第7話 王都までは楽だった 俺は


「ああ?関所?んなもんぶち破れ!俺達にはでっかい後ろ盾がいるんだ、どんだけ壊しても構わねえぞ!わはははは!だが、衛兵には傷一つつけるんじゃねえぞ!」


「ク、クルス、止めなくていいんですか?」


「何をだ?」


「だ、だって、あれ……」


「マーティン、お前、止められるか?」


 ブンブンブン


「だろ?俺もだよ」


 心底楽しそうに、馬車の窓越しに部下に命令するジェイン。

 その様子を見た、隣に座るマーティンが顔面蒼白で俺に言ってくるが、残念ながらお門違いだ。

 逆隣りのランディも俺と同じ考えのようで、素知らぬ顔で目を閉じている。


「しっかし、ハイリアさんだったか?アンタとんでもない美人だな!どうだ、俺の愛人にならないか?一生苦労はさせないぜ!」


「い、いえ、私は……」


「そうかそうか!ならミーシャ、お前はどうだ?しばらく見ないうちに美人になりやがって!今なら俺のハーレムに加えてやってもいいぞ!」


「……なんかついでみたいに言われて癪だけど、お断りよ。アンタみたいな男について行ったら、ろくでもない人生になりそうだもん」


「ははははは!!相変わらず鼻っ柱の強い女だぜ!だがそこがいい!!」


 そして俺達の向かいに座るのが、この六人乗ってもゆったりと座れる大型の馬車の主である『黒鉄のジェイン』と、「せっかく美人二人を乗せんだぜ?」と言われて、奴の両手の花にさせられているミーシャとハイリアだ。


「それよりも、ジェイン」


「あん、なんだよクルス」


「お前、本当にこのまま王都まで、全部の関所を破って進むつもりか?こう言っちゃなんだが、王都に着くころには反乱軍扱いされてもおかしくないぞ?さすがに、俺達ごと討伐されるのはゴメンなんだが」


 嫌そうに言う俺に、ジェインは幾分かテンションを戻して答える。


「心配すんな。一応、王都の赤虎騎士団に合同演習の申請を送ってある。同じ虎の名がついてるからか、あそこの団長とは馬が合うんだ。関所破りも演習の一環だと言えば、王都の奴らも簡単には手を出してこねえよ。それに――」


 そこで一旦言葉を切ったジェインは、声のトーンは変えずに、しかしその内面の野獣のような獰猛さを剥き出しにして、言った。


「俺の『黒鉄の虎』を本気で止められる奴なんて、サーヴェンデルト王国には居やしねえよ」






 黒鉄の虎。


 まあ一言で言うと、依頼者に金で兵士を貸し与える傭兵の集まりなんだが、彼らの本拠地であるサーヴェンデルト王国のみならず近隣の国で知らない者がいないほど有名な理由は、その規模にある。


 3万。


 現在公に知られているだけでこれだけの傭兵がいるそうだ。しかも、これは専属契約のみの数で、あっせん業務を黒鉄の虎に委託しているフリーランスは別勘定。

 その総数は、5万とも、10万とも言われている。

 そして、そのすべての傭兵を一声かけただけで招集できる、黒鉄の虎の団長が、このジェインというわけだ。


「しかし、俺が言うのもなんだが、良く間に合ったな。ランディに手紙を託してから、どうやっても四日はかかると思ってたんだがな」


 俺が言えた義理じゃないことは重々承知だが、それでも絶妙なタイミングで駆けつけてくれたジェインに、事の詳細をどうしても聞かずにはいられなかった。


「ランディから受け取ったお前の手紙を読んで、面白そうだと思ってな。手紙の文面から察するに時間がなさそうだったんで、今俺の本隊が駐屯している対魔族戦線から独りで離脱してな、単騎がけで馬を走らせながらこの辺りの部隊に声をかけまくって、なんとかこの五千を集めた、ってわけだ」


「……単騎がけとか、危なすぎるだろ。お前の命を狙ってる奴なんて、両の手じゃ足りないほどいるだろ。自分の立場がどれだけサーヴェンデルトで重要なのか、本当にわかってんのか?」


「いいんだよ。別に俺がいなくなろうとも、叔父貴達や優秀な従弟達が団を回してくれているからな、特に心配はしてねえよ」


 ジェインのことを知らないハイリアは顔を青ざめさせているが、コイツとはこれまでそれなりに付き合ってきた俺達四人は呆れこそすれ、意外という感想はほとんど持っていない。


 四代目団長にして、『黒鉄』の名を引き継いだ、ジェイン。


 元は由緒ある騎士の家系だったらしいのだが、先祖が昔の政変でその座を追われてからは、同情的な大貴族の援助を受けながらかつての部下を取りまとめて誕生したのが、傭兵団『黒鉄の虎』らしい。

 今も複数の大貴族と深い関係にあるせいか、団内の規律は傭兵とは思えないほど厳しく、それだけに顧客からの信頼も厚い。

 そして現在では、サーヴェンデルト王国の対魔族戦線において欠かすことのできない戦力となり、あちこちの頼りない貴族軍を支えているそうだ。


 その四代目がこのジェインなのだが、幼少期は一族始まって以来の麒麟児と謳われ、少年期になると一族に破滅をもたらす終末の獣と謳われた、らしい。

 とにかく、その豪胆すぎる性格が大人たちの中で評価が真っ二つに割れたらしく、ジェインが成人するまでに紆余曲折があったらしいが、今はこうして団長の座に収まっている。


 だが、一つだけ確かなのは、黒鉄の虎をさらに躍進させるとも破滅に導くとも今も言われているこのジェインがいなくなれば、黒鉄の虎のみならずサーヴェンデルト王国の旗色がいろいろな意味で悪くなることだけは確かだ。


「とにかく、王都までの道のりは任せろ。たとえ王国そのものを敵に回したとしても、ちゃんと目的地まで送り届けてやる」


 コンコン


「団長!オルドレイク侯爵家の手の者らしき一団四十人が、こちらに停止を求めてきてますが!」


「蹴散らせ!!だが一人も殺すなよ!そして、用があるなら侯爵本人が出て来いと伝えろ!」


「了解!」と窓越しに命令を受けた騎乗したジェインの部下が、馬車から離れていく。

 その、団長の指揮下に入れて心底嬉しそうな表情からは、オルドレイク侯爵何するものぞという気概以外に、恐怖のようなものは見いだせない。


「おいクルス、やっぱりジェインに助けを求めたのは間違いだったんじゃ……」


「言うな。俺も絶賛公開中――後悔中なんだから」


 すでに港を離れた船の中で、乗客が何を叫ぼうと進路が変更されることはない。


 そう思うことにして、俺は窓の外から見える、黒鉄の虎五千の威容を眺めることにした。






 五千もの傭兵団の行軍なのでそれなりに日数がかかるかと思ったんだが、途中途中できっちりと休息を挟みながらも順調に進み、エドラスの街から五日ほどで、王都を臨む平原までやって来ることができた。

 道中の関所破りやら、侵入した領地の貴族の私軍やら、オルドレイク侯爵の奇襲やら障害の諸々は、割愛するとしよう。

 傍目から見ても時間のロスになったとは思えなかったし、遠く馬車から見えた敗残兵のみなさんの惨状を詳らかにしても、誰も得をしないからだ。


 だが、さすがの黒鉄の虎といえど、これ以上王都に近づくことは難しいだろう。

 何しろ王都に入るための門の前には、王都守護を一手に引き受ける王直属の、白、黒、赤、青の四大騎士団が勢揃いして、俺達の行く手を阻んでいたからだ。


「ちっ、どうするクルス?いっそのこと奴らを蹴散らして王都になだれ込むか?」


「やめてくれ。ていうかやめろ。使うつもりはなかったが、依頼主の強権を発動する。少なくともこっちからは四大騎士団に手を出すな。言い訳の余地もなく反乱軍にされるぞ」


 そう言った俺は、とりあえず今回の依頼者であるオッサンに使者を送ってもらうように、ジェインに頼んだ。


「よっしゃ!できるだけ血の気の多い、敵に囲まれて討ち死にしても構わない奴を選んでやる!」


「やめろ。それだけは絶対にやめろ。使者は、普通に交渉ができる人を選べ。選んでくれじゃないぞ、選べ」


 そんなやり取りの後で、まともな性格で交渉事も得意そうな、とある部隊長さんに使者をお願いし(俺もこの目で直に為人を確かめた)、前方に待ち受ける四大騎士団の方へと向かってもらった。


「よっしゃ、てめえら、戦闘準備だ!ザーツの奴が期限までに帰って来なかったら、即全軍突撃だ!」


「せんでいい。ていうかするな。むしろ逃げる準備をしろ。依頼主命令だ」


 久々の王都で気が高ぶったのか、それとも没落した先祖の恨みを晴らしたいのか、はたまた俺のツッコミ前提で無茶ぶりをしているだけなのか(そこそこ楽しかったのは認める)、とにかくそんな無駄話をしながら待つこと丸一日。


「団長!ザーツ隊長が戻ってきました!向こうの使者らしき馬車が一台、一緒に来てます!」


 黒鉄の虎が設営した天幕の一つでジェインと共に俺達が暇を持て余していると、傭兵の一人が息を切らせながら駆け込んできた。


「よし、俺が会う。クルス、依頼主としてお前も付き合え」


「もちろんそのつもりだよ」


 というわけで、ランディたちとハイリアにはこの場に残ってもらい、俺はジェインに従う形で使者との会談場所である大天幕で待つことに。


 そして、「使者の方、ご到着です」というジェインの部下の声と共に、やや焦りがちな感じの使者の歩く物音が天幕越しに聞こえてきた。


 ――まあ、使者の正体には心当たりありまくりなんだけどな。


「クルス!!一体どういうことだ!!どうしてこうなった!!」


 天幕に入ってきて開口一番、悲鳴のように俺にまくしたてた使者。

冒険者時代の俺の上司で後ろ盾のような存在だった、冒険者ギルドグランドマスターにして、最近正式に王族に復帰した、マルスニウス=フィン=サーヴェンデルトその人だった。

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