第17話 解決=依頼完了とは限らない


 出発の日の朝が来た。


 前日までに荷造りした、俺のお土産や、ランディの装備品、ミーシャの化粧品、マーティンの書物などを、打ち玄関前に停めてある馬車の荷台に仲間たちと次々と積み込んで――いるわけではなく、俺はオッサンによって客間に二人きりで残された。

 ランディたちには白い目で見られたが、俺を悪者にするのは筋違いだ。

 依頼主からの要請を断る冒険者なんていないだろ。


「で、なんの用だ、オッサン。国王陛下からは、俺達との接触は最小限にしろって釘を刺されたんだろ」


 半分冗談で、もう半分は本気で忠告代わりに言ってみると、オッサンは小さくため息をついた。


「いや、あれはどうやら、そういう危険があることを承知の上で、これまで通りの付き合いを続けろ、という意味だったらしい。あの後、陛下と二人きりになったところでそう仰っていた」


「なんだ、本当に釘を刺しただけだったのか」


「陛下があの時言った危惧に偽りはないだろう。だが、永眠の森との関係は、他の人族への外交カードにもなる。その時、ボクト様やフランチェスカ様の意志を確認できる伝手があるのとないのとでは、雲泥の差があるということだ」


「ふうん」


 ピンチとチャンスは隣りあわせ、ってわけだ。

 これも、国を束ねる者としての当然の価値観なのかね。

 まあ、俺としてはオッサンがサーヴェンデルト王国にいる限りは、この関係を続けるのもやぶさかじゃない。

 敵だろうがロリコンだろうが二又野郎だろうが、一定の信頼のおける相手ってのは、多ければ多いほどいいからな。


「それでオッサン、そのことをわざわざ言うために、俺を呼び止めたわけじゃないんだろ?」


 一区切りついたところで本題を振ってみたが、なぜかオッサンは俺の方を見ずに、ドアを気にした。


「まあそうなんだが、厳密には用があるのは俺では無くてだな……来たようだ」


 コンコン


 控えめなノックの後に、メイドが開けたドアから入ってきたのは、王族夫人にふさわしいドレスに身を包んだ(正確にはまだ夫人じゃないが)、ハイリアとエリーシアだった。


 新緑の息吹を感じさせるドレスに果実を思わせるようなアクセサリーを身に付けたハイリアの清楚に、大庭園の花壇すら霞むほどの華やかな暖色系のドレスに煌びやかな装飾にも負けないエリーシアの可憐。

 女性の機微に疎い俺ですら、近い将来、サーヴェンデルトの宝石とはこの二人のことを指すんじゃないかと思わせるほどの、美姫二人だ。


「二人がどうしても礼を言いたいというんでな、お前がこういうのが苦手なのは承知で、不意打ちという形を取らせてもらった」


「クルス様、この度は本当にありがとうございました」


「何か御返しをと思いましたが、マルスニウス様から『クルスは金も地位も名誉も興味がない』との助言を頂き、せめて感謝の言葉だけでもと思い、この場を用意していただきました」


「待った待った!俺は王族夫人に頭を下げてもらうような身分じゃないぞ!」


 オッサンの説明に続いて、俺に頭を下げるハイリアとエリーシア。

 それを見た俺の慌てっぷりがよほどおかしかったんだろう、くすくすと笑いながら頭を上げた二人は、俺を見てにっこりと微笑んだ。


「旦那様から聞いてはいましたけれど、クルス様は本当に女性が苦手なのですね」


「わたくしを苦境から救い出してくださった時は救世主の様に思いましたけれど、クルス様にも欠点があると知って、少しほっと致しましたわ」


「それでしたらエリーシア様、永眠の森に嫁に行ってもいいという女性を、オルドレイク侯爵家の伝手を使って探して差し上げたらどうですか?さすがに魔族の領域では異性との出会いを望むべくもないでしょうし」


「それは名案ですね、ハイリア様。この先、永眠の森との繋がりを一つでも増やすことは、わたくしたちにとっても、サーヴェンデルト王国にとっても、喫緊の課題ですもの。何としてもクルス様にお似合いの方を見つけ出さなくては」


 そう言って、お互いの顔を見ながら笑うハイリアとエリーシアから、まるで姉妹のような親密さを感じる。

 それが表面的なものかどうかは、指摘された通り俺には分からないが、少なくとも二人がお互いの距離を縮めようと努力しているのは間違いなさそうだ。

 その思いが感じられただけで、俺の仕事は終わったようなものだった。


 ちなみに、ハイリアとエリーシアによる俺の相手探しの申し出に対して俺がどう応えたかは、ノーコメントにさせてもらいたい。

 イエスでもノーでも、俺の評価が下がること間違いなしだからだ。






 そうして感謝と別れの挨拶が終わり、俺は出発のために、オッサンとエリーシアは見送りのために、それぞれ席を立ったその時だった。


「クルス様」


 俺以外には聞こえないようなささやきが耳元でしたので何とはなしに振り返ると――


「絶望の淵にいたわたしを救い出してくれたクルス様に、せめてものお礼と、初恋の告白です」


 そこにあったのは、煌めくハイリアの両の瞳と、一瞬だげ唇に触れた柔らかな感触。


「ずっとお慕いしていました。さようなら、わたしの騎士様」


 気が付いた時にはハイリアはドアの向こうに消え、俺は客間で独り、めまいがするほどの鮮烈で儚い体験に、ただ呆然とするだけだった。






「すまんな。余計な手間をかけさせて」


「いいさ。行きがけならぬ、帰りがけの駄賃だ。あ、そう思うならS級冒険者の称号を取り消してくれたら助かるんだけどな」


「それは断る」


 別れ際、和気藹々と話す俺とオッサンの会話の意味に、見送りに玄関まで来てくれたハイリアとエリーシア、その側仕えや大勢の使用人たちに気づかれることはなかった。






「おい、本当にマルスニウスを殺せるんだろうな?」


「またその話か、勘弁してくれ。何度も言ったが、俺達の伝手でかけられるだけの声はかけたし、集めた四十人の中に、うっかり秘密を喋るバカや、実力不足の未熟な冒険者は一人もいない。そう断言できる。はっきり言って、これで失敗するようなら何をどうやったって無理だ」


「それでは困るのだ。あの王族から追放されたならず者がこのさき生きていては、オルドレイク侯爵家の栄華は永遠に訪れぬ」


「それについても何度も言っただろう。雇い主のアンタに口ごたえするようだが、今の王国にオルドレイク侯爵家が必要なことくらい、お抱え冒険者の俺にだってわかる。アンタ、俺達にマルスニウス邸の襲撃を命令する前に、ちゃんと情勢を調べた方がいいぞ」


「う、うるさい!私は雇い主だぞ!」


「それとな、マルスニウスはもう王族に復帰している。それだけじゃない、アンタが呼び捨てにした相手は、今や国王の信頼は王国一とも言われる、王宮派の重鎮だ。襲撃云々はともかく、アンタのその言動だけで立派な不敬罪だぜ。歴とした大貴族の家臣がそんなこと言っていいのかよ?」


「黙れ黙れ!!私はオルドレイク侯爵家の未来を一身に背負っているのだ!貴様ら冒険者は私の命令に従っていればいいのだ!」


「……やれやれ、やっぱり貴族関係の貸しなんて作るもんじゃねえな。おかげで失敗確実の襲撃計画に乗る羽目になっちまった」


「……おい、何か言ったか?」


「いいや何にも。ちょっとした覚悟を決めていたところだよ。それで、本当に私邸の使用人は皆殺しでいいんだな?」


「当然だ。目撃者はいないに越したことはない。ああそうだ、使用人なら、お前達の好きにしていいぞ。どんな殺し方をしようが、その前にどんな愉しみ方をしようが、私は関知しない」


(……馬鹿が、そんな外道はアンタだけだ)


「だが、マルスニウスの首、それから、エリーシア様の身には傷一つ付けることは許さん。必ず私の元へ連れて来い」


「了解了解。で、もう一人の夫人の方は?」


「あの薄汚い半亜人か。……多少の怪我は見逃す。だが、半亜人の分際で、愚かにもサーヴェンデルト王国の威信を傷つけたのだ、私の手で相応しい罰を与えねばな」


「おいおい、アンタは裁判官じゃないだろ。なんでそんなことをする必要がある?」


「お前こそ何を言ってるのだ?すぐに我がオルドレイク侯爵家が王国の一切を取り仕切るのだぞ、その権力を少し早めに行使したところで、何の問題があるというのだ?」


「……あー、聞いた俺が馬鹿だった。お貴族様のことはお貴族様に任せるわ。んじゃ、夜半過ぎに襲撃を決行するって、別動隊に連絡するぜ。そしたらもう後戻りはできない。雇い主さんよ、覚悟はいいか?」


「お前らは黙ってマルスニウス邸を血の海に沈めればいいだけだ。そうすれば、報酬は望みのままだ」


「はいはい、それじゃとっとと別動隊に連絡を――」






「する必要はないぜ」

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