楽園へのトンネル 第10話

トニーが静かに音を立てない様に蜘蛛の巣の隙間を通過する・・・

幸い人が一人通るには問題の無いサイズに空間が開いているので無理な姿勢をする必要はない。

上からは・・・


「くわせろ~・・・くわせろ~・・・」


と変わらず声が響くが、気にするよりも無視して早く抜けた方が賢明である。

人と言うのは同じことを繰り返す事に拒否反応を示すように出来ている。

例えば筋トレ、同じ動作を延々と繰り返すと同じ拾う状態よりも苦痛を大きく感じる様になっていく・・・

例えば視聴、同じ映像や音楽を延々と聞き続けると精神状態が汚染されていく・・・

例えば仕事、ルーチンワークと言われるように同じことの繰り返しの日々に心が壊れていく・・・

どんな事であろうと繰り返すという行為によって得られるのは苦痛が一番多いのである。


「はぁ・・・はぁ・・・」


そんな苦悶の様な声が続く下を静かに通り抜けたトニー、僅か1分程の時間が30分近くに感じたのは言うまでも無いだろう。

それでも彼は無事に通り抜けたのだ、それを見たミランダとマイケルはホッと表情を緩め続こうと歩を進める。

レディファーストとしてマイケルはミランダを先に進ませようとしたのだが・・・


「良いですよ、マイケルさん先に行って下さい」

「わ・・・分かりました・・・」


ミランダが順番を自ら譲ったのでマイケルは頷き前に出る・・・

理由は簡単、マイケルが足を怪我しているからである。

助けるのが目的ではない、ミランダは蜘蛛の獲物を取る姿を知っているから先を譲ったのだ。

獲物が巣に引っ掛かると獲物を逃がさない為に蜘蛛は新たに出した糸と巣を獲物に巻き付ける、もしもマイケルが捕獲されたとしたら巣が更に破壊されて通りやすくなると考えたのだ。

何事も無ければ自分も続けばいいという考えなのだが、マイケルには優しさに見えた・・・

人の心遣いは表裏一体とは良く言ったモノである。


「はぁ・・・はぁ・・・」


右足からは変わらず出血が続いており、血痕が地面に残りながらマイケルは先を進む・・・

そして、蜘蛛の巣の前に到達し息を飲みトニーと同じようにゆっくりと静かに歩を進める・・・

大丈夫、大丈夫・・・自分にそう言い聞かせながら高鳴る鼓動を沈める為に手を心臓の上に置き、前だけ見て進む・・・

そして、背中がゾクリとする声が聞こえた・・・


「くわせ・・・見つけた・・・」


瞳孔が開き、呼吸が詰まる・・・

何故だ?巣には一切触れていない筈なのに・・・

マイケルは絶句しながら体が硬直する、直ぐ真横に在る巣に触れてしまいそうになるが、視界にトニーの姿が入って目を覚ます。

両手を前に出して落ち着けと言っているように見えるその姿にマイケルは思い足を前に出した。

呼吸は止まったまま、息が出来ず苦しいが足はまだ動く・・・

そして再度・・・


「くわせろ~・・・くわせろ~・・・くわせろ~・・・」


同じ苦悩の声が聞こえてきた。

だがマイケルの耳には届いていない、蜘蛛の言葉が変化した事でパニックに陥った状態のまま歩けるだけしか精神状態は回復していなかったのだ。

だが、それが幸いしたのかマイケルは無事に蜘蛛の巣を抜けた。


そのままトニーの待つ場所までゆっくりと歩を進め、彼の手がトニーの肩を支えた瞬間世界に色が戻った。


「げはっ・・・ぜっぜはっ・・・はっ・・・はっ・・・」


視界が灰色に見える程息を止めていたマイケルは咳き込みそうになるが、蜘蛛に気付かれる心配を恐れ小さく小刻みに呼吸を繰り返す。

それでも新鮮な酸素が脳に届いたのであろう、目はいつのまにか充血していたが心が安定し出した。

そのマイケルの到歩を見て、ミランダも続く・・・

慎重に歩を進め、二人と同じように進めば問題は無い・・・

蜘蛛の声が変化する事も分かったミランダは恐れる事無く歩いて巣を潜りだした。

その時であった・・・


「えっ?!」


突然の突風、正面のトンネルの外から強風が吹きこんだのだ。

真正面から予期せぬ風を受けたミランダは砂埃が目に入り、手で目を覆いながら咄嗟に顔を背けた。

しかし、それが失策であった。


「くわ・・・!!!」


続いた声が止むと共にブワッと言う音が聞こえミランダは床に押し付けられる。

何が起こったのか分からない、人間の視界が捕らえられる範囲には限界があるのだ。

地面しか見えないミランダの体が宙に浮いた・・・


「えっ?!えっ?!えっ?!」


視界にマイケルとトニーの姿が映る・・・

絶望に染まったその表情を見た時ミランダは自身に起こった事を理解した・・・


「い・・・いや・・・いやぁああああああああああああああああああ!!!!」


叫ぶミランダの体は高速で回転し出す。

体に周囲の巣が巻き付けられどんどん体を圧迫していく・・・

そして、視界が真っ白に染まり身動き一つ取れなくなったミランダは理解した。

あの突風で顔を背けた際、髪の毛が巣に触れたのだ。

体にまとわりつく粘着性の糸に包まれ、僅かな隙間から入る空気を必死に吸うが、次の瞬間!


「いちっ?!」


腰の部分に走る痛み、一体自分に何が起こっているのか全く分からないまま痛みを感じた部分に熱を感じる・・・

何かが体内に入ってくるような感覚が吐き気を催すが、次の瞬間ミランダは恐怖に包まれる事となる・・・


(息が・・・出来ない?!)


声も出せなくなり体が恐怖で震えるが身動き一つ取れない・・・

そして下痢をしているような感覚に包まれそれはやって来た・・・


(えっ?)


痛みは無かった。

だがその感触はあり得ないモノ・・・

腹に背中が触れる感触が現れたのだ。

そして続く胸と背中が触れる感触・・・

どんどん自分の体が小さくなっていく感触に襲われ、音も聞こえず、目の前の白い糸しか見えないまま・・・

糸から顔が離れた・・・

いや・・・

これは・・・


ミランダの意識はそこで消える・・・





巣に囚われた獲物は蜘蛛の牙から唾液を注入され、麻痺した後体内をドロドロのスープ状に溶かされ、吸胃と呼ばれるポンプ状の胃に吸い上げられて捕食される・・・

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