第9話 デー……買い物
駅前の大型ショッピングモール、その入り口。
只今とても険悪な空気が漂っています。ご注意ください。
五分前に着くと、愛雲が待っていた。
とても不機嫌そうにして。
「なんであたしなのよ」
「いや、女性モノの服買うのに俺だけじゃ心許ないだろ」
服に知識ないとは言わないが、メイド服とかガーターベルトとか俺が殺されるセーターとか、とりあえず淀見さんに見せたら気絶するジャンルのものに限る。
愛雲なら最新のファッションを網羅していると踏んで、お呼ばれしてもらったのだ。
肩を露出したトップスにデニム生地のショートパンツ、スニーカーの中から聳え立つニーハイソックス。そして、約束された絶対領域が眩しく輝いている。
急な呼び出しながらこの精度、信頼度は一番高い。
「は? 女性モノ?」
胸の下で腕を組む愛雲は、眉根を寄せた。
「なんで驚いてんだ?」
「だって『服選び手伝ってほしい』ってメッセ送ってきたの誰よ」
「俺だけど、俺の服見るわけじゃないぞ?」
説明不足だったのは謝罪しよう。でも、男物選ぶよりそのほうが楽だろう。
「女の服って……あんた、まさかカノ」
「おっ、お待たせしました……っ!」
救世主、現れたり。
俺と愛雲だけだったらいつ刺されるか不安でならない。
駅からそう遠くない距離を走ってきた淀見さんは、瀕死寸前だった。
「なんで制服?」
「出かける服がないんだって」
愛雲がため息をつくと、淀見さんは肩身狭そうに萎れていった。
「つまり、淀見さんの服を見繕えばいいってことね」
「ああ」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
ため息、再び。
「……まあ、来ちゃったからにはやるけどさ」
□
エスカレーターで上がっていく中、早速と愛雲が切り出した。
「予算はどれくらい?」
「服、買うって言ったら、お母さんがたくさんお小遣いくれたので……」
「そ。じゃあこっちね」
愛雲に先導されたのは、ブランド店が並んだフロアだった。
「こういうのってバカほど高いんじゃないのか?」
「ブランドブランドって言うけど、別に高いって意味じゃないのよ? G◯とか、ユニ◯ロだって捉え方次第ではブランドって言えるもの」
「まじか」
「まじよ」
愛雲のまんま言った通りだと思っていた。
ふむふむ。ブランドって、生産してる会社名的なものなのか。
ネットで先生から学びを得ていると、愛雲がジト目で俺を見ていた。
「どうした?」
「……いや、なんでも」
ないわけじゃないときの反応だな。
ともかく、最優先事項は淀見さんの外出用兼漫画の練習用の服だ。
女子の買い物は以上に長いイメージがある。俺の出る幕もない。
「ちょっと上の階見てくるから終わったら、」
「これと、これとこれね。はい、試着してみて」
「はやっ!?」
入店から一分、愛雲の手によってワンセットが見繕われていた。
「淀見さん、背低くて可愛い系だから似合うのわかりやすいのよ」
だそうです。女性服には詳しくないからなんとも言えない。
「何してんの? 早く行きなさいよ」
「し、試着ってどうすれば……?」
「店員に言えばいいだけよ」
わかる、わかるぞ淀見さん。
俺も初めて服買いに行ったとき、声かけるタイミング分からなくて逆に声かけてもらったものだ。不審者に疑われて。
手伝おうかと思っていたら、淀見さんは背を向けている店員に、眠っているライオンに近づくかの如くジリジリと距離を詰めていった。
「あ、の……っ」
「はい、どうされましたか?」
「こここれっ、わたしに着させてくださいっ!」
「はい……はい?」
Oh……。
白地に誤解されてしまった様子。
その言い方だと、着替えるの手伝ってください的なニュアンスに聞こえてしまう。
「あー……ええと、試着ですね。こちらへどうぞ」
ここで店員ファインプレイ。淀見さんのトラウマを回避して見せた。
安堵の息を愛雲と吐き出すと、人類史に残る快挙を成し遂げたかのような、今までに見たことのない笑みで淀見さんが振り返ってくる。
これが親の気持ちか。
今日、夏津海燕は童貞にして父になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます