第35話 ロウワー☆
「俺は……苦しくないんだ」
強く強く言い聞かせる。独り言のように呟いてる。
じゃあ何で俺はこんなにも呼吸が荒いんだ?
「俺は苦しむ場合じゃないんだ。俺はホシノみたいにならなきゃいけないんだ?」
「どうして────?」
「えっ?」
何かがプツンと切れた気がする。けれども、すぐにその解けた糸が絡まり繋がった。
「俺は、ホシノみたいにならなきゃいけないんです。それが俺に求められてることだから。ホシノの血縁者の俺に、みんなが求めてるのはこんな弱々しい奴じゃないんです」
「どうして? 周りが求めてるからって、そうならなきゃいけない理由って?」
言葉が出なくなった。
温もりが離れて、ぽつんと口を開け、そこへと立ち尽くした。
「周りの評価なんて気にしなくていいんだよ。だって、みんなさ、身勝手なんだもん」
「どういうこと……ですか?」
静かな廊下。
ふわりと落ちる白い羽がふわっと床に着いた。
「自分の話なんだけどさ、うちさ、いじめられてたんだよね。だって、天使なのに羽がないんだもの」
そうだ。彼女には羽が見えない。いじめられる理由が分かる。その光景が目に浮かぶ。
「辛かったなぁ。死にたいって何度も思ったし、何度も手首を切ったんだ。けど、何も良くはならなかった。死ねないし、周りの目は身勝手だからさ、見下したり、罵ったり、いじめて楽しんだり。ほんと思い出したくない過去なのに、今思い返せば笑っちゃうよ」
何も言葉が出なかった。
「うちは天使だから、この学校に入学できた。そして、ハルと出会ったんだ。それから、運命が変わったんだ」
唾を飲み込んだ。
彼女の世界に引き寄せられていく。
「『貴女のその強くて優しい心に、私の心は奪われた。──何を。天使様だからなんてものは一切関係ない。私は貴女ではないといけないんだ。周りの目なんて関係ない。身勝手な人々なんかよりも、貴女を想う私だけを見ていてくれ────』ってさ」
その言葉に心が奪われていく。
そうか俺は、自分で周りの目を気にして、勝手に一喜一憂していたのか。自分勝手な周りの目を気にしているから辛くなるんだ。そのことに気づかなかったんだ、今の今まで。
「その後に『結婚して下さい』って言われたんだよね。あの衝撃は死ぬまで忘れないかも」
何故だろうか。
いつの間にか冷静になっている俺がいる。
軽く含み笑いを浮かべてゆっくりと歩く。視界が何故かクリアに感じる。気のせいだろうか。
ボソボソ。何かが聞こえる。視覚だけじゃなくて聴覚もクリアになったのだろうか。
そっと────耳を澄ましてみる。
「アサヒ様、執事に叩かれたらしいわよ」
「うわぁ。アサヒさん、可哀想ですわぁ」
「アサヒ様も落ちましたわね。やっぱりホシノ様の劣化品だったみたいだわ」
血管が膨れ上がっていくのが分かる。
力強く踏み込み、足音を立てる。進んだ先には天使のモリカとサクラ。それぞれの付き人のヘキナとサヤがいる。
モリカが俺に気付く前に口を滑らせた。
「不良品ペアですわぁ。ですけど、崖から落ちたのに死ななかったのかしら?」
嘲笑うような笑い声。不協和音な音色が木霊する。
煙の中で誰かが突き落とした記憶が蘇る。そこにいたモリカとヘキナの顔が鮮明に蘇っていく。
「あの時、もっと早く強く押せば良かったわ。あんな邪魔者すぐに消えればいいのに」
そこにたどり着いた頃には、もう爆発は抑えきれなかった。
「おい、お前。今なんて言った。お前、あの時、わざと落とそうとしたのか」
もう何も考えられなかった。身体が勝手にヘキナの襟元を掴んでいた。
「おやめ下さい、お叩かれたアサヒ様。証拠はどこにもありませんわ。証拠がなければ、罪にはならないでしょう。そうですわよね、モリカ様」
「は……はい。証拠にはならないですわ」
「そういうことですわ。例え、天使様でも、暴力沙汰は許されませんわ」
怒りがおさまらない。
おさえたくてもおさえられない。
「証拠はないので上には訴えられませんわ。もし詰問されてもわたくしはやってないと言い張りますわ。だから、わたくしらは許されるのですわ」
下から目線なのに、どこか上から目線に感じる。
「勿論、突き落としたのはわたくしですけどね」
小さく呟いたその言葉を見逃さなかった。
全てが癪に障る。
たどり着いたノナミが「止めて」と叫んでいたが、俺には届かなかった。
────。
飛ばされた後の倒れたヘキナが見える。彼女の頬が赤く腫れている。
俺の拳は強く握られていた。
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