第6話 数の暴力は絶対正義


 マーティン、俺と手を繋いだハイリア、ミーシャの順で、エドラスの街を駆ける。

 すでに日が昇ってそこそこの時間が経っているが、街の住人らしき人影は全く見当たらない。みんな、厄介ごとに巻き込まれたくなくて家に引きこもっているんだろうが、その判断は正しい。


 何しろ、住人の代わりにエドラスの街を我が物顔で歩いているのは――


「いたぞ!」 「気をつけろ!魔法使いがいるぞ!」 「弓だ!弓を持ってこい!」


 俺達がいる道のあちこちの方角から荒くれ者たちの声が聞こえてくる。

 これは、敵の総数は五十以上、いや、下手をすれば百じゃきかないかもしれない。


「ちょっとクルス……」 「いくらなんでも多すぎじゃないですか?」


 戦慄を隠さずにそう言うミーシャとマーティンだったが、その声に震えはなく、あくまで敵の数が予想以上だったことに驚いているだけのようだ。


 ……思い出すな。あれは確か、とある調停の証人を王都まで護衛する依頼で、待ち構えていた貴族の私軍二百人を見事に撒いた時のような――


 っと、そんなこと考えてる場合じゃなかったな。


 と、思いつつも、俺は改めて繋いだ左手の先にいるハイリアを見ながら――


「ミーシャ、そこ!」


 バシィン!!


「ぐあっ!?」


 路地の陰からこっちに襲い掛かろうとしていた冒険者に手に提げていた財布から取り出した大銅貨を射出、鼻っ柱に命中させながらミーシャに指示を飛ばす。


「『ショックボルトアロー』!!……まったく、油断も隙も無いわね」


 動きの止まった冒険者にミーシャの魔法の麻痺の矢が命中した。


「よし、ここで来た道を戻って、近くの建物に隠れるぞ。ミーシャ、一発デカいのを、できるだけ遠くにぶっ放してくれ。ただし、できるだけ街を破壊しないやつでな」


「難しいこと言うんじゃないわよ!でもそうね……アレしかないか。マーティン!正面に障壁お願い!冬の女王、水のマナの眷属よ、我が求めを聞き届け、この地に氷結の結界をもたらしたまえ――『グレイシャルメテオ』!!」


「「「アギャハアアアアアアアア!?」」」


 魔力効率の悪いミーシャの短縮詠唱が完了し前方にマナが満ちた瞬間、道の先にある大通りに突如として巨大な氷の壁が空中に出現し落下、周辺にいたと思われる複数の冒険者の悲鳴が上がった。


「ちょっとマーティン!障壁が狭すぎて寒いじゃない!」


「ご、ごめんなさい!」


「きゃあああっ!」


「とにかく敵の注意は逸れた!行くぞ!」


 ミーシャが放った魔法の冷気がここまで届き、思わずその場にしゃがみこんだハイリアをできるだけ優しく立たせながら、「どこが街を破壊しないやつだ!?」という感想を押し殺して表面上は取り繕いながら、俺は人気のない建物の物色を始めた。






「ミーシャ、魔力の残りはどうだ?」


「小なら三十回、中なら十回、大魔法ならあと一回ってところね。時間が経てば少しは回復するけど、期待はしないで」


「そうか。マーティンの方はどうだ?」


「正直、この先も防御のために障壁を使い続ける必要がありますから、さっきのような大きなものはもう出したくないですね」


 ミーシャが大魔法を放った地点から少し離れた無人の倉庫に身を隠しながら、現在の戦力を確認する。


「敵の残りの数はどれくらいだと思う?俺も予想はしちゃいるが、一応お前らの考えも聞いておきたい」


「二百くらいいてもおかしくないんじゃない?わたしたちを街の外に出したくないって考えると、今襲ってきてる連中の数倍いてもおかしくないし」


「僕も同感です。それに加えて、あのファマウスという人物が私的に連れてきている護衛も頭に入れておくべきです。上級貴族のお抱えだとしたら、最低でもAランク冒険者がいるんじゃないですかね?」


「ねえリーダー、ランディに何を頼んだのか知らないけれど、あいつがいないのは結構きついわよ。別行動にするのはまずかったんじゃないの?」


 その子もいることだし、というミーシャの言外の意志を汲み取って、俺は頷くだけに留める。

 全てはとっとと帰ってこないランディが悪いとして、俺は隣にいるハイリアを見る。


「ハイリア。予想はしていたことだが、敵の規模が思った以上に大きい。はっきり言って、君一人を捕らえるには過剰にもほどがある戦力だ。教えてくれ、奴らの狙いは何なんだ?」


 依頼人のことも考えてこれまであえて聞いてこなかったが、ここまで切羽詰まってくると、僅かな認識のずれが明暗を分ける可能性だって出てくる。

 俺達に言えない秘密を抱えているらしいハイリアには悪いが、たとえダメ元でも、ここは一度聞いておく必要があった。

 一旦隠れる決断をしたのだって、これが目的だしな。


「……彼らの目的は、私の身柄と、クルスさんにお渡しした手紙だと思います。ですが、それ以上のことはほとんど何も知りません。私もあの方の指示に従っただけなので……ただ」


「ただ?」


「このまま王都にいると私の身が危ない、そうあの方は仰っていました。それが私の命のことなのか、それ以外のことなのかは教えていただけませんでしたが……」


 ……少し事情が変わってきたな。

 今までは、てっきりあのオッサンがらみの厄介ごとという認識でしかなかったが、最初はただのメッセンジャーと思っていたこのハイリアは、この依頼のキーパーソンという可能性が出てきた。


 とすると、奴らの黒幕、オルドレイク侯爵は一体――


「クルス!!」


 ドオオオオオオン!!


 突然叫んだマーティンの声と視界を覆った聖術障壁、そして俺達がいない方の倉庫の半分を吹き飛ばす衝撃波と轟音が響き渡ったのは、ほぼ同時だった。


「っ――逃げるぞ!!」


「ねえリーダー!これって……」


「話は後だ!とにかくここを離れる!!」


 一気に視界の開けた倉庫の残骸を避けながら、ハイリアでも通れるルートを選んで、衝撃波とは逆の方向へと突き進む。


「まずいですよクルス!!そっちは……!!」


「わかってる!だが、今はこっちしかない!」


 さっきの巨大な衝撃波は間違いなく敵の魔法使いの仕業だが、あんな威力の魔法を放てる奴なんてそうそういない。少なくとも、辺境の冒険者ギルドにいていい人材じゃない。

 となると答えは一つ、貴族の家臣であるファマウスが連れてきたオルドレイク侯爵お抱えの魔法使いが、俺達をいぶりだすために放った魔法だろう。


 通常、遠距離大規模攻撃を得意とする魔法使いに背を向けるのは自殺行為。だが、ハイリアという護衛対象を持つ今の俺達は、ひたすら敵の手から逃げ続けるしか手が無い。


 たとえそれが、敵の罠だとしても。


「そこまでだ!全員武器を地面において、頭に手をやって跪け!!」


 逃げた先、エドラスの街の十字路に出てしまったところに待ち構えていたのは、弓を構えた三十人以上の冒険者達。

 中には魔法使いも数人いるらしく、それぞれの杖をこっちに向けている。


「……リーダー、どうする?」


「やるというのなら、付き合いますよ」


 こんな時でも頼もしい言葉をくれる、我がパーティの仲間たち。


「クルスさんの思う通りにやってください。その結果、私が虜になったとしても本望です」


 ついでに、全幅の信頼を寄せてくれる護衛対象者様までいらっしゃる。


 背後からも敵の包囲網が迫る気配がしてきて絶望的な状況の中、俺が決断しようとしたその時――


「な、なんだてめえら!?」 「どっから……?」 「おい!囲まれてるぞ!!」


 そいつらは、別に唐突に現れたわけじゃない。

 むしろ全くの逆、エドラスの街の道という道を埋め尽くしながらも、見事に統率の取れた行進で前進しながら、俺達を囲む冒険者の包囲網を四方八方から包囲し返したのだ。

 その数は……数えるのも馬鹿らしい。

 ただ確実に言えるのは、俺達を追っていたファマウスに雇われた冒険者じゃ歯が立たない大軍がエドラスの街を埋め尽くしているってことだけだ。


「全軍停止!!」


 そいつら――まったく同じ意匠の鋼の鎧を着た傭兵の集団がその声で一斉に停止すると、唖然として声も出ない冒険者達の前に、一人だけ場違いな槍使いの男が、整然とした隊列の中から姿を現した。


「おう、何とかギリギリ間に合ったらしいな」


「「ランディ!?」」


ザッ


「それはよかったぜ。危うく報酬をもらい損ねるところだったってわけだ」


 ミーシャとマーティンが驚きの声を上げる中、ランディに続いて現れたのは、大包囲を仕掛けた集団のそれよりも、数段グレードアップした鎧を着た黒髪の偉丈夫。


「おい、そこのてめえら、武装解除しろ。もっとも、「黒鉄くろがねとら」に楯突きたい奴がいるなら、そのままでけっこうだぜ?」


 ニヤリと猛獣のような凶悪な笑みを浮かべる偉丈夫に、


「てめえら武器を捨てろ!!」 「てめえこそ捨てろ!!」 「頼むから殺さないでくれ……!!」 


 一斉に武器を捨て始めた冒険者達。


 そりゃそうだ、俺だって、あいつからそう言われたら、一対一の状況でだって戦意を保っていられる自信なんてないからな。


 そうして全員が武器を捨てた頃、包囲する傭兵達の間から、見覚えのある顔が突き出された。


「こんな扱いをしてタダで済むと思っているのか!?私はオルドレイク侯爵の――き、貴様は……『黒鉄のジェイン』!?」


「ほう、俺の顔も少しは貴族に知られるようになったか。なら話は早い。悪いことは言わねえ、今回は手を引け」


「い、いかに貴様と言えど、オルドレイク侯爵家に敵対すればどうなるかわかっているはずだ!!」


「おお、そうかそうか、そりゃそうだよな。これだけの手間と金をかけてか弱い美女を追い込んでおいて、連れてくることができませんでしたじゃ、お前さんも主に顔向けできねえよな?じゃあ、顔向けできるようにしてやるとするか」


「な、なにを……?」


 今度は一転、意地の悪い悪ガキみたいな笑みを浮かべた偉丈夫――ジェインを怖がりながらも、ファマウスは訊き返した、訊き返してしまった。


「おいお前ら、こちらのお貴族様の家臣殿は名誉の負傷がお望みだそうだ。適当に相手してやれ。殺さない程度にな」


 了解!!


 そんな、大音量ながらも清々しい統一感でエドラスの街に響き渡った傭兵達の声。

 直後に、ファマウスと雇われ冒険者たちの姿が傭兵達に囲まれて見えなくなり、代わりに複数の情けない悲鳴が響き渡った時、


「傭兵集団、黒鉄の虎、五千。依頼者クルス殿の要請に応じて馳せ参じた。ここから王都までの道のり、我らが全力でお守りする――久しぶりだな、クルス」


「よろしくな、ジェイン」


 ゴツイ手を差し出してきたジェインに、俺も右手を差し出してがっちりと握手を交わした。


 さあ、次なる舞台は王都だ!!


「「いやいやいやいやいや」」


 置いてきぼり感満載の仲間二人の突っ込みが、一方的な蹂躙による喧騒が響き渡るエドラスの街の空に消えていった。

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