼少の頃より裕貴は身体が大きく、体育会系の部活からよくスカウトが来たが、スポーツには全く興味なく、ピアノやクラシック、オペラ鑑賞を趣味としていた。一方、一朗太は柔道に剣道、空手など格闘技を刑事である親の影響で習わされていて、学生時代はお互いを通称で呼び合っていたが、幼馴染ながらまるで水と油のような関係性であった。眼帯を外すと裕貴は同性の一朗太がため息をつきたくなる程にスラリとしたスタイルのイケメンである。事実、学生時代、裕貴はどっかのアイドルグループを思わせるほど追っかけの女の子が多く、その数は某与党の派閥すらも大きく上回っていたが、当の本人は女性には興味がなく、サバサバしたものだった。『なんだい?じろじろこっちを見て、気持ち悪い奴だな』視線を感じた裕貴は、一朗太を見て、ネクタイを締め直しながら嫌そうに言った。『ご挨拶だな。せっかく仕事の依頼に来てやったのに…コーヒーの一杯も出してくれないのかい?ここの探偵事務所は』一朗太はドカッと古びたソファに腰掛けた。『何を言ってる。最終的にオレが解決した事件も自分の手柄にしているくせに…このなんちゃって毛利小五郎め』裕貴は、向かいに腰掛ける幼馴染に毒を吐いた。事実、一朗太は裕貴の特殊能力により数々の難事件を解決したものを自分の手柄とし、そのため検挙率は署でダントツトップであったが、それは裕貴の特殊能力を隠す為でもあった。当時、署に配属された時は、裕貴よりも一朗太の方が四年早かったが、キャリアである裕貴はノンキャリアの一朗太をごぼう抜きで追い越し、警視正となっていたが、3年前のバイオテロの影響で、仲の良かった妹と片目を失い、失意の中、警察を辞めてしまった。しかし、特殊能力を持つ以前から刑事的な才能を見抜いていた一朗太は、親友である裕貴に、探偵事務所を開設することを勧め、折を見ては警察では中々扱えないような事件を裕貴に持ち込んでいた。裕貴はバイオテロにあった際に、亡くなった妹の眼球そのものの移植を、解剖医である井出酪王に頼んだ。眼球そのものの移植はこれまでに成功例は無かったが、裕貴はどうしても妹の生きた証を自分の身体の中に刻みたかった。手術は5時間に及ぶ大手術となり、終わった後も、痛みと違和感で、頭痛と吐き気に悩まされた。妹の眼球自体が、裕貴の身体の中で拒否反応を起こし、暫くは目の充血が取れなかった。眼帯をしたまま退院したある日、左目を閉じて、妹の瞳で覗いて見ると、強烈な映像が脳を通じて流れてきた。それは妹とともに訪れたショッピングモールでのバイオテロのシーンである。防護マスクをつけた全身に入れ墨をした男が、妹の前に立ちはだかり、日本刀で切りつけたのだ。とっさに後ろに身を躱すつもりが、背後の人と衝突し、そのまま腹を切られ絶命してしまった。遺体の腹部の大きな傷跡は、まさにこれだったのだ。このフラッシュバックされた映像は、そのまま裕貴に襲い掛かり、人為的な被害は無いものの、毒ガスが何度も何度も自分の肺の中に入り込む違和感、日本刀で切られた腹部の抉るような痛み、胃の中のものがこみ上げ、苦しくて涙と鼻水が流れ、吐くものが底をつきて逆流した胃酸が喉を焼いた。精神的にも追い込まれるほどのストレスではあったが、裕貴はこの事件を風化させない為に、何度も擦り切れる程、映像を繰り返し自分の脳に叩き込み、妹を殺害した男の容姿を完全に記憶した。当初、裕貴はこの怪奇な現象を、事件の記憶が突然鮮明に蘇る幻覚のようなものと思い込んでいたが、外傷的斜視により、遺体の眼から入ってくる膨大な量の情報を処理し、より故人の印象的な視覚情報を自分に見せようとしているのではないかと井出先生から仮説を受けた。井出先生は今回の結果に大変驚き、そして他の遺体でも試してみたいと裕貴に依頼してきた。裕貴は妹の眼球を大切に保管し、自身の命を救ってくれた恩人の提案を受けることにした。あれから3年経過したが、裕貴は未だに、自分の感情をセーブすることが出来なかった。バイオテロ事件の後、目覚めたのは病院のICUであった。そして側にいた一朗太から妹の悲報を聞かされたときは冷静さを完全に失っていた。遺体安置所に駆け込み、扉の中に入ると、両親と妹の婚約者がいた。彼女は静かに横たわって、結婚式で着るはずであった純白のドレスを着用していた。整った顔と素晴らしい鼻梁である彼女が目を閉じたその姿はさながらディズニープリンセスのようで、裕貴と両親と裕貴の弟になるはずだった婚約者の四人は、まるで姫を案じておろおろする森の小人のようであった。その刹那、妹との淡い思い出が記憶に蘇ってきた。妹は、再婚した母親方の連れ子であり、血の繋がりは無かったが、実の兄妹以上に仲が良く、元来出不精である裕貴を色々な所に誘ってくれた。渋谷のイタリアンレストラン、四谷のスナック、麻布のカラオケバー、銀座資生堂ビルでの婚約パーティー、話上手で、誰とでもコミュニケーションがとれる妹に、元来無口である裕貴は、その彼女が巻き起こす竜巻のようなものに気持ちよく巻き込まれ、忙殺されるほどの仕事量やストレスもどこかに飛ばしてくれる眩しさがそこにあった。裕貴は泣きすぎて精神が破綻するんじゃないかというくらいに号泣した。妹を失った悲しみやショックは何年経とうとも癒やされることは決してない。裕貴は自分の特殊能力を駆使し、残酷な殺され方をした妹の敵を取るため、バイオテロ以外の事件で忙殺されている警察組織を辞めて、直接犯人に復讐を果たす為に独立をすることに決めたのであった。

    

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