第030話 ダークエルフのわがまま

 ばーば、やっぱりダメじゃった。

 何年、何十年、何百年、探しても、ダメじゃった。

 この世界には……もう、余しかおらん……。


   ◇◇◇


 ばーば、最近な、やっと独りに慣れたんじゃ。

 だからもう寂しくないぞ!

 余のことを泣き虫とばーばはよく言うておったが、見違えたぞ!

 わははは! 余は独りでも生きていけるんじゃ!


   ◇◇◇


 ばーば、今日はアルフレイム城の玉座に座ってきたぞ!

 ダークエルフの余では近づけんかった、あの城じゃ! 

 しかしのぉ、玉座というのはただ固いだけじゃな。

 でも〝王さまごっこ〟は楽しかった! しばらくは暇つぶしができそうじゃ!


   ◇◇◇


 ばーば、余な、めちゃんこ強くなったぞ!

 今ならばーばに勝て……引き分けくらいはいけるかもしれん!

 各地にはいろんな魔法の書物があっての、それを読むのが楽しいんじゃ!


   ◇◇◇


 ばーば、古代魔法なんじゃがな、最近新しくわかったことがあるんじゃ。

 今の余なら、ここではない別の世界と繋げられるかもしれん……。

 そしたら……そしたら、そこには〝誰か〟がおるのかの……?


   ◇◇◇


 ばーば、ダメじゃ……どうしても上手くいかん……

 何度やっても、失敗する。

 異世界と繋げられん……。

 ダメなのか? 余では……ダメなのか……。


   ◇◇◇


 ばーば、もう古代魔法に使う遺物も、少なくなってきた……。

 これが尽きたら……余は……。

 どうか成功を祈ってくれ……ばーば……。


   ◇◇◇


 ばーば! ばーば!! 聞いてくれ!! 

 成功したんじゃ! ついに成功したんじゃ!

 それでな、それでな!

 繋がった先には〝誰か〟がおったんじゃ!!

 たくさん話したぞ! たくさん触ったぞ! 触られた! いろいろな!

 しかも、明日も、明日もまた話せるんじゃ!!


   ◇◇◇


 ばーば、やってしもうた……。

 押入れとやらで出会った男の前でな、泣いてしもうた……。

 いや、その、次に会う時間をな、しっかり決めてなくてな……。

 それでずっと押入れで余は待っておって……どんどん不安になって……。

 

 で、でもな、そやつ――りゅうのすけは、ちゃんと来てくれたんじゃ!

 今度はちゃんと決めようって言ってくれたんじゃ!

 じゃから明日も! 明日……明日……。

 

 じゃけど、明日で最後なんじゃ……。

 明日で魔法は終わる。

 そしたら、もう話せない……。

 ばーば……そしたら、また余は独りじゃ……。


   ◇◇◇


 たぶん夢じゃ。夢じゃった。

 寂しくて、つい見てしまったんじゃ。

 りゅうのすけとの出会いは、全部、幻なんじゃ……。

 そうじゃろ? ばーば。


   ◇◇◇


 寝ても覚めても、りゅうのすけのことだけを考えてしまうんじゃ。

 あれは夢なのに……。

 なんでじゃ、ばーば。


   ◇◇◇


 こんな世界、大嫌いじゃ。


   ◇◇◇


 いっそ全てを破壊してしまおうか。

 どうせ、誰もいないんじゃ……。


   ◇◇◇


 ばーば、余はな、この世界を壊すことに決めたぞ。

 今の余ならできる。

 だから、すぐ、余もそっちに行くからの……。

 そしたら、また甘えさせて欲しいんじゃ……。


   ◇◇◇


 まずは、アルフレイム城を吹き飛ばすことに決めたぞ。

 あの城を見るたびに、悲しくなる。

 じゃから、吹き飛ばす。

 

 それに宝物庫には、多くの魔法具があったはずじゃ。

 それも使って、世界をめちゃくちゃにしてやるぞ。

 たしか、古代遺物も溜め込んでいると噂を聞いたことがある。

 遺物の独占は許せんことじゃ、なんならそれも使って……――。


 ……。

 …………。

 ………………。

 …………古代遺物?


 ……ばーば。

 ……ばーば、もしかしたら、もしかしたら……。


 まだ、諦めるには早いかもしれん!


 また、りゅうのすけに会えるかもしれん!!


   ◇◇◇


 ばーば、見ておるか?

 今、余の隣におるのが、りゅうのすけじゃ。

 あれからいろいろあっての、世界はまた繋がって、それでなんとりゅうのすけもこっちに来られたんじゃ!

 

 りゅうのすけはな、すごく優しいんじゃ。

 こんな余でもな、受け入れてくれたんじゃ。

 抱きしめるとな、抱きしめ返してくれるんじゃ。

 想いを伝えるとな、同じように伝えてくれるんじゃ。

 

 ばーば、余はな、ずっとりゅうのすけと共にいたいんじゃ。

 ずっと、ずっと、余の隣にいて欲しい。

 こんな気持ちを抱くのは初めてじゃ。

 ばーば、余はな、りゅうのすけのことが、好きで好きでたまらないんじゃ。



   ◇◇◇



 パキンという音がした。

 それで余は目が覚めた。

 目に映るのは静かに燃える焚火。先の音はそれか。


「…………」

 

 まだ意識は朦朧としておる。目もしぱしぱする。

 じゃけど、匂いでわかる。この安心する香り。

 隣には、りゅうのすけがおる。


「……起きた?」

「……余は、どのくらい寝ておったんじゃ?」

「……1時間くらい?」

「その間、ずっとりゅうのすけは、そうしておったのか?」


 今の余は、りゅうのすけに寄りかかっておる。座って話しておったら、余は寝てしまったんじゃ。悪いことをしたな、りゅうのすけ。


「疲れたじゃろう?」

「ダクタの寝顔観察の特等席だったから、あっという間だった」 


 うっ……そうか、ずっと見られてしまっていたか……不覚。


「……ん? これは……」


 余に被せられていたのは、黒い衣服。これはりゅうのすけの上着じゃ。


「これを……余に?」

「まぁ、ね。でも、ダクタの服ってそういう調整機能? みたいので寒くも暑くもないんだっけ、こっちだと」


 たしかに魔法が使えるスノリエッダでは、余には灼熱も極寒も意味をなさん。

 じゃけど、


「いいや、魔法なんかよりも、ずっと暖かいぞ」


 その温もりが、それに込められた想いが、なによりも嬉しい。

 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


「りゅうのすけ、ありがとう」

「なら、よかった」


 りゅうのすけが微笑む。

 優しいりゅうのすけ。

 ……もう少し、甘えてええかの。


「あ、でもちょっと寒いかもじゃ」

「……ん?」

「じゃから、りゅうのすけが暖めてくれ」


 りゅうのすけは優しい。

 余がこうやって子供みたいなことを言うと、最初は呆れたり笑ったり、戸惑ったりする。じゃけど、最後には余の望みを叶えてくれる。

 余はわがままじゃ。わかっておる。


 じゃけど、どうか許して欲しい。

 余は、まだまだおぬしに甘えたいんじゃ。

 これからも、どんどん甘えたい。


 じゃから、りゅうのすけも余に甘えて欲しい。

 余にできることなら、なんだってするから。

 これからも、一緒にいて欲しい。


 これからも、これからも。

 ずっと、ずっと。

 いつまでも、いつまでも。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……ずっと一緒。


 ……いつまで一緒?



 ……。

 …………。

 ………………。


 人は……人間は……いつまで生きられるんじゃ?

 りゅうのすけは……いつまで隣にいてくれる?


 りゅうのすけは……人間。

 人間は……いつまで生きられる?

 ……100年? 

 なら、りゅうのすけが生きられるのは……80年と少し?


 ……80年?

 ……80年??

 ……80年???


 ……たった80年?


 あと80年しか、りゅうのすけと一緒におられんのか?

 ……え? ……え?

 

 余はダークエルフじゃ。

 ダークエルフは魔力量の多い者なら、2000年は生きる。

 余もあと少なく見ても、1500年は生きるじゃろう。


 あと80年でりゅうのすけと別れて、そこから1400年以上も、余はまた独りなのか……?


 あとたった80年で、りゅうのすけは……死んでしまう、のか?


 ……え?

 ……嫌じゃ。

 そんなの嫌じゃ。

 絶対に嫌じゃ!


 この幸せは、あと80年だけなのか?

 この幸せの終着地点で、余はりゅうのすけの死を、見なければならんのか?

 ……嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ!


 ……嫌じゃ。


 りゅうのすけに……死んで欲しくない……。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……ひとつだけ。

 ……ある。


 ……ひとつだけある。


 りゅうのすけと共におられる方法が。

 じゃけど、その道は永劫なる牢獄への入口じゃ。

 そこへ進ませるのか? りゅうのすけを……?


 ……。

 …………。

 ………………。


 それでも……。

 それでも……。

 

 たとえ遙か先の未来で、後悔することになったとしても……。

 たとえ遙か先の未来で、りゅうのすけに恨まれることになったとしても……。


 余は……余は……。


 りゅうのすけの隣にいたい。

 隣に、いて欲しい。


「……りゅうのすけ」

「どうしたの? さっきから難しい顔して」

「わがままを、聞いて欲しい。ひとつだけ」

「…………」


 余からなにかを感じ取ったのか、りゅうのすけの顔つきが変わった。

 待っておる、余の言葉を。


 りゅうのすけ、すまぬ。

 これは余のわがままじゃ。

 余だけのわがままじゃ。

 余の都合しか考えておらん、わがままじゃ。


 じゃけど、どうか、どうか……聞いて欲しい。

 そして、できることなら、頷いて欲しい。

 余の手を取って欲しい。


「りゅうのすけ……」 


 余の全てを捧げるから、どうか共に歩んで欲しい。



「――余と一緒に……不老の身になってくれ!」


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