第11話 エロアニメ同好会

「却下」


「なんでですか! この素晴らしい案のどこにケチがつくと言うのですか!」


「全部だよぜんっぶ! 一個も使えないんだよ!」


 オークと女騎士。


 女王スライムとショタ勇者。


 触手の呪いにかけられた魔女。


 etc……。

 

 言うまでもなく、土花が持ち込んだ脚本である。


「なんでエロファンタジーしかないんだよ!」


「その方が売れるからに決まってるじゃないですか!」


 開き直りやがった。


「金目当てで売る気か?」


「それ以外に目的がありますか?」


「それ以外しかねぇよ。活動理由忘れんな」


 お前が決めたんだろうが。


「いいか、俺らが売り出す場はコミケじゃない。文化祭だ。十八禁はおろか十五禁ですらブラックゾーンだ。エロ要素は一切なしでリテイクしてこい」


「ぐむ……少し待っていてください。少子化の厳しい現状を説明して直々に許可ぼうぇっ」


「やめれ」


 本気で教室を出て行こうとする土花のブレザーの襟を掴む。


 そのとき、部室の扉がほんの少しだけ空いて、大きな目が覗いてくる。


「こ、こんにちは……」


「淀見さん、おつかれ」


「どうかしました……? その、声が、廊下にまで……」


「言うより見てもらった方が早い」


 淀見さんにもプロットに目を通してもらう。


 設定だけじゃない。内容だって、ヤらなければいいのだろう、出さなければのだろうと十八禁にならないスレっスレを攻めてきているのだ。土花のドヤ顔がありありと浮かぶ。


「淀見さん?」


 しばらくして、淀見さんが読み終えて顔を上げた。

 案の定、白い頬が赤く染まっていた。

 果たして、外方を向いて恥じらいながら、


「その、わ、わたしは……ありかな、って思います……」


「淀見さん!?」


「あっ、いえ、その……! たしかにえっちぃですけど……モンスターって服描かなくていいですし、登場人物も、自然な流れで脱がせられるので、楽だな……と」


 ダメだこりゃ。

 淀見さんの中じゃ、遅かれ早かれ脱ぐのは確定事項らしい。しかも言動から察するに、十中八九モンスターに襲われて、だ。


「常識人枠の二人、早く来てくれ……」


「こんにちは。今日はたくさんいるみたいだね」


 噂をすれば、イケメンの影。


「白鬼先輩! 貴方しかいないんです!」


「いきなりだね夏津くん。でもほら、そういうのは誰もいない場所で二人で……」


「どうか廃部の危機を救ってください!」


 なんのことかわかっていない様子で、白鬼先輩は目を瞬かせた。


「このままじゃ、俺たちエロアニメ同好会のレッテルが貼られます……」


「ああ……うん、なんとなく察したよ。勘違いだったっていうのは」


 俺の肩に手を置いて、白鬼先輩は残念そうに頷いた。

 早速、地獄への片道切符に目を通してもらった。さすがはクールビューティなだけあって、羞恥を表情に出すことなく黙々と読み進めていく。

 個人的にはいっそ使い物にならないくらいビリビリに破いてくれてもよかったのだが、丁寧に角まで揃えてテーブルに置かれる。


「うん。設定としてはファンタジーの王道だけど、内容は面白かったよ」


「面白いのは同意しますけど……」


「僕としては、ぜひ声の担当してみたいけどな」


 ふぁっつ?


「声やるって、そういう声出すことになるんですよ?」


「わかってるさ。でも将来のための練習にはなると思うんだ」


「エロゲ声優でも目指してるんですか先輩は」


 キッパリやめてとは言えないが、知ってる先輩が喘いでると思うとむず痒い。

 しかし先輩は、頬をかきながら苦笑いした。


「違う違う。声優だけじゃなくて、俳優の演技の練習とかでも言われることなんだけど、感情を乗せるのが難しいときはいやらしい声から始めるといいんだよ。想像しやすいし、誰にでも出せる声だからね」


「理に敵ってますけど、羞恥心はないんですか」


「これでも本気で声優を目指しているんだ。いつかエッチなキャラを担当することになるなら、早いも遅いも関係ないよ」


 こんな状況でカッコいいと思ってしまう自分が憎い。先輩、超カッケェっす。


 オタクに理解があり、かつ冷静な判断を下せると思っていた白鬼先輩の頼みが消えた。


 土花に理詰めは効かないし、多数決でも既に負けが決まっているときた。


 ……え終わる?


 ヒロイン助けるために恥を買って笑われ者になるとか、一周回ってカッコいい展開じゃなくて? エロ漫画発行して変態扱いで終わるの?


 こうなったら、男の意地とか自尊心とか、捨てるしかない。

 全校生徒に恥を見せつけるくらいなら、三人なんてタダも同然だ。


 椅子から立ち上がり、扉の前の床に膝をつく。


「何してるんですか夏津くん。正座は太ももが太くなるのでやめた方がいいですよ」


 意を決して頭を下げた瞬間、背後で扉が開いた。


「あれ、全員いるとか珍し……」


「……」


「警察でいい?」


「よくない待て誤解だマジでかけようとするなウェイト――ッ!」


「ついに女に手を出したか変態。しかも三人同時とか下衆野郎じゃん」


「頼むから話を聞け……っ!」


「来るな、触るな近寄るな変態」


 無駄に運動神経がいいやつめ、ひょいひょいと手を避けて廊下に逃げられる。


「安心してください愛雲さん、夏津くんは誰にも手を出していませんよ。みんな処女のままです。あ、みんなと一纏めにするのはいけませんね。愛雲さんは彼氏がいて既に経験」


「してないわよ! あたしだって処……って、あ」


「……」

 ボク、ナニモキイテナイヨ。

 意地でも愛雲の目を見ないように、首の角度を固定したまま部屋の隅に移動する。


 わざとらしい咳払いの末、愛雲が話を切り替えた。


「で、なんで土下座してたのよ」


「そうだそれだよ、愛雲も何か言ってやってくれ」


 白鬼先輩のときと同じ流れで愛雲にプロットを見てもらった。


 興味なさげ、というか触れたくない内心を表情から察しつつも、黙って待つ。

 一周して愛雲の顔が上がるのに、俺だけが息を呑んだ。


「ここじゃファンタジーって普通かもしれないけどさ、知らない人からしたら説明なしでSFモノ見せられてるようなもんじゃないの?」


 愛雲を除くその場の全員が唖然としていた。


 俺らオタクからしたら、ファンタジーは魔法が存在して、女騎士がいて魔女がいて、オークとスライムと触手が出てきて当たり前だ。なんでと疑う余地なく、そういうものなのだ。


 だからこそ、気づかなかった。


「学生向けに漫画売るならラブコメでいいじゃん。楽そうだし」


 もういいでしょ、と断りを入れて、愛雲はスマホをいじり始める。


「……土花」


「はい」


「ラブコメで幾つか案、来週までに頼めるか?」


「了解しました」


 こうして、エロアニメ同好会への進化は、無事阻まれたのであった。

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