第8話 オッサンはやる時はやる男だったらしい
「おいクルス、どうしてこうなった!?」
「オッサン、それはさっき聞いたから座ってくれよ」
天幕に入るなりそう怒鳴り込んできたオッサン、冒険者ギルドグランドマスターのマルスニウスをとりあえず座らせ、天幕の中で控えていたジェインの部下が王族への礼儀として茶を勧める。
この、憮然とした表情で出された茶に口をつけているのが、マルスニウス=フィン=サーヴェンデルト。
現サーヴェンデルト国王の従兄にして、王国内の冒険者ギルドを統括するグランドマスター。
本来なら、国王との血縁の近さから言ってもっと重要な職に就いているべき人らしいのだが、過去にとある事件を起こしたことが原因で、王族から籍を抜かれていた
そうだ。
その後、王国をひっくり返したような政変が起き、それまで王国の権力を握っていた二大派閥が同時に失墜した際に、多大な功績があったとして、特別に王族への復帰が認められたと聞いた。
まあ、その件に関して俺達『銀閃』も一枚噛んでるというか、マルスのオッサンの功績はほとんど俺達が稼いだというか……
まあ、済んだ話だ。そのことはどうでもいい。
どうでもよくないのは、このオッサンのことだ。
茶を喫し終えて一息ついたところで、改めてオッサンに話しかける。
「少しは落ち着いたか、オッサン」
「ああ。再会するなり怒鳴って悪かったな。だがクルス、プライベートならともかく、俺のことをオッサン呼ばわりするのはよせ。俺が良くても、周りが許さん時もある」
「心配しなくても、時と場所は選んでるよ。ジェインだったら問題はない」
「おう!俺は礼儀なんざ大嫌いだからな!」
「はあ……まあ、わきまえてるならいい。それよりも、これはいったいどういうことだ、クルス?」
「どういうことって、ハイリアなら無事に連れてきたぞ」
「それは感謝している、本当にな。そしてお前のことだ、無事にハイリアを連れ帰ってくれるにしても、騒動の一つや二つくらいは起こすと予想していた。だが、これはさすがにやりすぎだ、このバカ者め……」
そう言って、左手で額を抑えながら盛大にため息をつくオッサン。
確かにここまで大げさにしようと思ったわけじゃないが、俺にだって言い分はある。
だが、異を唱えたのは俺――ではなく、オッサンとの間の位置に座っていたジェインだった。
「ちょっと待ていただきたい、マルスニウス様。最初に断っておくが、『黒鉄の虎』が間に合わねば、さらに事態がややこしくなっていたことは間違いない。あのまま行けば、おそらく死者が出ていただろう」
「む……」
俺を弁護するジェインの言葉に、オッサンも押し黙る。
こう言っちゃなんだが、あのエドラスの街での危機を切り抜けるだけなら、もっと簡単な方法はあった。
ファマウスとお抱え冒険者を含めた敵を全滅させれば、あそこまで追い詰められることはなかったことは間違いない。
だが、それをやれば、大勢の「元」同業者から恨みを買うことになるし、何より家臣を殺されたオルドレイク侯爵を本気で怒らせることになる。
まあ、すでに人族とは半ば縁を切った形の俺達は特に気にも留めないが、依頼者であり、王族であり、そして冒険者を統括する立場にあるオッサンは、非常に厳しい立場に立たされることになる。
元、とはいえ、冒険者の矜持は俺にも残っている。
自分達の命に危険が及ばない程度に依頼者の立場を守ることも、当然の務めなのだ。
「……どうやら、先に一部始終を聞いておく必要があるようだな。クルス、お前が知っている限りでいい、何があったか話せ」
「最初からそのつもりだったよ」とも思ったが、せっかくオッサンが話を聞くつもりになったところに水を差してもな、と思い直し、俺は永眠の森でハイリアから面会申請をもらったところから今日までのことをざっと話した。
語り終えた後、予想通りオッサンは両手で頭を抱えて項垂れた。
「……なんということだ。オルドレイク侯爵は、本気で私と敵対するつもりなのか?」
「なあ、オッサン。アンタからの依頼を受けてからこっち、俺達は事情も知らずに走り回らされていたわけなんだが、そろそろ種明かしをしてくれてもいいんじゃないか?」
色々と厄介ごとを押し付けてくれたりもしたオッサンだが、今でも俺は恩義を感じている。人生の恩人だと言ってもいい。
そんな、何か大変な重荷を背負っているらしいオッサンの負担を軽減するために、わざと嫌味な言い方で促してみる。
「……言っておくが、俺の話を聞いたら、もう後には引けないぞ」
「大丈夫だ。いよいよ追い詰められて後には引けなくなっても、その時は永眠の森に戻るだけだから」
「ぐっ!その手があったか……!?」
「いいから話せよ。こうしてる間にも、状況は悪くなってるかもしれないんだろ?」
俺のその言葉で観念したんだろう、オッサンは大きなため息を一つつくと、少しだけさっぱりした顔になって俺を見た。
「いいだろう。だが、このことを知る者はできるだけ少ない方がいい。場をお借りしておいて無礼なのは重々わかっているが、ジェイン殿と黒鉄の虎の者達には退席してもらいたい」
「うむ、承知した。全員出ろ。それと、クルス達が呼ぶまで、この天幕には誰も近づけるな」
さすがは王国一の傭兵団の団長、超えるべきではない一線は心得ているようで、すぐに席を立って部下にも退室を促した。
「オッサン、わかってると思うが、依頼上の秘密を聞く時はあいつらもいっしょだぞ」
「言われずとも、だ。君、すまないが、クルスの連れを呼んできてくれ。それと――」
後半は何を言っているのかよく聞き取れなかったが、オッサンは天幕から出て行こうとする黒鉄の虎の団員の一人に声をかけて、ランディたちを呼んでくれた。
そして、二言三言オッサンと当たり障りのない互いの近況を言い合った頃、
「……はあ、気が重い」
「こういうことは、もう二度と無いと思ってたんですけど……」
「クルス、今からでも永眠の森に帰って、全部聞かなかったことにしない?」
「それも一案だが、この厄介ごとが永眠の森に飛び火しないように処理する必要と義務はある。とりあえず座れ」
そう言って、テンション下がりまくりのランディたちを横に座らせる。
そして、早速とばかりにオッサンに話の続きを促そうとした、その時だった。
「あ、あの、失礼いたします……」
天幕に入ってきたのは、俺が呼んだ覚えのない、それでいてこの依頼の鍵となる人物、ハイリアだった。
驚きを隠せないままにオッサンを見ると、
「俺が呼んでもらった。お前も薄々感づいているだろうが、ハイリアはこの件に大きく関わりがある。むしろ、ハイリアこそが事の発端と言ってもいい。彼女無しには話ができないと思い、この場に呼んだ」
そう言い切ったオッサンがハイリアをそばに呼び、なんと自分の横に座るように促した。
「だ、旦那様……!私はその席に座れる身分ではございません!」
「いいから座ってくれ。ここにいるのは、俺が心から信頼する者達ばかりだ。絶対に秘密が漏れることはないし、お前に横にいてもらわないと、進む話も進まん」
そう言って、強引にハイリアを隣に座らせるオッサン。
「はい」と小さく言ってちょこんと座るハイリアは、顔が真っ赤だ。
「へえ」 「そういうことか」 「え?え?」
……なるほど。
ハイリアの感情が、緊張ではない別の何かでいっぱいになっていると気づいた時、ようやく俺にも察しがついた。
そうか、ハイリアは――
「改めて紹介する。こいつはハイリア。俺の元側仕えで、婚約者だ」
堂々と紹介したオッサンの姿は、これまで見たどの時よりもカッコよかった。
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