第032話 ダークエルフとこだいまほう
8月6日。
僕らはいつも通りだ。
六畳間に敷いた布団に2人で寝て、起きたら寝相で酷いことになっている。
シャワーを浴びた後、遅めの実質昼食な朝食を摂って、適当に雑談する。
ダクタがアリカーをやりたいというので、1時間ほどプレイした。
何度やっても今のダクタは僕に勝てない。悔しがる。
かといって、忖度してわざと負けると、それはそれで怒り出す。
ゲームが終わるとアイスを食べて、2人で並んで昼寝した。
それで起きたら時刻は14時30分。
まったくもって、いつも通りの僕たちだ。
そして僕とダクタは、スノリエッダに来た。
ダクタのおばあさんに挨拶して、今日の予定を確認する。
「機械国家デウスマキナ、か。ここは剣と魔法の世界だと思っていたけど、機械――科学も発達してたんだ」
思えば、ダクタは僕の部屋のテレビや冷蔵庫といった電化製品を見ても、そこまで驚いていなかった気がする。
「機械技術に長けているのは、デウスマキナだけじゃ。それに、りゅうのすけの世界のように、娯楽のための機械ではない。兵器じゃ」
だから機械国家というわけか。
「機械と魔法の融合、それこそがデウスマキナが生み出した秘術じゃ。じゃが、その力は大きすぎた……自分らの手に負えんほどにな……」
含みがある言い方だった。
気になるが、それも実際に行ってみればわかることだろう。
「じゃあ……はい」
僕はダクタに背を向け、中腰になった。
いつもの
「えへへ」
ダクタが笑みをこぼしながら飛び付いてきた。ぐっと体重が掛かるが、もう慣れたものだ。
「……そこって遠いの?」
「いつもの速さで飛んでいくと、3日くらいかのぉー」
「3日……それは……大変だ」
「じゃから今日は転移で行くんじゃ」
「……転移? いや、僕はまだそこに行ったこと――」
言い終わる前に視界がブレた。
一瞬のことだった。ブレた視界は一瞬で元に戻るが、そうやって目に飛び込んできた光景は、1秒前とはまるで違った。
「……え?」
そこはどこかの海岸だった。そこそこ高い崖みたいな上に僕は立っていて、視界いっぱいに〝黒い海〟が映っている。
もちろんそれについて知りたいことは山ほどあるが、その前にダクタに聞かねばならないことがある。
「……ダクタって転移できたの?」
「〝魔法の転移〟じゃ! 余が行ったことある場所にしか跳べんがな! あ、でもりゅうのすけの世界もダメじゃ! 異世界には行けんな!」
ダクタは僕の背で、あっけらかんと言った。
……そっか、ダクタも使えたんだ、転移魔法。
なら僕の押入れの優位性って、ほとんどないのでは……?
というか、なら今までも飛ぶんじゃなく転移した方がよかっ――……いや、選べるなら、僕はダクタと飛んでいった方がいい。
「……その魔法って、一緒に転移させたいものに触れてる必要あり?」
「そんなことはないぞ! 余の視界にあるもんなら、いくらでも可能じゃ!」
「……なら、おんぶする必要はなかったのでは……?」
「…………」
「…………」
「……ダクタ」
「……やっぱり、触れてないとダメなんじゃ」
この展開、とてつもない既視感しかないのですが。
「……まぁいいか。それで、あの黒い……海? の先に見えるのがデウスマキナって国? 国っていうわりには小さいけど」
眼前に広がる黒い海の先には、明らかに人工物とおぼしき物があった。距離があるので正確なことはわからないが、たぶん街だと思う。背の高い構造物が見える。
そしてそれは、国というには小規模な気がした。
これも曖昧な測定故の予想だが、数百メートル程度に見える。
「デウスマキナはな、各地に点在しておるんじゃ。いや、点在しておった、か。そもそもあの国は、この世界にまだ人がおった時から既に滅んでいた」
「だから古代魔法、か」
「うむ。しかもな、あの
……それは誰も近づかないな。
というか、あの黒いのって毒的なものなのか……。
「機械兵士……ロボットか……中も危なそうだ」
「あぁ、それは前に来た時に根こそぎぶっ壊したから、大丈夫じゃ」
……中は安全そうだ。
「あそこには飛んで……?」
「それでもいいんじゃが……。万が一にもりゅうのすけが海に落ちたら、余はこの世界滅ぼしちゃうじゃろうし、素直に転移で行くかのぉ」
……なんか今、すごく物騒なこと言わなかった?
「では、行くんじゃ」
さらっと流れてしまったし、それについて聞く前にまた視界がブレた。
転移したのだ。
転移した先は、僕がこれまでこの世界で見た景色とは、正反対の場所だった。
そこは、どこかの施設の内部。
木でも石でもない素材の床、大量のモニターが並んだ壁、白い光が眩しい天井。
まるでSF映画のセットだ。
これが機械国家デウスマキナの姿か。
「…………」
このフロア、けっこう広い。壁際はいくつもの機械が並んでいて、中には人が入れるほどの、巨大なカプセルのような物まである。
「あれはな、余がずっと眠っておった古代魔法のやつじゃ。正確には余が寝ておったのはこの都市島ではないんじゃが、物はあれと同じじゃな」
……機械国家という名前を聞いた時から薄々思っていたのだが、やはり古代魔法とは科学技術のことか。いや、もちろんデウスマキナではそこに魔法の力を加えているらしいので、僕が想像するそれとは異なるだろうけど。
あれはどう見ても、俗にいう〝コールドスリープ装置〟というやつだろう。
なら、〝不老の古代魔法〟というのも、なんとなく予想できる。
と、その前に、
「……ダクタ、そろそろ降りない?」
「……しょうがないのぉ」
渋々と言った感じで、ダクタは僕の背から降りた。
「それで、僕らの目的のものは……?」
「こっちじゃ」
ダクタが向かったのは、フロアの最奥。ひときわ巨大なモニターがあり、手元の制御盤――コンソールにはいくつものボタンやスイッチが並んでいる。
「〝不老の古代魔法〟は、厳重に管理されておっての、取り出すのには苦労するんじゃ。じゃから、ちょっと待っておれ」
そう言って、ダクタはおもむろに腕を宙に突っ込んだ。〝魔法の箱〟か。
ダクタはごそごそと腕を動かし、
「あったあった」
A3用紙くらいある、大きな基板のような物を取り出した。基板……たぶん基板だ。持ち手こそ付いているが、回路がたくさんあって、明らかに基板だ。
「これが〝古代遺物〟じゃ」
僕の視線を受けてダクタが言った。
あれが古代遺物……。思っていた物とは……いや、この施設のことを考えると、むしろ納得してしまうかもしれない。
「よっと」
ダクタはコンソールにあったスリットに、その基板――古代遺物を差し込んだ。
そして、右手を置く。
「…………」
目を瞑り、集中している。それに呼応するように、右手が青白い光を纏う。
「ダクタ、いったいなにを――」
「すまんが、話しかけんでくれ。魔力に意識を乗せて掌握しておる最中じゃ。少しだけ、待っておってくれ」
眉間にシワを寄せ、僕を一瞥すらせずに言った。
その様子から、掌握作業とやらの難易度を推察するのは容易だった。
あのダクタがこうまで苦労することだ。
きっと途方もないことなんだろう。
「…………」
僕はダクタから静かに離れた。邪魔はしたくない。
「………?」
ふと、僕はあるものを見つけた。
黒いパネルだ。コンソールに取り付けられた、黒いパネル。
「…………」
僕はパネルへ歩み寄る。
「…………」
ちょうど手の平サイズというか、そこに手を置けと言わんばかりの配置だ。
「…………」
僕はちらりとダクタを見る。
ダクタは依然として集中していた。
「…………」
僕は逡巡。
そして、
「…………」
パネルに手を重ねてみた。
なにも起こりはしないだろうが、ちょっと興味―――――――
――仮登録者の生体データを確認。
――ダイレクト接続による本登録を開始――完了。
――〝超次元拡張連結装置〟の権限を移行――完了。
――本機能を〝魔法〟として登録者に習得――完了。
――全権限の完全移行に成功しました。
「――ッ!?」
僕は思わずパネルから飛び退いた。
なんだ、今のは……?
頭の中に、声が流れ込んできた……。
全権限の移行……? 僕に……?
超次元拡張連結……まさか、押入れ召喚のことか……?
そんな大それた名前だったのか……。
「…………」
特に身体に変化はないように思える。
なら、また僕の世界での押入れ召喚が強化されたのか……?
……わからない。
それについて検証したい気持ちはある。
だけど、今は、
「――できたぞ!!」
ダクタが声を上げた。
今はこっちの方が重要だ。
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