第031話 ダークエルフとえいえん
「――余と一緒に……不老の身になってくれ!」
ダクタは真剣な表情だった。
だからこそ、それが冗談かもなんて考えはまったく湧かず、僕は尋ねた。
「……なにが、あったの?」
今日のダクタに変わったところはなかった。
いつもと同じように楽しそうだったし、僕も楽しかった。
焚火の前で談笑していた時もそうだ。
それからダクタは眠ってしまって、起きたら様子がおかしくなった。
「……余は……余は、りゅうのすけと、別れたくない……」
ぽつぽつとダクタは話してくれた。
抱え込んでいた、というより、ふとしたことで溢れてしまった気持ちを。
「……これは余のわがままじゃ……どこまでも、どこまでも、独りよがりな余のわがままじゃ……。じゃけど、余はもう……おぬしがおらんと生きていけぬ……」
僕の胸に顔をうずめるダクタ。ぎゅっとシャツを掴んでくる。
……。
……僕も、
僕は人間。ダクタはダークエルフ。
ダクタが500歳と聞いた時から、わかっていたことだ。
僕とダクタでは、歩む道の長さが違うと。
でも、そんな欠片ほどの想いは、すぐに消していた。
まだ、先の話だと。
まだ、考えるべきでない話だと。
しかし、違った。
ダクタにとっては、違ったのだ。
僕にしてみれば、〝まだ先の話〟だ。
でも、ダクタにとっては、〝すぐ先の話〟だったのだ。
何十年も後の話。
だから僕は、無意識の内に見ない振りをしてきたのかもしれない。
だけど、ダクタには、それすらもできないほどに、近い未来のことだったのだ。
あと1500年近く生きられるダクタにとって、80年なんてあっという間だ。
僕は生涯、ダクタの隣にいられるかもしれない。
死ぬ時だって、ダクタに看取ってもらえるかもしれない。
ダクタと一緒にいられて、いい人生だったって、笑って逝けるかもしれない。
じゃあ、ダクタは?
僕が死んで、ダクタは残りの長い長い人生を、また独りで過ごすのか?
独りで生きて、独りで死んでいくのか……?
これじゃあ、繰り返しじゃないか……。
あの時の繰り返しだ。
ダクタと押入れで出会って、もう今日で終わりだと、明日はこないと告げられた時と同じだ。
僕に会ってしまったから、話したから、触れてしまったからこそ、ダクタは別れの悲しさを思い出していた。
こんな思いをするくらいなら、いっそ出会わなければよかったと、僕も思った。
また、あれを繰り返すのか……?
また、ダクタを泣かせるのか……?
また、ダクタをひとりぼっちにするのか……?
そんなのはダメだ。
そんなのは嫌だ。
ダクタには、ずっと笑っていて欲しい。
これまで笑えなかった分、思いっきり笑って欲しい。
いつまでも、ずっと、この先も、笑顔でいて欲しい。
なら……。
なら……僕の答えは、ひとつだ。
「……ダクタ、これからもずっと一緒にいよう」
僕の腕の中で鼻をすするダクタに、囁くように言った。
「……りゅう、のすけ……?」
ダクタが顔を上げる。その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「僕は、ダクタと一緒にいるよ。……これからも、ずっと、ずっと」
「うぅ……りゅうのすけぇぇぇぇええ……ひっく……うぅ……」
また泣いてしまった。
泣かせるつもりなんてないのに。
僕は、ダクタに笑って欲しいのに。
「…………」
自分の頬を、熱いなにかが伝うのを感じた。
「…………」
ダクタは今も子供のように泣いている。
早く慰めてあげたい。
だけど、ダメだ……。
今は僕も……ダメだ。
胸の奥から際限なく湧き出る気持ちが、止まらない。
涙が、止まらない。
ならせめて、せめて、吐き出そう。
全部を一緒に、吐き出そう、ダクタ。
全部を洗い流して、そしたら、一緒に笑おう。
だから、今だけは、今だけは、思う存分、泣こう。
一緒に。
◆◆◆
「…………」
「…………」
僕らは肩を寄り添いながら、静かに燃える焚火を眺めていた。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。
お互いにいつ泣き止んだのかもわからない。
気づけば2人で身を寄せ合い、赤い炎を見ていた。
言葉はない。
でも、居心地はむしろ良い。
溜まっていたものが、涙と一緒に全部流れ出てしまったんだろうか。
「…………」
「…………」
僕とダクタは、固く手を繋いでいる。
これから先の未来を示すように、強く繋いでいる。
「……りゅうのすけ」
「……どしたの? ダクタ」
「…………」
「……?」
ちらりと隣を見ると、ダクタは言い淀んでいた。
「……本当に……本当に……ええのか?」
そういうことか。
「……〝不老〟とは〝不変〟ということじゃ」
その意味は僕も重々承知だ。
「何年も、何十年も、何百年も、何千年も、変わらぬということじゃ……」
百も承知の上だ。
「そうなれば……もう人の世では、生きられぬかもしれんのだぞ……?」
たしかにそうだろう。
10年くらいならともかく、高校生の見た目のままで100歳とか無理がある。
不審に思われるのは必至だ。
気味悪がられて、避けられるかもしれない。
「そうなれば……おぬしは孤独になるやもしれんのだぞ……?」
「でも、ダクタが隣にいてくれるんでしょ?」
ダクタを孤独にはさせない。
それはつまり、僕も孤独ではないということだ。
「ダクタには僕が、僕にはダクタがいる。それじゃ……ダメ、かな?」
ふたりでいる限り、僕らは独りじゃないんだ。
「……ダメな、わけ……あるか……!」
ダクタが抱きついてくる。また泣かせてしまった。
一時の気の迷い?
若気の至り?
いつか後悔する?
恋に酔っているだけ?
なんとでも言えばいいさ。
それでダクタを救えるなら、ダクタに笑ってもらえるなら、いくらでも、どこまでも、いつまでも酔ってやるさ。
止まるものか。
たとえ人の世界で生きられなくなったとしても、僕はダクタと添い遂げたい。
何年も、何十年も、何百年も、何千年も、永遠に。
◆◆◆
「……それでダクタ、不老になるっていうのは、やっぱり古代魔法?」
僕とダクタは月明かりの下、平原を歩いていた。
夜風が草木を揺らし、虫たちが静かに鳴いている。
「うむ、そうじゃ。まだ余が使ったことがないやつじゃ」
僕らは手を繋ぎ、並び歩く。
どこに行くわけでもなく、ただ歩いていた。
「今更なんだけど、古代魔法ってどこでも使えるわけじゃないんだよね?」
いつか見せてやると言っていたが、口振り的に発動条件はありそうだった。
「古代魔法を使うには、とある場所に行かねばならぬ。そこでのみ、使えるんじゃ」
重要なのは場所か。
「じゃから、りゅうのすけも一緒に来て欲しい」
もちろんだ。どこへだって行くよ。
「失われし魔法を刻む、いにしえの聖地……」
その名は、
「――機械国家〝デウスマキナ〟」
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