第15話 悪いのは全てオッサンだった


「あああああ、なんでこんなことに……」


「いや、こんなことにしかならないだろ、普通に考えて」


 あれから、後に世紀のラブロマンスと語り継がれることになるエリーシアの求婚の場を、俺達は早々に後にした。

 残ったのは、演習と称して王都前の平原に集結していた四大騎士団、黒鉄の虎、そしてオルドレイク侯爵家の三つの軍だ。調停役を買って出てくれた白鷲騎士団の団長への感謝と別れの挨拶をした際に、つじつま合わせのために本当に合同演習を始めると聞いたから、間違いない。

 気の毒なのは、多数の怪我人を出しているオルドレイク侯爵軍だが、こればかりは騎士でも傭兵でもない俺が口を出すわけにはいかない。彼らの無事をお祈りしておこう。


 その後、オッサンとオルドレイク侯爵とエリーシア親子(とその側近達)と共に密かに王都に入り、オッサンの私邸に招かれた俺は、一人別室でくつろぐことになった。

 オルドレイク親子との具体的な話し合いに臨むオッサンと別れる時、背後にすがるような視線を感じた気がするが、気のせいだと良いなと思って無視した。

 これはオッサンとオルドレイク侯爵家の超プライベートな問題だ。どの首提げて俺がしゃしゃり出ることができるというのか。


 それに、俺には俺の役目がある。


「ふいー、あーー疲れた」 「戻ったわ」 「その様子だと、無事に解決したみたいですね」


「おう、お帰り。といっても、今オッサンは話し合いの真っ最中だけどな。まあ、特に心配は要らんと思うが」


 遅れる形で部屋に入ってきたのは、もちろんランディ、ミーシャ、マーティンの三人だ。


「当り前だ。俺があれだけお膳立てしてやったんだぜ、これで収まるところに収まらなきゃ、もうひと暴れせんといかんくなるからな」


「そんなに昔が懐かしいか、『銀槍のディラン』殿?」


 俺はあらかじめ用意してもらっていた飲み物を渡しながら、ランディにそう問いかける。


「いや別に。ただ、時には全力で体を動かさないと、鈍っちまう一方だからな。こうして、たまに正体隠して槍を振るえれば、それで十分だ」


 俺がランディと出会ったのは、貴族間のスカウト争いが陰惨な暗闘に変貌し、旧主の勧めもあってこいつが出奔したばかりのことだ。

 この頃、パーティ仲間を探していた俺は、ひょんなことで知り合った、銀槍のディランの話を聞くうちに、こいつのことをスカウトしたい逸材だと思うようになった。そこで、オッサンに連絡を取って冒険者になるためのお膳立てをしてもらい、『槍使いのランディ』として仲間に引き入れたわけだ。


「しっかし、追手を撒くのに思った以上に手間を取らされたぜ。まさか黒鉄の虎の陣地が、蟻の這い出る隙間もないほどに監視網が敷かれてるとは、夢にも思わなかったぜ」


「まあ、オルドレイクの騎士達を片付けるのに時間がかかったからな。多分、オッサンとオルドレイク侯爵家との争いがどう決着するのか、密かに密偵を寄こした貴族がいたんだろう。で、偶然『銀槍のディラン』の姿を発見して、ご主人様にご注進が入って、瞬く間に貴族の間で噂が広がった」


「それで、あれだけの数がランディに纏わりついてたわけね。まったく、十や二十じゃきかなかったわよ」


「でもさすがリーダーです。もしもの事態を考えて、僕達をランディの撤退支援に回しておくなんて」


 うざったそうなミーシャと、感心しているマーティンの反応はそれぞれ違うが、無事にランディを逃がすことができたという安心感はなんとなく伝わってきている。


「で、これで俺達の出番は終わりか、リーダー?」


「ああ。後は、オッサンとオルドレイク侯爵家の話し合いで解決することだからな。いや、あと一人いたか」


「……正直、嫌な感じね。王族だから複数の妻を持つのは義務かもしれないけれど、同時に娶るなんて、これって二又ってことでしょ?いくら何でも不誠実じゃない」


「あ、あはははは……」


 オッサンに対して手厳しい意見を言うミーシャに、乾いた笑いを浮かべるマーティン。

 すでに全く同じ感想を抱いた仲間がいたので、俺は無言を貫くことにした。






 その夜、そろそろ眠りに就こうかと思っていたところに、使用人が俺にあてがわれた部屋を訪ねてきた。

 案の定、案内された客間には、オルドレイク侯爵との話し合いを終えたオッサンがグラスを片手に項垂れていて、愚痴を聞かされる羽目に陥った。


「……」


「おい、呼び出したのはオッサンの方だぞ。そんな風に黙っていられたんじゃ、話も何もないだろ。こっちは昨日、夜通し駆けずり回ってたせいで寝不足なんだ、用がないんだったら帰るぞ」


「……婚約者だった」


「ハイリアのことか?それはもう聞いた――」


「違う、エリーシア嬢のことだ。彼女とは、確かに婚約の約束を交わしていた」


「……ちょっと待て、そんな話は聞いてないし、それが本当だとするとこの問題の前提が根底から覆ることになるぞ!!」


 とは、今にも灰になって崩れ去りそうな雰囲気のオッサンにはとても言えず、話の続きを言い出すのを待った。


「お前が知らんのも無理はない。俺がまだ王族から除籍される前の話だからな」


「ああ。確か、オッサンの王族らしからぬ振る舞いで、とある貴族との関係が悪化して、そのけじめのためにオッサン自ら王族をやめることにしたんだよな」


「そうだ。といっても、その貴族が自領を中心に年端も行かない娘たちを次々と攫っては、慰み者にしているという噂があったんでな、証拠集めも根回しもしている余裕はないと判断して、信頼のおける奴らと共に貴族の館に突撃して救出したんだ」


「その話も、前にオッサンから聞いた。その娘たちも悲惨な目に遭うこともなく全員親元に帰されて、オッサン自身も後悔はしてないって言ってたな」


「その気持ちは今でも変わっていないつもりだ。だが、まさか救出した子供の一人から、あの場で『大人になったら結婚してくださいますか?』と言われたことを真に受ける馬鹿がいると思うか?そんな奴はおとぎ話の中にしかいないだろ……」


「……もういい、いいんだオッサン。みなまで言わなくても、言いたいことは十分すぎるほど伝わったよ」


 色事に疎い自覚がある俺だが、さすがにこれは分かった。

 たぶん、いや間違いなく、その子供の約束をした相手が、エリーシアだったんだろう。そして、このショックを受けている様子から見て、オルドレイク侯爵の口から真実が語られて初めて思い出した、ってところなんだろう。じゃなきゃ、もう少し平静を保っていてもいいはずだ。


 子供だろうが、その場限りだろうが、貴族である限り約束は約束。

 実際には両者の認識に相当な隔たりがあったことは確かだが、それでもオッサンが王族である以上、婚約の口約束を忘れたという言い訳は通用しない。


「それでも、俺が王族から抜けたことで、エリーシア嬢も一度は諦めていたそうだ。だからこちらへの婚約破棄の確認もせず、成り行きに任せるに留めていたらしい」


「ところが、何の因果か先の政変が起きて、オッサンは見事王族に復帰した」


「その時、オルドレイク侯爵は初めて、娘から婚約の話を聞かされて知ったそうだ。そこで、俺の身辺が落ち着いた後に、正式に婚約の約束の確認を申し出るつもりだったらしい」


「そこで飛び込んできたのが、ハイリアとの婚約話か」


 貴族の動きは把握できても、まさか平民の動向なんて調べようとも思わない。

 飛ぶ鳥を落とす勢いのオッサンに近づく他の貴族をけん制していただろうオルドレイク侯爵にとっては、青天の霹靂だったはずだ。感情的なまま、発作的にオッサンのところに怒鳴り込んだのも頷ける。


「つまり、悪いのはオッサンじゃねえか」


「ああそうだとも!悪いのは全て俺だ!だから飲まんとやってられんのだ!!」


 そう言いながら手酌で琥珀色のボトルの中身を減らしていくオッサン。

 それに適当に付き合いつつ、今夜も長くなりそうだと思いながら、俺は手にした酒の入ったグラスをゆっくりと傾けた。

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