その後……

古巣、何かを探し求める男を向かい入れる。




 とある街では、新年の祝いで活気に満ち溢れていた。


 初日の出は昨日で沈んだというのに、人々は新たな年に思いをはせていた。




 その中でひとり、ふらふらと気力を吸い取られたように歩く男の姿があった。


「……」


 その男はただ、なにかに吸い込まれるように足を進める。


 とある路地裏へと続く道に、男は入っていった。






 その路地裏には、ひとりの女性が立っていた。

 外はねさせたショートヘアの頭には赤いキャップを被り、ポロシャツにサイズの合ってないモッズコート、ライン入りズボンにスニーカーに、背中にはメッセンジャーバッグを背負っている。


「……あの、どうかしましたか?」


 男に気が付いた女性は、そのやつれた表情から心配するように話しかけた。


「い、いえ、だいじょうぶです」


 そう答えて、男は壁にもたれかかって座り込んでしまった。

 女性はこれ以上深入りする必要はないと、彼から目線を離した。




 女性はその路地裏から離れず、路地裏の壁を眺めていた。


 その壁に描かれていたのは、小さな傷跡だ。


 雲、草、波、木……


 誰も訪れることのないはずの狭い路地裏に、奇妙な模様が描かれている。


 爪で引っかいたようなその傷は、


 まるで幼い子供が夢を描いた落書きのようだった。




「なんだか、不思議ですよね」


 女性はふと、落書きの感想を男に述べた。


「不思議って……この絵が?」


「ええ。なんだかこの絵を見ていると、まだ見ぬ世界にあこがれを抱くような、そんな気持ちがするんですよ」


「まだ見ぬ世界にあこがれを抱くような……」


 男はふと、まぶたを閉じた。


 誰かの顔を思い出すかのように。




「あの……」


 まぶたを開けると、男は女性にたずねようとした。


「はい?」


「……僕も、会えますかね? この世界の価値を見させてくれると期待できる、だれかと」


 女性はその問いに答えることができなかったのか、黙ったままだった。


 その時、女性のポケットからスマホの着信音が聞こえてきた。


「あ、すみません、失礼しますね」


 女性はスマホを取り出すと、路地裏から立ち去ってしまった。




 男は壁の落書きをしばらく眺めると、やがて立ち上がり、路地裏の奥へと歩いて行った。






 路地裏の場所は、行き止まりだった。


 そしてそこには、もう誰もいない。




 男は奥の壁に、再びもたれかかって座り込んだ。


 一度体育ずわりをしてうずくまった後、


 しばらくして顔を上げ、空を見上げた。






 この世界のすべてを見たいと願っていた化け物の古巣で、男は思いをはせる。




 まだ見えぬ、世界の価値を。

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化け物バックパッカーOMNIBUS26 オロボ46 @orobo46

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