第36話 LOST IN PARADISE★

「はぁあ? なにそれ!?」


 私から出た言葉はそれだけだった。それ以上何も出なかった。

 私には意味が分からないという感覚に溺れていた。他人に手を出すという禁句を私の仕えている彼は行ったのだ。

「さて、行こうか。聴き取りはこの部屋で行われているみたいだよ」

 野次馬が部屋の前に戯れている。

 その噂はすぐに広まっていった。もちろん私の耳にもすぐに入ってきた。

「アサヒ様は何故こんなことをしてしまわれたのか、僕には全く理解ができません。そもそも、付き人が無能な執事だからこそ、こんなことが起きるんだ。全くだよ……」

 嫌味なコガネがため息を吐いている。

 いつもはやれやれと思ってやり過ごしているが、今はイラッとくる。これ以上言われたら、私も殴ってしまいそうだ。

「さあ、お行き!」

 人混みを掻き分け進む。ハルに後押しされてドアの前まで来た。


 アサヒがおかしい言動をしていたのは知っている。

 大切な仲間であるノナミとハルのお別れ会には来なかった。それを責めたら、反発してどこかへと言ってしまった。もしかしたら、その反発でどうしようもない苛立ちを他人にぶつけたのではないのか。

 あれこれ考えている内に苛立ちが湧き上がってくる。

 私はドアノブに手をかけた。

 手を捻る。

 その瞬間、どこからか透き通る声がした。

「ちょっと待って──」

 ノナミだった。

「話して起きたいことがあるの。うち、その時に、ずっと居たんだ。止められなくてごめんね」

「謝らないでください。悪いのは執事である私と、八つ当たりで手を出した本人ですので……」

 ドアノブに触れた手に汗が溜まる。

「違うの──。これだけは知っていて欲しい。アサヒが殴ったのは本当だけど。それは──ナルミのためにやったことなんだ……」

「私のため……?」

 意味が分からなかった。

 その意味の分からなさが、煮え滾る苛立ちを薄めていった。

 部屋の中には、アサヒと殴られたヘキナ、周りにいたモリカ、サクラ、サヤ、そして、ルシファーとガブリエルがいた。

 荘厳的な中、アサヒが振り向いた。その目には後悔もしていないという高圧的な瞳が映っていた。

「ナルミ。俺は、俺がやったことに──後悔してない。そうじゃなきゃ、俺らは負け犬だから」

 少しトーンの低い声。

 後悔はしていないといいながらも、その声はどこか暗い。

 少し視線を奥の方にする。

 そこには悪意のような、おぞましいような、そんなオーラが渦巻いている毒色をした空気が見えた気がした。

 ヘキナが口角を小さく上げて微笑んでいた。

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茜色(あかね)のアサヒ ふるなる @nal198

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