第10話 大天使ヨドミエル

「ど……どう、ですか」


 天使がいた。

 試着を終えて開いたカーテンの先は天国へと昇華していた。


 髪と同じ栗色のワンピース、その上から羽織る薄手の白いカーディガン。

 麦わら帽子被ってひまわり畑の中に立っていたら間違いなく映える。


「めっちゃいい。似合ってる」


「え、えへへ……」


 俺の審査は満点合格。

 最終審査員の愛雲の判断を仰ごうとしたら、何やら考え込んでいた。


「淀見さん、ちょっと後ろ向いて」


「は、はい」


 愛雲はヘアゴムを取り出し、淀見さんの髪を弄る。


「はい、これでよし」


 ものの数秒で、天使が大天使に進化していた。ヨドミエルと名付けよう。


 ずっと、ツインテールが似合う女性は二次元だけだと思っていた。

 その観念が、今、最も容易く覆された。


「髪の量が多いからちゃんとボリュームも出るし、引っ張られてる感じに見えないでしょ」


「ああ、前髪が少し減ってたまに目が見えるのもいい」


 褒めちぎられて恥ずかしがる淀見さんの仕草もまた可愛い。


 これ以上の点数をつけられないのが悔やまれる。ちょっと満点の概念変えてくるわ。


「どう? 何か気になるところある?」


「いえ……なんか、わたしがわたしじゃないみたいです。愛雲先輩のこと、ずっと、ガラの悪いヤンキーって、思ってましたけど……すごく優しい、です」


「ならそれを言わないのが正解よ」


「ごっ、ごめんなさい……!」


 二人が直接関わるのはこれが初めてだが、愛雲のやつ、意外と面倒見がいいらしい。


「それセール品だし、カーディガン脱げば夏でも着れるから」


「他にもまだ見るか?」


「いえ、これで十分、です。というか、もう疲れて限界です……」


 へなへなと、試着室の壁なしには生きていけなさそうな淀見さん。


「そ。別にあたしに頼まなくても、店員さんに言えば似合うもの選んでくれるから、今度からはそうすることね」


 なんなら黙って突っ立ってるだけで寄ってくるから、とのこと。

 このフロア自体が淀見さんにとってスリップダメージのようで、庶民の俺もあまり長居したくないのが本音だ。

 フードコートにでも促そうかと考えていると、また愛雲が俺をジト目で見てくる。


「どうした?」


「なんでも」


「なくないんだな。どうした?」


 俺からもじっと見返すと、愛雲は観念して口を開いた。


「あんたその服、自分で選んだの?」


「一応、ネットとかで調べつつ。変だったか?」


「そうじゃないけど、古い。去年のトレンドのやつじゃん」


 そりゃあ、去年のこの時期に買ったやつですから。


「……ちょっと来なさい」


「ちょっと待て、これから休憩しに」


「あんたのも選んでやるって言ってんのよ」


 言ってないです。初耳です。


 有無を言う暇もなく、腕を掴まれて連れて行かれる。


「どうせオタクだから、派手なの好きじゃないでしょ」


「バカにされてる気もするが、その通りだ」


「バカにしてるのよ。はいこれ、あとこれ」


 バカにしてるのかよ。


 それで、なになに。渡されたのはアンクルパンツとかいう名前のズボンと、オーバーサイズのシャツだった。着替えずして解放してはくれないだろう、素直に試着する。


「じゃあそれシャツインして」


「入れるとダサくないか?」


「あんたがあたしよりファッションに詳しいと?」


「すみませんでした」


 言われた通りにシャツインする。


「したらバンザイして」


「マジで何言ってんだ?」


「あたしよりファッションに」


「すみませんでした」


 バ、バンザーイ……なにこれ、新手の拷問? 


 半信半疑どころか九割疑いつつも背伸びすると、インしたシャツが微妙に出てくる。

 無様な姿が映っていないことを祈って、後ろの鏡に振り返った。


「なんか……意外と、あり?」


「そういう着方なのよ。タックインコーデ。わざとダボっとしたシャツを着て少し外に出す。あそこの店員もやってるでしょう」


 本当だ。色違いなだけで鏡に映った俺の服装とほとんど同じだった。


「男モノにまで詳しいんだな」


「あんたが探すの手伝えって誤解させたんでしょうが」


 わざわざ調べてきてくれたのか。


「素直に感謝してるんだから素直に受け取れよ。今まで見様見真似でなんとかやってきただけだから、有識者からアドバイスもらえるのは普通に助かった。サンキュな」


「別に。徒労に終わらなくてよかったわよ」


 ブレないなぁ。こういうときはツンデレのデレを見せる場面だろうに。


 こうして、いい意味で予想を裏切られる形で買い物を終えた。




 そして、これは帰り際に全国規模で展開している大型ディスカウントストア、通称ド◯キの前を通ったときのこと。


 多種多様(意味深)な服売り場に、珍しくゴスロリなるものが並んでいた。


「淀見さん着たら似合いそう」


 そう呟いたのは、奇しくも俺ではなく、愛雲だった。


「あ、いや……あれ見て言ったわけじゃないから。あの女の人見て言ったんだし」


 愛雲は口早に畳み掛けると、荒い足取りで先を言ってしまった。


 最近は、一般人の中でゴスロリが流行っているのだろうか。

 ネットで調べても答えが出でくることはなく、謎のままとなった。

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