ご挨拶(高野家編③)

「「「ただいまー!」」」


 玄関から元気な声が聞こえて、甥っ子達の帰宅を知らせた。相変わらず元気だな……


 侑は私からサッと距離をとってそわそわしながらドアに視線を向けている。さっきまで2人だったからくっついてくれていたのに、ちょっと寂しい。


「かーさん、腹減ったー、って居ないじゃん。あ、玲依ちゃんと……おにーさん、誰??」

「れいちゃんが男連れてきたぁー!?」

「ちがうよ! おねーちゃんだよ! まえにれーちゃんおくってきてた!」

「「え!? ごめんなさい!!」」

「あはは、気にしないで」


 ……バンっとドアが開けられてドタドタ3人が入ってきたと思えば、侑を見て一瞬静かになって、すぐに騒ぎだした。


「侑、騒がしくてごめんね」

「ううん、男の子って元気だね……」


 侑を見れば、驚いた様子だけれど表情は優しい。


「こら。お客様が来ているだろう? 侑さん、息子達が申し訳ない。千紗の夫の慧です」

「初めまして。山崎侑と申します」


 後から入ってきた慧さんは千紗姉から侑のことを聞いていたみたいで、3人を諌めつつ穏やかに挨拶をしてくれている。


「さて、快、柊、春樹くん、ご挨拶は?」

「快です。小6です」

「柊です!! 小4です」

「はるきです! にねんせいになりました!!」

「はい、よく出来ました」

「快くん、柊くん、春樹くん、よろしくね」

「うん。柊、春樹、ゲームやろーぜ!」

「「やる!」」


 さっきとと同じようにバンっとドアを開けて2階へ走って行った。


「はぁ……全く……」

「慧さん、お疲れ様です……」

「玲依ちゃん、ありがとう。僕は千紗の所に行ってくるよ」


 慧さんは額に手を当ててため息を吐いて、千紗姉の所に向かっていった。というか、蓮兄は?


「……は? 蓮兄、何やってるの……」

「どうしたの……? あ、玲依ちゃんのお兄さん……?」


 外を覗けば、侑の車の隣にあったはずの蓮兄の車が移動していて、洗車をしようとしているのか、車に水をかけているところだった。車、そんなに汚れてなかったよ……? そこまでして会いたくないの??


「はぁ……ちょっと行ってくる」

「玲依ちゃん、私が行ってきてもいい?」

「え、いいけど……私も行くよ?」

「ううん、大丈夫。玲依ちゃんは待ってて」


 ぽんぽん、と頭を撫でて、部屋を出て行った侑を見送って、外に視線を戻す。


 侑が話しかけたのか蓮兄が侑の方を向いた。当たり前だけれど、声が聞こえなくて落ち着かない。

 蓮兄が侑を傷つけたらどうしよう……



 *****


「こんにちは。初めまして。山崎侑と申します。玲依ちゃんのお兄さんですよね?」

「……蓮だ」


 外に出て、玲依ちゃんのお兄さんに近づいて声をかければ、驚いたように目を見開いて、仕方なさそうに名乗ってくれた。

 なんとなくだけど、お兄さんは昔ヤンチャしてたんだろうなぁ、って思う。頼れる兄貴、って感じ。


「車、お好きなんですか?」

「好きっつーか、職業病だな」

「職業病……?」

「整備士」

「あ、そうなんですね」


 話して貰えないかな、と思ったけれど普通に答えてくれてちょっと驚いた。


「そんなこと聞きに来たのか」

「あー、いや……」


 すぐには認めて貰えないとしても、話してみたかっただけなんだけど、なんて言ったらいいのか……


「それなら戻れ。邪魔だ」

「はい」

「いや、なんで座るんだよ」

「あ、お気になさらず」

「……顔に似合わず図太いな」

「ありがとうございます」

「褒めてねぇよ」


 邪魔にならないところに避けて、見学体勢に入った私に呆れたような視線が向けられた。


「……楽しいか?」

「はい。私も車好きなので」

「そうか……」

「はい!」


 人の洗車をじっくり眺める機会なんて無いから普通に楽しい。


「年は?」

「22です」

「は? マジかよ……玲依がそんな歳下と……」

「お兄さんはおいくつですか?」

「お兄さんじゃねぇよ」

「あ、そうですよね。すみません、蓮さん」

「ちっ……調子狂うな……玲依の2個上」


 ぶっきらぼうだけど、ちゃんと会話をしてくれて、根は優しいんだろうな……


「2個上だと中学校も被ってるんですね。玲依ちゃん、可愛かったんだろうなぁ……」

「あぁ。それはもう可愛かった」


 昔を思い出しているのか、本当に玲依ちゃんのことが大切なんだなって分かるくらい優しい表情。


「彼氏とか、居たんでしょうね……」

「はっ、根性ねえやつばっかりだったな」

「え、何かしたんですか?」

「あ? ちょっとお話しただけだ」


 この感じ、絶対違うよね……


「結婚はすんのか」

「え……結婚、ですか」


 まさか蓮さんの口から結婚、なんて出てくるとは思ってもみなかった。というより、これ、気づいてないよね……


「あ? まさか遊びだとか言うんじゃねえだろうな? 玲依は29だぞ?」

「もちろん本気です」

「ならいい」

「反対、しないんですか?」

「玲依が家に連れてきた時点で反対なんてしたところで無駄だろう。あいつは頑固だからな。それに、もう全員認めてるんだろう? せめてもの抵抗で洗車でもして会うのを引き延ばそうと思ってたのに1人で来やがるし……まあ、玲依の後ろにコソコソ隠れるようなやつなら話す気なんか無かったけどな」


 1人で来て良かった……

 千紗さんの時は大変だった、って聞いていたから今回も長期戦を覚悟していたのに、反対されないのは予想外……気に入らなければ、反対はしないけど仲良くもしない、って事かな?


「不思議そうな顔だな?」

「その、千紗さんの時は大変だった、と聞いていたので……」

「あー、姉貴の時は俺も若かったからな……」


 遠い目をしつつ、話してくれたのは千紗さんが結婚する、と言った時のこと。

 蓮さんが10代の頃だったらしく、ずっと一緒にいた千紗さんが結婚して家を出ていくことが、家族の繋がりまで無くなるようで不安だったんだとか。


 なにそれ可愛い……


「おい、声に出てんぞ」

「え!? すみません……」

「まぁいい……くそっ、ワックス忘れてきた……」

「私ので良ければ使いますか……? ボディカラーも同じですし……」

「いや、いいわ」

「そうですか……」


 ここまで綺麗にしたのに、ワックスが無いとか私ならヘコむ。


「なんでそんな落ち込んでんだよ」

「いや、ここまできて、ワックスが無いとか辛いなぁ、って」

「はは、なんだよそれ」


 本当に車好きなのな、って笑う蓮さんはきっと後輩に慕われてるんだろうな。


「蓮さんって同性にモテそうですね」

「はあ? 野郎にモテたって嬉しくねぇよ……勘弁してくれ……」


 心底嫌そうに言うから笑ってしまった。



「ねぇ、これ、どういう状況……?」

「おう。彼氏借りてんぞ」

「彼氏……」

「玲依ちゃん、どうしたの?」


 結局ワックスを使ってもらうことになって、拭き取りのお手伝いをしていたら玲依ちゃんが困惑した様子で聞いてくる。


「どうしたの? って……全然戻ってこないから蓮兄にいじめられてるんじゃないかって心配してたのに」

「おい」

「心配かけてごめんね? でも、普通に話してくれたし、優しいよ」

「まぁ、なんか仲良くなったのは分かった。ちなみに蓮兄、侑は彼氏じゃないけど」

「は? 遊びじゃねえって言ってたぞ?」


 結局言うタイミングを逃してるんだよね……


「それはそうなんだけど、侑は彼氏じゃなくて彼女」

「……は?」


 蓮さんから驚いた視線が向けられて、なんだか申し訳なくなる。


「山崎侑、性別は女です……」

「ちょっと待て……あぁ、くそ、そういうことか……無神経で悪かった」


 きっと結婚の事だよね。言わなかった私が悪いし、蓮さんが気にすることじゃないのに。


「私が言ってなかったので、むしろすみません……」

「先入観って怖ぇ……」


 まぁ、そうだよね。彼氏だって思って私を見れば、そうなるよね。服もメンズだし……メイクをすればちゃんと女に見えるけど、あんまりしないからな……



 蓮さんは私が女だってことを知らなかったのは自分だけだと聞かされて盛大に拗ねていたけれど、美優さんに話を聞かなかったのが悪い、と言われて落ち込んでいた。

 高野家の女性陣は皆強いってことが分かった。怒らせないようにしよう……

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