第012話 ダークエルフのあせり

「ここがダクタの家かー」

「あ、あまり見るでない!」


 そう言われても気になる。

 家の内部は予想通り、かなり広かった。通常の住居と違い、部屋と部屋を仕切る壁がないのも特徴だ。


 真ん中には螺旋階段があり、2階へ行ける。窓も多いので採光という観点にも優れ、中は明るい。さらに天井には見慣れぬ白い石があった。魔力で光る電球的なものだろうか。


「なんか幻想的だ。おしゃれ」


 家具は全て木製で、どれも細かく凝った意匠だ。


「そ、そうか? ふへへ」

「こういうとこに住んだら楽しそうだ」

「え!? そ、そうか? お、おぬしさえよければ、ずっとここに――」


 ダクタの言葉を背に受けながら、僕は2階も気になったので螺旋階段に近づいた。すると、ダダダダッとダクタが猛烈なスピードで走ってきて、僕の前に立つ。


「に、2階はダメじゃ!」


 見事な通せんぼだ。


「なにがあるの?」

「な、なにもない! なにもないぞ! わはは!」


 なにもないってことはないだろう。

 見られたくないものでもあるのだろうか

 外から見た限り、2階にはバルコニー的なものもあった。そこからの景色も気になるが、ダクタが拒む以上は諦めるしかない。それに今は別にやることがある


「それで、押入れはどこに?」

「う、うむ、こっちじゃ」


 最奥の部屋――仕切り壁がないのでそう言っていいのか微妙だが、ちょうど螺旋階段の後ろ側にあたるスペースがダクタの研究室らしい。


 壁際の机には書物やメモ書きが散乱し、棚にはなにやら怪しい薬品ぽい物も並べられている。まさに魔法使い……というよりは魔女っぽい。

 そして、そんなファンタジー空間にそぐわない物体。


「ほんとに僕の部屋のだ」


 押入れが、そこにあった。

 研究スペースの真ん中に鎮座するそれ。 

 大きさも1,800ミリメートル×1,800ミリメートルで、僕の部屋と同じ。

 ただ、


「なるほど」


 横から見ると、押入れの上段がなかった。まるでハリボテだ。長方形の箱の側面にふすまがくっついているような感じ。ダクタは押入れの繋がりを強化したと言っていたが、上段は無理だったようだ。


「この世界には興味津々だし、もっといろいろ知りたいけど、やっぱりまずはこっちを確かめないと」


 帰り道の確保。それは冒険するにも大切なことだ。

 帰るまでが遠足という言葉もある。


「いつもはどうやって?」

「入って、閉めるだけじゃ」


 繋げ方は僕の方と同じようだ。

 押入れにはまずはダクタが入り、続いて僕が入った。戻った時に土足ではいけないので、靴は脱いで手に持っておく。

 あたり前だが、やはりふたりも入ると狭く感じる。


「……出会った時を思い出すな」


 思い返してもあれは不思議な出会いだった。不思議としか言いようがない出会いというか、現象だった。押入れにダークエルフがいるなんて、いったい誰が想像しただろうか。思い浮かぶとしても、座敷童子か青い猫型ロボットくらいだろう。


「……ふふ」


 あれからまだ2週間も経っていないのに、それがずいぶん前のように感じる。


「よ、余は、押入れが好きじゃ! 押入れが大切と思える人と……りゅうのすけと引き合わせてくれた。この箱には感謝しかない」


 ダクタがそっと僕に寄りかかってくる。

 もちろん僕も同じ気持ちだ。押入れには感謝しかない。


「……でも、よく真っ暗な中で話してたよ、僕たち」


 言いながら僕はふすまを閉める。


「本当に真っ暗で笑えてくる」


 苦笑しながらふすまを開けた。

 ダクタ曰く、これで僕の部屋と繋がるらしい。


「……ほんとに僕の部屋だ」


 押入れの外は、いつもと変わらぬ僕の部屋だった。


「……あっつ」


 うだるような暑さも健在だ。ダクタの世界、スノリエッダは気温こそ高めだったが、空気はからっとしていた。その落差でさらにきつい。


「たしかにこれじゃ、ダクタには暑いかもな」


 僕は振り返る――が、そこにダクタはいなかった。


「……?」


 押入れの中を覗くが、そこにもダクタはいない。


「……ダクタ?」


 ダクタがいない。どうして?

 僕の世界とダクタの世界は問題なく繋がった。現に僕は戻ってこられた。

 なら、ダクタも一緒でいいはず。しかしダクタは来ていない。


「…………」


 僕は押入れをちゃんと閉め、静かに待った。


「…………」


 変化なし。


「…………」


 次第に強くなっていく焦燥。と、その時、僕は手に持っていた物に意識が向いた。ブーツだ。ダクタが作ってくれた、根っこのブーツ。

 僕の視線がブーツ、そして玄関へと移動する。


「…………」


 玄関が、開いていた。


「…………」


 近づいてみると、玄関ドアに僕の靴が挟まり、つっかえになっていた。おそらく異世界に飛ばされる時、無意識に靴を蹴飛ばしてしまったんだろう。


「…………」


 僕は挟まっていた靴を取り、祈るような気持ちでそっと扉をしめた。

 1秒、5秒、10秒経つか経たないかくらいで、バンッと勢いよく押入れのふすまが開いた。そしてそこからダクタが飛び出してくる。ダクタは素早く周囲を確認、そして僕を見つけると、一気に駆けてきた。


「ダク――っと」


 相変わらずのタックル式の抱擁で、受け止めるのはかなり難易度が高い。しかも今回は衝撃で、すぐ後ろにあったドアノブが腰にめり込んだ。涙が出るほど痛い。


「……急に、おぬしがおらんくなった」

「僕だけこっちに来ちゃったみたいだ」

「……何度やっても、繋げられんかった」

「玄関、開いてたみたいなんだ」

「……置いてかないでくれ」


 その言葉に込められた想い。なによりも重い。


 僕はそっとダクタの頭を撫でた。ダクタがぎゅっと僕を抱きしめてくる。


「…………」


 僕の温もりを確かめるダクタとは裏腹に、僕の頭は急速に冷えていっていた。腰に響く鈍痛のせいもあるかもしれない。

 冷えた頭に浮かぶ、考え。


 この一連の騒動、その全貌がまだあやふやだが、見えてきた気がする。


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