第14話 全てはこの結末のためにあった


 さて、この騒動の最初にして最後のピースである、オルドレイク侯爵の末娘、エリーシアが登場したところで、ここまでの俺の働きを言っておきたいと思う。

 別に、リーダーのくせして仲間ばっかり働かせすぎとか、不当な言い分に屈した経験があるからというわけではない。断じて。







「あら、こんな夜更けにどなたかしら?」


「……まさか起きているとはね」


「わたくしの運命が決まろうという前夜ですもの。たとえ眠くても、お父様たちの武運を夜通しお祈りするのは当然のことではありませんか」


「参ったな。じゃあ、俺を衛兵にでも突き出すか?」


「いいえ、明日のために支度に忙しいでしょうし、それにわたくし、あなたのことを知っているような気がするんです。ねえ、『銀閃』のクルスさん?」


「本当に参ったな」


「そういう割には、少しも困ったようには見えませんのね」


「まあな。オルドレイク侯爵ほどの大貴族だ、オッサン――グランドマスターの身辺を洗うついでに、俺達のことも調べてるだろうことは予測がつくさ。だが、銀閃の存在はともかく、俺の容姿までは分からないはずだが?」


「あら、今しがたクルスさんが仰ったばかりではありませんか、お父様が調べたと。今や王国にとって欠くことの出来ない大貴族が本気で調べれば、意外と何とかなるものだそうですよ」


「……ちなみになんだが、さっきからずっと俺のタメ口を許してるのは?」


「もちろん、クルスさんとマルスニウス様の関係も知っているからです。婚約者の御友人の多少の無礼を笑って許すのは、レディとして当然のことですもの」


「……マジで参ったな。あのオッサン、情報駄々洩れじゃねえかよ」


「ですが、クルスさんの言葉遣いを許していたのは、他に魂胆が無いわけではありません」


「……何となく話が読めてきたが、聞こうじゃないか」


「このままではオルドレイク侯爵家は逆賊の疑いをかけられてしまうかもしれないと、側仕え達から聞きました。かといって、マルスニウス様への縁談を今頃になって取り下げれば、今度は貴族としての面目が立ちません。そこでどうでしょう、わたくしへのクルスさんの無礼な物言いを見逃す代わりに、オルドレイク侯爵家とマルスニウス様との間を取り持ってはいただけないでしょうか?」


「それは……」


「それは?」


「俺にとっては渡りに船な話だな。だが、ここまで話がこじれた以上、解決にはそれなりの荒療治が必要になる。そのためにはエリーシアにも一役買ってもらう必要があるんだが、協力してくれるか?」


「はい。わたくしの命と未来を守ってくださるのなら、なんなりと」






「ちょっと待っていただきたい!」


 騎士どころか女性でこの件の一番の当事者の一人であるエリーシアのまさかの登場に、事態の急展開について行けない全員が凍り付く中、いち早く呪縛から脱して制止の声を上げたのは、見届け役の白鷲騎士団の騎士団長だった。


「誠に失礼ながら、間違いがないように確認させていただくが、そこの勇ましい恰好のレディは、本当にエリーシア嬢でお間違いないか、オルドレイク侯爵?」


 たとえ分り切ったことでも、検分役として問い質さないわけにはいかなかったんだろう、最大限の配慮を言葉の節々ににじませながら、白鷲騎士団の団長は侯爵に尋ねた。


「うむ。確かに我が娘、エリーシアである」


「ならば侯爵、いくらなんでも御息女に一騎打ちをさせるわけに行かぬことは……」


「お待ちください」


 本来なら、オルドレイク侯爵と白鷲騎士団の団長の会話に割り込める者など居るはずもない。

 だが、この場に限って言えば、エリーシアの言葉を遮ることの出来る者は一人としていなかった。


「元はといえば、婚約を反故にされそうになった私のために、お父様自ら兵を率いてここまでしてくださったのです。そのわたくしの代理である騎士が全て敗れた今、わたくし自らが決着をつけるしか、オルドレイク侯爵家の立つ瀬はありません」


「し、しかし、あれほどの実力を示そうと所詮騎士は騎士、侯爵家のご令嬢と対等の立場として扱うわけにはまいりません」


そう言った白鷲騎士団長の視線の先にあったのは、槍騎士の姿。

いくら何でも、貴族令嬢本人とたかが一騎士の決闘など許せるものではないと言外に滲んでいた。


「あら、わたくしも、そこの騎士の方と白黒つける気は毛頭ありませんことよ」


「それはどういう……?」


「エリーシア?」


 事実上の勝者となった槍の騎士との一騎打ちを拒絶したエリーシアに、白鷲騎士団の団長だけでなくオルドレイク侯爵も訝しげな顔をする。


「それはもちろん、決まっているではありませんか」


 そう言ったエリーシアの笑みをたたえた視線を、声を聞いた全員が追う。

 その先には――


「さあオッサン、出番だぜ」


「……クルス、お前、ろくな死に方をしないぞ」


「心配してくれてありがとうな、オッサン。でも大丈夫、俺、魔王陛下の配下だから」


「地獄に落ちろ!」


 そう小さく罵った後、王族の威厳を示した平服に持ってきていた剣を腰に帯びて、黒鉄の虎の陣地から進み出るオッサン。

 これは別に、自分が引っ張り出されるのが嫌だとか、親子ほどの年の差がある女子のエリーシアとの一騎打ちなどやっては王族の威厳に関わるとか、そういうことを、オッサンは気にしているわけじゃない。

 オッサンが気にしているのは、冒険者ギルドのグランドマスターとしての経験が培った、広い視野と深い洞察力が、この先に待っている未来を見せてしまったところにある。


 もちろん、俺も確信犯なんだが。


「わたくしの誘いを受けてください感謝します、マルスニウス様」


「レディのお相手を騎士に任せるわけにはまいりません。たとえそれが、貴族の社交とは趣を異にしていたとしても」


 そう言いながら槍の騎士を下がらせ、ゆっくりとした動きで、王族の持ち物としては少々武骨な剣を抜くオッサン。


「まあ、うれしい」


 対するエリーシアも、手にしていた細身の剣をオッサンに向けてピタリと構える。


「招待を受けた身として恐縮だが、先手はレディにお譲りしよう。どこからでもかかってまいられよ」


「ありがとうございます。では――行きます!!」


 そう言ったエリーシアの状態が一瞬沈み込み、オッサン目掛けて飛び掛かった。


 おおお……!?


 騎士や傭兵ばかりの戦場にどよめきが起こる。

 それもそのはず、エリーシアの動きは、大貴族のご令嬢のものとはとても思えないほど俊敏で、鎧どころか胴すら付けていないオッサンを一撃で仕留めるには、その刺突は十分すぎる威力を秘めていたからだ。


 その時、俺のところまで戻ってきていた槍の騎士が、目の前まで近づいたところでぼそりと言った。


「本当は決着まで見届けたいけどな、そんな悠長なことをやってたら騎士やら貴族やらに絡まれそうだし、さっさと脱出するわ。それに、この目で見なくても、結果は見えてるからな」


 無言で頷く俺を見た後、そのまま動きを止めずにゆっくりと黒鉄の虎の陣地に入っていく槍の騎士。

 そしてその言葉の通り、一騎打ちの観衆から二度目のどよめきが起こっていた。


「っ……!!」


「どうしました、戦いはまだ始まったばかりですよ?存分に打ちかかってきなさい」


「くっ……やああっ!!」


 おそらくは絶対の自信を持った必殺の一撃だったんだろう。

 実際、女の体重からして致命傷にはならなかっただろうが、エリーシアの初撃は十分に勝利の決め手となる良い刺突だった。

 それが易々と防がれたのは、ひとえにオッサンの剣の技量が勝っていたからだ。


 冒険者ギルドのグランドマスターといえば、大抵の奴がでっぷりと太った欲深ジジイを連想するらしいが、マルスニウス=フィン=サーヴェンデルトの実態はまるで違う。

 王族時代からお忍びで活発に行動することを好み、自身の身に危険が及んだことも一度や二度ではない。そういう青春時代を過ごすうちに、そこらの貴族では及びもつかないほどに実戦経験を積んだ結果、王族から除籍されてからのグランドマスター就任に結びついている。

 その後も護身程度の鍛錬は欠かしておらず、数少ない事情を知る一人である俺も、何度も呼び出されては稽古相手を務めている。


 さすがにピークは過ぎているが、まだまだ本職の騎士と比べても遜色ない実力を持つオッサンが、万が一にもエリーシアに後れを取ることなどあり得ない。


「はあ、はあ……」


「動きが鈍っていますよ、もう終わりですか?」


「……いえ、まだまだ!!」


 オッサンの言葉に触発されたエリーシアが果敢に剣を振っていくが、どの攻撃もオッサンの落ち着いた剣捌きには届かない。


「やああ!!――っ!?」


 そして、滝のような汗を流し、フラフラになったエリーシアが渾身の一撃を見舞おうと突き出した剣がブレたのを見逃さなかったオッサンが、下からの切り上げで流麗な細身の剣を払った。


 カーーーン      カランカラン


 その直後、全ての力を出し切ったエリーシアが倒れようとするところを、自分の剣を捨てたオッサンが素早く動き、鎧の上からもわかる華奢な体を抱きとめた。


「……お強いのですね、マルスニウス様は。わたくしの負けです」


「いえ、オルドレイク侯爵家を守ろうとするその覚悟に、感服致しました。お見事です、エリーシア様」


「そう思っていただけるのなら、一つだけお願いがあります」


「何なりと」


「オルドレイク侯爵家を守るためとはいえ、女だてらに衆人の中で剣を振るったわたくしのことを、嫁にと望んでくださる貴族家があるとはとても思えません。ですのでマルスニウス様、そんなわたくしを哀れに思ってくださるのなら、御側においてはくださいませんか?」


「喜んで」


 うおおおおおおおおおっ!!


 予想外過ぎる――わけでもないエリーシアの申し出をわずかな躊躇いも見せずに応えたオッサンの言葉を聞いた全ての騎士と傭兵が、地鳴りのような歓声を上げたのはその直後のことだった。

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