第12話 真昼の一騎打ち


 こうして、反乱にしたくないのはオッサンと同じ思いだったらしい、オルドレイク侯爵側が承諾したわけだが、さすがにすぐに始め!というわけにはいかない。

 互いの準備時間として昼まで一時休戦となり、オッサンと契約関係にある黒鉄の虎、オルドレイク侯爵、そして仲裁役を買って出た四大騎士団の三者の協議の結果、こういう取り決めがなされた。


 ・一騎打ちの勝者の言い分に従うこと

 ・勝敗がつき次第、両者速やかに軍を退くこと

 ・これ以降遺恨を遺さず、また異議を申し立てないこと


 まあ、特に目新しいことは何も言ってないんだが、上流社会、特に王都のすぐ近くでこれだけの騒動を引き起こしたとなると、きっちり明文化しておかないと後々面倒なことになる。

 その面倒な役目を押し付けられる形になった四大騎士団の方々には、本当に頭が下がる思いだ。


 そして、特にすることもなく時は過ぎ、約束の昼になった。


「ではこれより、王族マルスニウス様と、オルドレイク侯爵の名誉を懸けた一騎打ちを行う!両代表、前へ!」


 城壁前から移動し、観戦しやすいように距離を縮めた黒鉄の虎とオルドレイク侯爵軍の間に陣取った、四大騎士団の先頭に立つ白鷲騎士団の騎士団長の宣言で、両陣営から一人づつ、騎士が徒歩で進み出た。


「おい、あれ……」 「やっぱりあいつが出てきやがったか」 「こっからでも見間違い様がないな」


 黒鉄の虎の最前列の特等席を用意してもらった俺の耳に、後ろからそんな声が聞こえる。

 もちろん俺にも、オルドレイク侯爵軍から出てきた巨漢の騎士に心当たりがある。


赤犀あかさいのグルードだ……」


 他の騎士より頭二つ分ほどはありそうな巨体を重厚なフルプレートで包み、若木の幹ほどはありそうな長さと太さのハルバートを軽々と肩に担いでいるその威容――赤犀のグルードの名は、畑違いの冒険者業界ですら鳴り響いている。

 大領地ゆえに魔族の領域に接しているオルドレイク侯爵の騎士の中で、戦のたびに魔族の猛者の首級を上げているという、サーヴェンデルト王国全土でも有名な男だ。

 数年後には四大騎士団のいずれかの騎士団長の座に就いてもおかしくない、とまで言われるほど、人格、器量、そしてなにより実力に秀でた騎士と、もっぱらの噂だ。


 それに対するこっちの騎士は……


「おい、なんだあれ?」 「小さいな。いや、グルードに比べたらだが」 「だが、あれでは大人と子供のケンカだぞ。誰も止めなかったのか?」


 背はやや高めで、細身の体格。

 手に持つ槍はそれなりの業物だが、身を守る鎧は借り物の様にちぐはぐで、動きやすさを重視したのか関節などの装甲が一部取り外されている。

 そして何より、


「おいおい、あの男、一騎打ちの意味を分かっているのか?あのヘルメットでは自殺行為だぞ?」


 どこからか聞こえてきたその言葉の通り、その騎士は、頭蓋骨さえ守れれば後はどうでもいいと言わんばかりに、フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。

 確かに、どこから攻撃が飛んでくるか分からない戦場でなら当然の恰好なんだが、相手を見失う恐れのある、視野の狭いヘルメットでは、頭蓋骨は守れても命を守れない危険が高い。


「おい貴様、その格好はなんだ?すぐに、この名誉ある一騎打ちにふさわしい装備に変えて来い。それくらいは待ってやる」


 槍の騎士のことを格下と見たんだろう、強者の余裕を見せるようにグルードは言った。


 それに対する槍の騎士はというと、


「……」


 わずかな沈黙の後に、呆れるように首をすくめたかと思うと、槍の先端をグルードに向けて突き付けた。


 ちなみに、俺だけじゃなく観衆のほとんどが、この時こんな無言の声を聞いたと思う。


「いいから掛かって来いよ、デカブツ」


「いいだろう、だが、当たり所が悪くて死んでも知らん――ぞ!!」


 怒りを抑えるためだろうか、一旦目を閉じながらそう答えたグルードは、かッと目を見開くと同時に右肩に担いでいたハルバートに左手を添えると、すでに間合いに入っていた槍の騎士の肩目掛けて必殺の一撃を猛然と振り下ろした――


 と思った次の瞬間だった。


 ガガガガン!!


 響いたのは重い金属の激突音。

 その発生源は三つがフルプレート。残る一つはハルバート。

 そして観衆が気付いた時には、真後ろの味方に向かって吹き飛ぶグルードの巨体と、空高く舞ったハルバートが、ズシンと轟音を響かせながら先端が地面に突き刺さった光景が展開されていた。


 ドオオオオオ


 見届け役の四大騎士団を含めた観衆がどよめきと驚きと興奮に包まれる中、この一騎打ちの当事者であるオッサンが、俺の側に近寄ってきた。


 ただし、顔色を悪くしながらだが。


「……おい、ちゃんと手加減するように言ったんだろうな?」


「言われるまでもなく言ったさ」


「その結果が、あれか?」


「だから、手加減してるだろ?じゃなきゃ、相手のグルードの体は今頃穴だらけだ」


「だが、あのグルードを鎧袖一触では、侯爵の騎士たちの面目は丸潰れだ。いくら四大騎士団の仲立ちとはいえ、このままでは引くに引けんぞ?」


「なに言ってんだオッサン、それが狙いに決まってんだろ。初めからそう言って……なかったかもしれんが」


「は……?」


 そんなオッサンとの会話の間にも、自分達の代表をあっさりと倒されたオルドレイク侯爵の騎士達のざわめきが、動揺のそれから怒りを含んだものへと変化していく。


 その気配を察したらしい四大騎士団の一団が、手が付けられなくなる前に取り鎮めようと間に入ろうとした。

 その動きを槍を掲げることで制止したのは、一騎打ちの勝者の槍の騎士だ。


「た、隊長……?」


「全員下がれ。だが、いざという時は即座に飛び込めるように」


 さすがにこの場の支配者から止められては、四大騎士団も動くに動けない。

 四大騎士団が止まったことを確認した槍の騎士は、改めてオルドレイク侯爵軍に向き直ると、空いている左手を肩まで上げた。


「……?」


 誰もがその動きを注視する中、槍の騎士が取った行動は、手のひらを上にした状態で親指以外の四本の指を何度か上げ下げした。

 ここまで言えばわかるだろう。つまり、槍の騎士は、五千のオルドレイク侯爵軍全てを向こうに回して「かかって来いよ」と挑発していた。


「っ――!?おのれ!!騎士を愚弄しおって……!!」


 もちろん、そんな易い挑発に乗るのは、馬鹿のすることだ。

 実際、ほとんどの騎士達は、憤怒に顔を赤く染め、それぞれの武器を握りしめながらもなんとか理性を働かせてその場に留まった。


 逆に言うと、ほとんど以外のごく少数の騎士達は、怒りに我を忘れて、槍の騎士に飛び掛かった。


「馬鹿者!神聖な一騎打ちを穢すつもりか!すぐにもど……!?」


 多分、叫んだ指揮官らしき騎士の頭の中では、大勢の敵に襲い掛かられた槍の騎士が地面に引き倒され、半殺しの目に遭っている情景が浮かんでいたんだろう。

 だが、視界に飛び込んでくる現実は違った。


「ぐあっ!」 「っ――、がはっ!!」 「ぎゃああああ!?」


 倒れたのは、急所を外されるも体のいずれかを鎧の隙間から貫かれ、先頭不能に陥った公爵の騎士達の方。

 そして、それを成した槍の騎士の方はと言うと、


「そ、そんな馬鹿な……!!我らオルドレイクの騎士が、触れることすら適わぬだと……!?」


 指揮官の言葉の通り、悠然と残心の構えを取るその軽装備には、傷一つ負っている様子はない。


「た、隊長……」


 思わず怯む指揮官に、部下らしき騎士が指示を仰ぐように言葉をかける。

 おそらくは敗北を認めることを願うような、そんな声色。

 しかし、その機先を制したのは、またしても槍の騎士の方だった。


 スッ      クイ クイ


 もはや再び繰り返されたジェスチャーが何を指し示しているか、オルドレイク侯爵軍の中で理解していない者はいなかった。


「っ……!!このままではオルドレイクの騎士の名は地に落ちるぞ!!何人がかりでも構わん、騎士全員であの慮外者を討ち取れ!!」


 ウオオオオオ!!


 今度こそ理性を無くしたオルドレイク侯爵軍の騎士達が、慌てた四大騎士団の止める間もなく、たった一人で迎え撃とうとする槍の騎士目掛けて突撃を開始した。

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