第011話 ダークエルフのまほう

 ダクタが落ち着いたので、僕は状況確認を始める。


「ここはダクタの世界――スノリエッダ?」

「うむ、そうじゃな!」

「あの後ろの家は……ダクタの家?」

「おぉ! よくわかったな! 余の家じゃ!」


 ここまでは僕の予想通りだった。


「なんで僕、こっちに来ちゃったんだと思う?」

「わからん……。じゃが、余も実質、りゅうのすけの世界に行ってたようなもんじゃし、その逆が起きても不思議ではない……かもしれん」


 どうやらそこも僕と同じ考えのようだ。


「戻れると思う? 僕」

「それは大丈夫じゃと思うぞ! 余の家にも押入れはあるからの、そこから戻れるじゃろ! ……たぶん」


 最後の呟きは聞こえなかったことにしておく。


「なんにせよ、まずはダクタの家か」

「そうじゃな! そうじゃな! まずは余の家に行くかの!」


 めちゃくちゃ嬉しそうにしている。僕が行くからだろうか。そうなら、僕の方も嬉しくなってくる。


「じゃあ――っと」


 歩き出そうと思ったところで僕は気づいた。


「そうか、家着のままだったから」


 僕の格好はラフもラフで、Tシャツにハーフパンツ、そして裸足だった。状況的に仕方がなかったとはいえ、ダクタにこんな格好で異世界はダメだと思っていたのが、完全にブーメランで突き刺さってしまった。


「ん? おぉ、そういうことか」


 ダクタも僕の足元を見て理解したようで、


「ほいっと」


 おもむろにぱちんと指を鳴らした。


「……――おっ!?」


 そして起こる変化。僕の足元が、突如として青白く光り出した。タイルのように敷き詰められた石の隙間から、にょきにょきと這い出てくるもの。根だ。根っこが、僕の足に絡みついてくる。


「おぅ、おぉ!?」 


 あっと言う間に、僕の足首から下はすっぽり根に覆われてしまった。それから5秒ほどすると根の勢いは収まり、逃げるように石の隙間へ戻っていく。


「……これは、靴?」


 変化が終わると、僕は裸足ではなくなっていた。靴を履いていたのだ。それもただ根の集合体ではなく、ちゃんと靴になっている。


 根で出来たブーツ、という表現が適切かもしれない。

 素材は100パーセント根っこだと思うが、縁や踵、つま先などには細かい装飾のようなものがあり、普通におしゃれな市販品に見える。


「大きさはどうじゃ? きついか? ゆるいか?」

「いや、ぴったり。ありがとう」

「えへへ」


 ダクタは照れているが、これは本当にすごい。サイズはちょうど良いし、履き心地も良い。伸縮性もあるので、脱ぎ履きもしやすそうだ。


「魔法、か」


 改めて僕は、ここが異世界で、ダクタが魔法使いであるんだと再認識した。


「……別の魔法も、見せてもらうこと、可能?」

「ん? ん! そ、そうか! 見たいのか!? ふ、へへ、わかったわかった! よーし、ではいろいろ見せてやるからの! 刮目するのじゃ!」


 ダクタは興奮気味に僕から離れ、右手を胸の高さに掲げた。すると手の平からぽんっと火の玉が生み出された。バスケットボールほどの火球が轟々と燃え盛り、火花を散らしている。


「おぉ!」


 僕は思わず拍手した。


「へ、へへ」


 気をよくしたのか、今度は左手を掲げるダクタ。手の平から渦巻くように水が噴き出し、集束していく。完成したのは水の玉。右手に火球、左手に水球というのは、なんとも格好いい組み合わせた。魔法使いっぽい。


「おぉ!」


 素直な賞賛を拍手に乗せると、ダクタは嬉しそうに頬を赤らめていた。


「こっちはな、〝魔法の火〟じゃ。そんでこっちがな〝魔法の水〟じゃ!」

「おぉ……ぉお?」

「あ、さっきの靴作ったやつはな、〝魔法の木〟じゃ!」

「お、おう……!」


 なんだろうこの、しこりのように胸に残るガッカリ感は。


「ま、魔法の名前って、こう、魔法使いで共通なの?」

「いや? 魔法はいろいろあるからの。魔法使いが好きに名付けておる。余の魔法もみんな余が名付けたんじゃ!」


 どうじゃ!? とばかりに期待に彩られた表情を向けてくるダクタ。


「か、格好いいと思うよ……!」


 ならば、僕はそう答えるしかない。


「そ、そうか! ばーばはダサいって言っておったんじゃがな、おぬしがそう言ってくれるならよかった!」


 おばあさん……どうしてそこで改名させなかったのか……。

 僕は今からでもなにかスタイリッシュな魔法名に変えないか、とダクタに提案しようか迷っていたのだが、


「ほっ!」


 ダクタが火球と水球を上空へ投げた、というか発射した。ふたつの球は50メートルほどのところで衝突し、大きな音を立てて爆発した。その迫力はかなりのもので、僕は魔法名のことなどすっとんだ。


「すっげ……」

「ほ、本当か? すごいか!? すごいのか!? ならこれはどうじゃ!?」


 ダクタの両手に青白い光が集まる。そして先と同じように空へ放った。青白い光はまっすぐ空に伸び、遙か上空にあった雲を割いた。火や水、雷とも違う。


「び、ビームだ……」


 ビームだった。


「〝魔法の光〟じゃ! わはははは!」


 一条の光だった先とは違い、今度は光の球だ。青白い輝く光球を連続で発射するダクタ。まさにマシンガン。まじかっこいい。


「じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!」


 ひたすら光球を撃ち出すダクタ。まるで光るグミを撃ち出しているようだ。


「じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!」


 既に空にある雲は、まるで虫食いのように穴だらけになっていた。それでもダクタは止まらない。


「おーー」


 そんな光景を眺めていたが、ふと僕は思い出した。


「あっ、ダクタ!」

「じゃじゃじゃじゃ――ん? じゃじゃじゃ――なんじゃ?」


 顔だけをこっちに向けるダクタ。連射は継続中。間違っても身体を向けないでくれよ。僕が消し飛ぶ。


「状況確認! まだ終わってなかった! だからちょっとタイム!」

「おん? ――……ふぅ、なにを確認するんじゃ?」


 ようやくダクタは止まってくれた。魔法はすごかったし圧巻だったが、今はそれよりも大事なことがある。……まぁ僕も忘れていたんだけど。


「元の世界に帰れるか、やっぱりそこは確認しとかないと」


 異世界という未知の場所に心が躍らないわけではない。興味は津々だ。超興味津々だ。しかし、それが一方通行ともなれば話は別だ。


「そうじゃった! では余ん、行くかの!」


 ということで、僕とダクタは丘の上に見える木の家に向かう。


「…………」


 並んで歩いていると、今更だがやっぱりダクタはけっこう身長が高い。

 今はブーツを履いているが、たぶん脱いでも167~168センチくらいはありそうだ。僕は176センチでそこそこ高い方なのだが、それでも10センチ差はないと思う。ダクタは前に混血故に背丈が低いと言っていたが、混血でこれなら純血ダークエルフは本当にどれだけ高身長なんだろうか。


 そんなことを考えていると、あっと言う間にダクタ邸に到着した。

 近づいてみるとその大きさがよくわかる。高さは20メートルはありそうだし、なにより太い。中の構造はわからないが、これだけ太ければ住居としても十分な広さは確保できそうだ。

 幹の根元には扉があり、ここが玄関なんだろう。


「……あっ」


 取っ手を掴んだダクタが固まった。


「ちょ、ちょっとそこで待っておれ! 絶対入るんじゃないぞ!」


 そして僕に内部を見せないように、ささっと家の中へ入ってしまった。直後から鳴り響く、どたどたとダクタが走る音。そして、『こんなに散らかっておる!』『掃除しとくんじゃった!』『えっと、客人用の菓子は……しまった、そんなもんはないぞ!』などと、焦燥を含んだ声も聞こえてくる。


「別にいいのに、散らかってたって」


 僕は気にしない。でもダクタは気にするのだろう。そして、僕がダクタにとって、そういうことを気にする相手だとわかって嬉しくなった。

 でもたしかに、僕も自分の部屋が散らかっていたら、そこをダクタには見せたくないかもしれない。

 

 もちろん、そんな情けない姿も見せ合える関係というのは憧れるが、やっぱり最初はかっこいいところだけを見て欲しいと思うのは、しょうがない。

 誰だって好きな人の前では、良い格好していたいのだ。


「……好きな、人……か」


 …………。


 僕はダクタが好きだ。

 しかし思えば、それをちゃんと言葉として言っていなかった気がする。 


「…………」


 それはよくない。なぁなぁというわけでないが、やっぱりハッキリと相手に言葉として伝えるのは、すごく大事だと思う。誰もがエスパーなわけではないのだ。


「……ダクタ!」

「――ん? なんじゃ? もうちっと待っておれ、えっと、こいつはどこに隠すか……。ええい、こうなれば魔法で消し去るか!」


 どたどた、ばたばた、ばきばき、とまるで暴れているような音が聞こえてくる。いったい、中でなにが起こっているのか。


「ダクタ、あのさ」

「ふぅ、なんじゃ? すまんが、あと少し――」

「――僕は、ダクタが好きだ」

「――ッッッッ!?」


 ガシャーンとなにかが盛大に割れる音がした。さすがに心配になった僕は玄関扉の取っ手を掴み、


「ダク――」

「だ、ダメじゃ!」


 少しだけ開けたところで、勢いよく走ってきたダクタに閉められてしまった。


「……あれ」


 鍵は掛けていないようだが、かなり力を入れているのか、取っ手がものすごく重い。だが、僕としては今すぐダクタの前に行きたかった。


「だ、ダクタ、開けてくれないかな、散らかってても、いいから……!」


 けっこう本気で開けようとするのだが、扉は開かない。まるで鉄の扉だ。


「ダメじゃ……!」


 扉の向こうにはダクタがいるのに、会えないもどかしさ。


「だから僕は散らかってても――」

「そうではない!」


 ダクタが声を上げた。


「……い、今の余、余はな……絶対に、人には見せられん顔をしておる……」


 だから待ってくれ、とダクタは言った。


「……りゅうのすけの気持ちは、よ、余もわかっておると思っていた。余も同じだと、それだけで十分じゃと思っていた……じゃけど、」


 取っ手から伝わる重さが、弱くなってくる。


「やっぱり、ちゃんと言葉にされると、嬉しいのぉ」

「……ダクタ」


 今なら扉を開けることができる。そうしたら扉越しではなく、直接伝えることができる。この気持ちを。

 僕は取っ手を強く握った。

 その時、


「――余も、りゅうのすけが好きじゃ。大好きじゃ!」


 心臓が破裂するかと思った。

 お互いの気持ちは同じだと思っていた。

 なのに、こうして実際に言葉を交わすと、まるで違う。


 不明瞭だった想いが、鮮明な現実となって、僕の心に刻み込まれる。

 その衝撃は、僕が今まで経験したことのないものだった。

 だから、


「…………」


 だから僕は、とうに重さが消え去った扉を、開けることができなかった。

 だって、僕もダクタと同じだから。

 自分でもよくわかる。

 

 今の自分が、絶対に人には見せられない表情をしているってことが。


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