第34話 ビターチョコデコレーション☆

 目的地とは真逆の方向へと進むのを見て呆れる。

「そっちじゃありませんよ」

「あれれ。そうなの?」

 一人で野放しにしたらありえない所へと辿りつきそうだった。彼女に方位磁針の感覚はないのだろう。

 仕方ない。俺が道案内をするか……。

「ノナミさん。俺に着いてきて下さい」

「えっ?」

「俺が講堂まで送りますから」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。なぜかたどり着けなくて嫌になってたし」

 正しい道のりで彼女とともに歩く。

 なぜか楽しそうな表情でそわそわし出すノナミ。一方で、何も感じない自分がいた。

 会話はない。

 話す気も話される気配もなかった。

 どうしてかジロジロ見られている気がする。

「もう。うち卒業しちゃう。アサヒ君ともお別れだね」

「そうですね」

 せっかくの会話もそこで途切れた。

 続かせる方法を俺は知らなかった。

「次の卒業者は誰になるのかな。やっぱりこの中で一番優秀なホシノかもね」

 正直どうでもよかった。

 いいや、そう思うように俺は何度も心の中でブツブツ呟いていた。そして、無関係だと思わせたい俺はついに言葉に表していた。「どうでもいい、そんなこと」、と。

「どうかしたの? なんか怒ってる?」

 怒ってる?

 何を言ってるのだろうか。

「ねぇ、大丈夫。気分悪くした?」

 本当に何を言ってるのだろうか。

 本当に意味が分からない。

「何か気に触ることでも言っちゃった?」

「うるさい!」

 時間がゆるやかに変わった気がした。

 少し力が入ってしまっている気がする。

「そうだよね……。お兄さんが卒業するの嫌だよね。あんなこと言って、ごめん」

「興味無い。あんな奴、俺にはどうでもいい」

 静まり返った。

 ふと我に返ると、少しだけ言ったことを後悔した。

「ごめん。あまりにもアイツを意識しすぎて、変なこと言ってしまった」

「ホシノさんと何かあったの……?」

 ズカズカと心の中に入られた。

 偽ることもできない。

「何も無いよ。ただ一方的に俺は奴に負けたまま卒業されたくはなかったんだ。はぁ、俺はこのまま勝てずに落ちぶれるだけだけどな」

「どういうこと?」

「ノナミさんはいいよな……。卒業できるぐらい優秀で。俺は劣化品なんだ。それも卒業なんてできない程の……劣等品なんだ」

 顔すら見れない。

 視線が床を向く。

「劣等品なんて──。そんなことないと思うよ」

「いや、俺は劣等品だ。いつも奴と比べられて辟易してた。いつか肩を並べたいと頑張ろうとした。けど、それも無理そうだ。最近、知ったんだ。俺はアイツの劣化品だったって。どんなに頑張ってもアイツを越せられず、いつしか他の奴に追い抜かれる気がして、しれないんだ。俺なんて、俺なんて──」

 そこまで言って、言葉に詰まった。

 何を言ってるのだろうか。

 冷静になれない俺がいる。

「俺は何を言いたいんだ。何を言いたいのか、俺自身のことなのに分からねぇ。あっ、ごめんなさい、こんな意味不明なこと言われても、困るだけですよね。今の、聞かなかったことにして下さい」

 心のわだかまりが、胸を軽く抉る。

 それを埋めるように真っ黒な感情でデコレーションしていく。そんなことを無意識な自分がしている。


「うちは大丈夫。だから、隠すのはよくないよ。教えて、あなたの悩みを──」


「俺の……悩み? いや、俺には悩みなんてないです」

 彼女が近づいてきた。

 間は少し。

 間はちょっと。

 間はほどんどない。

「ほらね、こんなにも苦しそうじゃん。胸の鼓動が苦しいっていってるよ」

 ノナミは抱きついた。

 そこから放たれる言葉が、ずっと逃げてきた本音を掴ませた。

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