第13話 主役は最後にやって来る


「おいクルス、本当に助けに入らなくていいのか?」


「大丈夫だ。それに、早朝に俺が言った通りの展開になっているんだ、何の心配もないだろ」


 雪崩を打つように一対多数の状況に移行した戦場。そこから目を離さずに近くに寄ってきたジェインに俺はそう答えて、再び前に意識を戻す。


 さて、怒りに我を忘れた騎士達が槍の騎士に一斉に襲い掛かった、という文面だけ見れば、いかにもすでに凄惨な形で決着がついたかのように、普通は思われるだろう。


 だが実際は、力と力のぶつかり合いみたいな、そんな単純なシチュエーションには先ずならない。

 ここで大事なのは、両者が騎士であること。

 そして、一連の出来事は、全てオルドレイク侯爵家の名誉がかかっている、という点だ。


「うおおおおっ死ねええええ!!」


 前方から俺達に背を向けている槍の騎士に向かって、剣を振り上げたオルドレイク侯爵家の騎士があっさりと石突の突きを食らって、ちょうど真後ろにいた仲間に激突する。


「おのれよくも!!」


 そして、仲間がやられたことを確認した別の騎士が、手にしていた槍で間合いを測ろうと突き出した瞬間、螺旋を描く槍捌きに巻き取られて遥か彼方へ飛ばされ、あっさりと得物を失った。


「くそっ!!」


 その仲間たちはさらに槍の騎士に怒りを募らせるが、次々にやられた仲間を見たせいか、動こうとしない。


「おうおう、騎士らしくバカやってんなー。グルードがやられて、いまさら騎士道も何もなかろうに」


 さっきの指揮官の檄に突き動かされたとはいえ、騎士と言う生き物は基本的に卑怯なやり方を嫌う。

 もちろん、上の命令があればその限りではないらしいが――


「何をしている!相手はたかが一人だぞ!そこの三人!一斉にかかれ!」


 向こうも埒が明かないと思ったんだろう、指揮官の命令で三人の騎士が手に持った槍を揃えて、ゆっくりと近づいていく。


「あーあー、あんなへっぴり腰じゃ、ウチの新人共以下だぜ」


 ジェインの言った通り、息の合っていない三本の槍はあっさりと弾かれ、隙を見せたところで瞬く間に手傷を負わされ後ろに下がる。


 騎士の役目は、兵士では手に負えない強力な魔物や魔族の相手で、基本的に一人で敵に当たることが多い。時には複数の騎士で連携を取ることもあるんだろうが、それはあくまで人族の敵を確実に滅ぼすためのもの。

 同じ人族、ましてや騎士が相手となると、技術も覚悟も鈍るのは当然だ。


「俺ら傭兵なら、多少の犠牲も覚悟で全方位から囲んでお終いなんだがな――と思ったら、どうやらやるようだぜ」


 そう言ったジェインが指差すまでもなく、槍の騎士の死角からゆっくりと背後に回ろうとする数名の騎士の姿が見えた。


 だが、それはちょっとまずいんじゃないか?


「馬鹿者!!それが騎士の行いか!!」


 剣戟の行き交う戦場で、はっきりと通った大喝。

 声の主は、槍の騎士を背後から襲おうとした数名をまっすぐ見据えたオルドレイク侯爵。


「畏れ多くも王都近くでこのような騒ぎを起こし、陛下の御心を乱した私に、これ以上の恥をかかせる気か!私の騎士を名乗るなら、正々堂々と敵を討ち破って見せよ!!」


 主の怒りに声も出せなかった数名は、その場で深く頭を下げた後、すごすごと自陣へと戻っていった。


「なんだよ、せっかくいい勝負になるかと思ったんだがな」


「侯爵の言った通り、卑怯な真似をして勝ちを拾っても、貴族としての名誉は地に落ちるからな」


 それに、今は四大騎士団という国王の眼ともいえる存在が監視している中での戦いだ。

 侯爵の真意はともかく、後の世まで蔑まれるような行為は、この一騎打ちの敗北以上に避けたいんだろう。


「となると、あと残された戦術は――まあ、それしかないよな」


「総員、密集隊形!!」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、指揮官の号令で残りの騎士を一か所に集める。

 前方に盾持ちを集め、その後ろに残りの騎士達を整列させると、指揮官が怒鳴った。


「敵はたった一人だ。我らオルドレイクの騎士の名に懸けて、必ず奴を討ち果たせ!」


 おう!!


 威勢のいい掛け声と共に、隊列を組んだオルドレイクの騎士達が、息を合わせて一歩一歩槍の騎士へと近づいていく。


「ふん、まるで大型の魔物を相手にしているようでつまらんが、まあ堅実な戦術だな」


 ああもしっかりと鎧と盾で防御されたら並みの攻撃では傷一つ付けられないし、槍の間合いの内側に入られたらどんな達人でもいつかは負ける。しかも、あれだけスピードが遅ければ普通は逃げればいいんだが、これは騎士の戦いだ、その選択肢はそのまま負けを意味する。


「勝負はついたな」


 ただし、並の騎士なら、だ。

 奴らは気づかなかった。密集隊形を取らせることこそが、あいつの狙いだったことに。


「ああ、オルドレイク侯爵の負けだな」



 騎士達の密集隊形が槍の騎士の間合いに入ろうとしたその時、そのフルフェイスのヘルメットが沈み、猛獣を思わせるような低い姿勢へと変わった。

 両足は股が裂けるかと思うほど大きく開かれ、両手で保持した業物の槍は地面すれすれに平行に保たれ、顎を上げたフルフェイスの顔面は相対する騎士たちの膝よりも低い。


「っ――!?敵の奇策に構うな!列を乱さずにそのまま進め!」


 後方から放たれた指揮官の命令に気を取り直した騎士達は、歩みを止めることなく進もうとし、


 ――その一瞬の隙を突いた槍の騎士が前へと跳んだ。


 構えと同じく獣のようなしなやかさで動き出すとともに手にした槍が動き出す。これまでとは段違いの速さの突きはまるで穂先が何倍にも増えたと錯覚するほど。その刺突を直に受けた騎士達に何が起きたのか気づくことさえなかっただろう。先頭の騎士を掲げた盾ごと吹き飛ばし、次の列の鋼の鎧を血飛沫を上げることなく打ち砕き、さらに振りかぶられた四本の剣を一突きづつで折り、最後に騎乗してた指揮官の馬を軽く傷つけて棹立ちにさせ、乗り主を振り落とし、起き上がろうとした指揮官の喉元にわずかな血も付いていない銀の輝きの槍の穂先を突き付けた。


 しばらくの間、戦場を支配した沈黙。

 やがてその呪縛から解き放たれた誰かが、ある名前を口にした。


「……ディラン」 「ディランだ」 「銀槍のディランだ……」


「『銀槍ぎんそうのディラン』。あまりの突きの速さに、穂先に血が付いたことが一度も無いっていう、とある貴族に仕えていた伝説の騎士の名だな。噂では、その実力ゆえに何人もの大貴族に目をつけられ、主の小貴族の意志を無視した争奪戦に発展、その最中に致仕の上に蓄電したとも、死亡したとも言われているな。最近ではディランの名を聞くことも減っていたが、これで騒ぎが再燃するな」


 なぜか説明口調で、ニヤニヤしながら俺の方を見ながら言うジェイン。

 ちなみに、それなりに付き合いの古いジェインは、それなりに真実を知っている。

 俺に向けて言ったのは、ただからかってるだけだ。


「だとしても、俺には何の関係もないな。あいつの雇い主はオッサンだ。もっとも、当の本人は数日後には居なくなるだろうから、オッサンは噂の火消しに躍起になるしかないだろうけどな」


「まあ、飛ぶ鳥を落とす勢いのマルスニウス特別顧問に面と向かって『銀槍のディランをよこせ』なんて言える貴族はいないだろうな」


 その辺の後始末も込みでの「提案」だ。オッサンにもこのくらいは働いてもらっても罰は当たらないはずだ。


「さてと、これでオルドレイクの騎士は打ち止めのようだが、まさかこれで終わりじゃないだろうな?」


 そうなら興ざめもいいところだ、と言わんばかりに俺を見てくるジェイン。


「俺を見るな。俺は脚本家になった覚えはないぞ」


「脚本家じゃなくても、演技指導はやったんだろ?教えろ、これからどうなる?」


「……見てればわかる」


 俺がそう言ったその時、戦いの終わりを察した四大騎士団側から白鷲騎士団長が進み出てきた。


「いささか異例の一騎打ちとなったが、オルドレイク侯爵側からこれ以上の異議がなければ、マルスニウス様の勝利としたいが、それでよろしいかな?」


 その実質的な決着の宣告に、オルドレイク侯爵軍からは一言もない。

 自軍の状況を確かめた侯爵本人が、敗北を認めるために口を開こうとした、その時だった。


「お待ちください!騎士ならば、まだここにおります!」


 今まさに終止符が打たれようとした戦場に、その凛とした声はよく通った。

 流麗な細工の施された騎士鎧に身を包み、騎士が使うにはやや細身の剣を持ち、金銀に彩られた兜をかぶって毅然と立つ姿。


「エ、エリーシア!?」


「お父様の名誉は、わたくし――オルドレイク侯爵の末女、エリーシアが守ります!!」


「……おいおい、マジかよ」


 その騎士の姿を見て驚愕の声を上げたのは、紛れもなくオルドレイク侯爵。

 その侯爵を父と呼んだ騎士。


 その意味に、珍しく声を震わせたジェインだけでなく、この戦場にいる全員が気付いていた。


 さあ、幕引きの開始だ。

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