春夏秋冬

第32話 ニンジンと玉ねぎ

 寒かった冬が明け、ノワール村は暖かな三月をむかえていた。二月にやっていたのは堀と土塁どるい作り。土を掘り下げて堀を作るのは大変だった。村を囲む壁は高いとは言えないが、堀も決して深くはない。


 リヨンは村がゴブリンに襲われても撃退できるだろうと考えていた。そもそもノワール村に強い魔族が襲ってくることはありえない。もし魔族が来れば四人で立ち向かうしかない。


 昨日は農業の基本である土造りをやった。大根を収穫した畑に落ち葉をかぶせ、その上に草をのせる。まるで床にく わらのように落ち葉をばらまき、足でふみ固める。その上に土をかぶせ、野菜を植えるうねを作った。

「よーし、二人でやるぞ」


 開拓した畑で作業をしているのは二人の村人しかいない。セレナとリヨンだけだ。他の村人たちは個々の切り開いた土地で畑作業にはげんでいる。


 春に植える野菜は玉ねぎ。玉ねぎを植える予定の畑はすでに石灰をまいて、土壌を良くしてある。なのでうねに小さな苗をまっすぐに植えてゆくだけでいい。

 リヨンは苗が曲がってはいけないと母から言われたことを思い出した。なつかしい昔の思い出だ。思い出を振り切って先に進まなければならない。


 セレナが玉ねぎの近くにニンジンの種を植えてくれた。リヨンはあわてて井戸水をくみにいった。

「セレナ 先走ったな」

「何を? 」

「水まきが先だろ」


 本来なら、畑に種を直播じかまする前に水をたっぷりと畑にまかないといけない。セレナはせっかちだ。種をまいた後に間引きしないとダメなように。農業には手順が大切だ。


 リヨンは大急ぎでうねに水をまいた。畝全面に種をばらまいたのを目で確認して、種が隠れる程度にスコップで土をかける。

「順調にいけば五月には収穫できるだろうな」

「五月か」


 玉ねぎをにんじんの近くに植えたのは理由がある。それはハエが寄りつかなくなるからだ。これが農民の生活の知恵だ。


 そういえば昨年の十一月にえんどう豆を植えていた。わざと玉ねぎから遠ざけた位置に植えたが そろそろ白い花が咲くころだろう。七月の収穫が楽しみだ。


 今日は固くなった土を荒起こしする。

 冬に休ませていた畑を復活させるために土をほり起こす。スコップで大きな土の塊をひっくり返して、表面をやわらかく。畑の表面が灰色から黒くなった所でスコップを休めて。くわを降り下ろしながら土を細かく砕いてゆく。


 リヨンは横で作業をしているセレナを見て

「昼飯にしよう」と声をかけた。セレナはだまってうなずいた。二人はだまっていても意思疎通ができる関係だ。さすが五年一緒に冒険しただけはある。



 二人は家に帰って間に合わせの食事をすませた。固い黒パンだけの質素な食事、パンは水に浸してふやかしてから食べる。やっぱり締めのエールは最高だ。気分がさわやかになる。

「今日も少ないね」

「実は食料がなくなってきたんだ」

「町に行こう。買えばいいよ」


 冬の間に蓄えた食料はほとんど使ってしまった。二月に買い出したのにチーズは足りていない。ライ麦は少しあるが小麦は切らしている。


 ちょうどタイミングの良いことに行商人の声を聞いた。リヨンは行商人のキュウに欲しい商品を交渉する。

「まん丸のチーズを2つ、ライ麦がほしい」


 リヨンが白い幌つきの荷馬車に乗り込むと、キュウは赤茶色のチーズをすばやく取り出した。

「熟成が進んだ固いチーズです。きっと満足していただけるでしょう」

「これはうまそうだ。2つくれ」


 キュウの兄がライ麦が入った樽を置いた。小さめの樽にはぎっしりと麦が詰まっているだろう。

「今日は奥さんのエルフはいないの? 」

「今日は家においてきた。子どもが生まれたからね」

「それは喜ばしい。さぞかし嬉しいでしょう」

「家にいるから今日は酒を買わないよ。体に悪いし」


 リヨンはたるの中を開けてライ麦を手ですくった。さらさらと流れ落ちる粒は質がよさそうだ。たるを脇にかかえて荷馬車を出た。

「今日は塩を売りたい。村でとれたものだから」

「ターナーさんからは玉ねぎを売ってもらいました。塩も買いたいです」


 リヨンは布袋につめた岩塩をキュウにみせる。手で救ってなめた。悪くない反応だ。きっと塩を買ってくれるはず。

「行商人さんは銀貨何枚で買ってくれますか? 」

「デニエ銀貨十枚かな」

「もう一声欲しいなー」

「銀貨十二枚」

「売ります」


 リヨンは再び荷馬車の中に入って、欲しい商品を漁った。ひよこ豆やレンズ豆が欲しい。

「荷台に豆はあります? 」

「白インゲン豆はありますよ」

「ひよこ豆は」

「用意してます」

「どちらも買おう」


 リヨンは質の良いデニエ銀貨八枚を渡して豆を買った。キュウは手をふって帰ってゆく。なんだが名残惜しい気がした。


 その日の夜の夕食はリヨンが作った。ひよこ豆のスープを食卓に並べ、夫婦で席につく。

「久しぶりにパン以外の食事をしたわ」

「そうだね」と返すリヨン


 セレナは農村生活の不満をぶちまける。

「久しぶりにシュタルクへ行きたいね。酒屋に行きたい。肉もあればお酒もある」

「町にいけばセレナの好きな酒も買えるな。白パンも」

「チーズと小麦が欲しい」

「俺が買ってやる」


 リヨンは頭の中で思った。やはりセレナには都会の生活が合ってる。村長をターナーに譲って放浪しながら冒険する旅に出るのもいいのかもしれない。










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