第31話 大根を収穫しよう

 一月の中頃、ノワール村では大根が収穫時期を迎えていた。リヨンが畑についた頃にはすでに四人の村人は大根を畑の端に積み上げていた。


 ご老人は丸くて白い大根を畑から引きぬいていた。リヨンは優しい言葉を村人にかけるよう心がけた。

「みんなで頑張ったね。大根が収穫できて本当によかった」

「村長、野菜がいっぱいとれましたね」と副村長のターナーがにこやかに返答する。


 カインとアベルが大根を引き抜いた反動で畑に転がっていた。「いてっ」「いたたっ」と言い合っている。


 農民たちは、泥で汚れた手でひたいから流れ落ちる汗をぬぐった。ご老人が何気なく放った言葉に他の村人たちもうなづいた。

「たくさんの大根ができたのは村長のおかげじゃろう」

「おじいさん、前も同じ事を言ってたよ」

「ガハハ そうじゃったか」

「ちょっと心配だね。おじいさん」


 リヨンはくきの根本をしっかりとつかみ、真上に大根を引っこ抜いた。少しやせているが食べられるサイズだと思う。

 それにしても、今日はよく晴れている。例年にない青空だ。太陽はギラギラと降り注ぎ、まぶしい光を地上に放っている。


 収穫した大根を並べておく。井戸水を使って水洗いする必要があると思いながら。商品にしてシュタルクに持っていかないといけない。

「カインとアベル 大根を踏みつけるなよ」


 二人の足が止まった。二人は「踏みつけないよ」と言いながら走っていった。森の方に向かって。

「みんな! 昼休憩にしよう」


 村人が家に帰ってゆく。みんなが安心して帰る場所ができた。これからも村を維持していかなければいけないとリヨンは心に誓う。


 リヨンが家に帰ってもセレナはまだベッドで休んでいた。仕方がないので、リヨンは自分で料理を作り始める。

「セレナ 体調は? 」

「よくない…… 帰ってきたの」


 朝のうちに水に浸したレンズ豆を取り出し、大鍋に岩塩と一つまみの塩を入れて煮る。豆を煮る間に塩漬けのベーコンを薄く切って鍋に投入。とろ火でグツグツと煮る。


 固い黒パンを薄く切って木製の皿にのせると完成だ。リヨンはパンとスープをダークエルフが住む隠れ家に持っていった。

「すまぬ。リヨン殿に迷惑ばかりかけている」とシャーレが言う。

「あと少しの辛抱です」とタフトがなだめた。


 隠れ家の床にはわらが敷かれていた。毛布を被ったダークエルフが顔を出す。フェローは体調がよくないようだ。この頃は急激な温度変化で暖かくなった。無理もない。この掘っ立て小屋ではだんもとりにくい。


 リヨンは隠れ家から自宅に戻った。固い黒パンをかじり、冷めた豆スープを口にかきこむ。

「 ゆっくりセレナも話す時間もない」


 収穫した大根を箱に入れ、見映えの悪いものを横によける。市場には大きな大根を持っていきたい。そのためには箱の大きさを大きくしないといけない。


 昼食を食べ終えた後、再び作業を始めた。日が高くなるにつれ気温が上がる。一月とは思えない晴れ具合。だが、それは心地よい暑さだった。

 リヨンは額の汗をぬぐい、空を見上げた。青い空が広がっている。そこに司祭とその一行が畑の前を通りかかった。

「司祭 どこへ? 」

「木を切り出して教会を改築します。大工にも声はかけました」



 リヨンは休めた手を動かして作業を続ける。葉の付け根をつかんで大根を引っこ抜く。手についた土を払ってターナーに声をかけた。

「木の箱に入れといて」

「一部は大根に空洞が入ってますが」

「それは村に配ろうか。シチューなり、スープにすればいいよ」


 リヨンは倉庫からくわを取り出した。両手にくわを構えて畑を耕し始める。大根を収穫した小さい畑に玉ねぎを植えるためだ。冬の寒さに耐えられるのは野菜だけだろう。


 土を起こして大根の葉っぱを取り除く。硬い土は水はけを悪くする。くわで土の塊を砕く。土を掘り起こすと虫も出てくる。虫は無視して掘り起こす。


 ライ麦畑では緑色の葉がしげっていた。ライ麦全体を足を踏みつける。麦を踏むことで雑草を生えにくくするためだ。麦踏みは十月に一回、十一月に一回実行したが一月にもする。


 ライ麦は順調に育ってはいるし、えんどう豆とレンズ豆も五月には収穫できる。魔族との戦争が終われば、村人が動きやすくなる。

「司祭のとこにいくか」


 くわを倉庫に直して、手を洗う。その足で教会に向かった。教会といっても粗末な一軒家だが。

「やあ 司祭。元気にしてたかな」

「司祭と呼ばれると恥ずかしいですね。リヨン」

「ちょっと教えてくれないか。リュテスはどうなったんだ! 奪還したのか? 」


 赤い服を着た司祭はためらわずに言った。

「当代の聖騎士パラディンが集めた部隊が魔族を蹴散けちらしたようです。王都 リュテスの4分1を奪還したと」

「おおっ、司祭は救援に行かないのか? 」

「私はもう年ですし、魔力もそこまで残っていません。私より後進に託した方がいいと思いました」

「そうか。俺も魔王と戦って負傷したから力は残ってないよ」


 リヨンは安堵の表情を浮かべた。

「前代の聖騎士パラディンが国王の護衛についているので安心でしょう。あなたが気にしていることはわかります」

「俺があの国王を気にしているわけがないだろう。一度 新しい王都に行きたいと思っていたんだ。赤髪の剣使い フランに会いたくて」

「おやおや。勇者が人探しとは珍しい」

「駆け出しの頃、一緒に旅をした仲間だから」

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