5,化け物バックパッカー、おみくじを引く。






 山奥の神社の賽銭箱。


 そこへ、銀色の小銭が1枚、シワだらけの指によって飛んできた。


 小銭が落ちる音が聞こえてくると、


 屋根から垂れているヒモを、黒い手がつかむ。


 鈴の音が響き渡ると思うと、


 パン パン


 ふたつの手を合わせる音が重なった。




「……タビアゲハ、今年は何か願い事をしたのか?」


 神社に向かって礼をした後、ひとりの老人……坂春は、隣に立っているタビアゲハにたずねる。

「ウウン。神様ニ聞イテモライタイ願イ事、ウマク見ツカラナカッタカラ。坂春サンハドンナ願イ事ヲシタノ?」

「それは個人秘密だ。まあ、何も願わなかったおまえなら、俺の顔を見て察しているだろうな」


 後ろの石階段ではなく、横に向かい歩いて行く坂春の背中を見て、タビアゲハは口元に一差し指を当てて首をかしげる。


「ナンカ……ドコカデ同ジヨウナコトガアッタヨウナ……」


 坂春は振り返り、手招きをした。

「タビアゲハ、早くこっちにこい」

「ア、ウン。スグニ行ク」




 テーブルの上に設置された、“おみくじ”と書かれた小さな赤い自販機。


 その前に立つ坂春の元に、タビアゲハが走ってきた。

「坂春サン、ソレッテ?」

 赤い自販機を指さすタビアゲハに、坂春は財布を取り出し始める。

「おみくじだ。占いみたいなものでな、その日が……今日の場合はその年の運勢がどんなものなのか、書かれているんだ」

「ウンセイッテ……運ガイイノカ悪イノカッテコトデショ? 何ガ書イテアッタラ運ガイイノ?」

「大吉が1番だ。それにつづいて吉・中吉・小吉、1番最悪なのが凶だ。まあ、たとえ凶が出たとしても、不幸な年だと決まるわけじゃあないがな」


 坂春は100円硬貨を自販機の投入口に入れた。


 取り出し口に、折りたたまれた紙が落ちた。






 別の神社のおみくじの自販機では、学生服の少年がおみくじの紙を開封していた。


「――おっしゃあ大吉ぃぃぃっ!! やっぱり初詣といったらおみくじだよな!」

「チョット静カニ喜ビナサイヨ! 凶ヲ引イタ人ガ聞イタラドウスルノ!?」






 崖に立つ神社で、大森と晴海は黙っておみくじの内容を読んでいた。


「……晴海先輩、どうでした?」

「凶だったよお。その様子じゃあ、大森さんも同じみたいだねえ」

「はあ……なんか今年最初のおみくじが凶だったら、あまりいい1年には思えないですよね……」

「それを信じるなら、今頃あたしたちは崖を登り切れていないと思うんだけどねえ」






 墓地の近くにある神社で、我輩はおみくじを引いた。

「末吉……隠し事に注意……なんだか、1年というより1日の運勢である」






 教会の出口に設置された箱に、真理と祐介は互いに手を入れた。

「教会でもおみくじはするのね」

「ああ、ただ、大吉とか凶とかは書いていないんだね」

「代わりに書かれたこの祈りの言葉が、大吉ってとこかしら」






 山奥の神社で、坂春とタビアゲハは互いに顔を合わせていた。

「……ナニモ、書イテイナイネ」

「ああ、白いな。印刷ミスか、何かのイタズラか……」

「デモ、ナンダカイイコトアリソウ。大吉ヨリモ、イイコトガ」

「ああ、白紙のおみくじなんて、めったに引くことなんてないからな」






 ゆっくりと星を周り、各地の彼らを見守ってきた太陽。




 太陽にとってはいつも通りに星を回っているだけなのに、




 1年最初だというだけで人々は盛り上がる。




 太陽でなくてもいいのに、人々は盛り上がる。




 もしも太陽に心があるのなら、




 勝手に盛り上がる人々に嫌気が差しているのだろうか。




 それとも、そんな人々に愛着が湧いているだろうか。




 人々の手に渡ったおみくじたちが、そんなことを考えた……かもしれない。

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