楽園へのトンネル 第5話

「どうだ?痛むか?」

「いえ、歩かなければ大丈夫そうです・・・」


足を怪我したキャシーの簡単な手当てをするジャック、その様子を見下ろすような視線で見ているもう一人キャシー。

同じ人間が同じ場所に存在するという異様な光景、だが誰一人彼女について追及しようとする者は居ない。

自分と同じ人間が出現する現象、霧が世界を覆うようになって何度か起こったとされる事実を誰もが知っているからである。

ダブルや複体と呼ばれるこの現象は、主に死を間近に控えた者の魂が肉体を抜け出そうとして出現するという説が唱えられたのも記憶に新しいからである。


「ほら、アンタの分だよ」

「ありがとうございます」


ホリーが差し出した食事を受け取るキャシー、怪我のせいか顔色が少し悪く男性であるジャックに太ももを治療の為に触られている事にもあまり反応が薄かったからか、自然とこちらがダブルだと想像されていた。

そんな同じ人間が居る現象についてマイケルは小さく呟く・・・


「ドッペルゲンガー・・・」


世界が霧で覆われるよりも前の時代に語られていたその名称、話を聞いた事の有るマイケルは高鳴る鼓動を押さえようと必死であった。

他の人間が知らないこのドッペルゲンガーには幾つかの説が唱えられており、その中の一つが問題であった。

ドッペルゲンガーの定説・・・


・ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。

・本人に関係のある場所に出現する。

・ドアの開け閉めが出来る

・忽然と消える

・ドッペルゲンガーを本人が見ると死ぬ

・ドッペルゲンガーを2回見ると見た人も死ぬ


これらが上げられているからである。

そう、一番問題となるのが最初と最後である・・・

今朝から2人のキャシーが会話を行っているのはどちらもジャックのみなのである。

それ以外の人間が語り掛けた言葉に反応を示した様子は在ったが、返答を返し会話を行ったキャシーは居ないのだ。

このドッペルゲンガーのルールが適用されるとするならば、それと会話が出来ているジャックは果たして人間なのか?

そして、本物と思われるどちらかのキャシーも死ぬ・・・

更に一番の問題なのが、偽物であるキャシーを今見ている自分達がもう一度偽物のキャシーを見ると・・・死ぬ。

他者の死については今更気にする者はこの世界には居ないだろう、霧が蔓延して自分が生き残る事を最優先に考える時代なのだ。

だからこそマイケルは見極める必要が在った。

足を怪我しているキャシーは歩いてこの先へ進む出来ないであろう、であれば片方のキャシーは先へ進み、もう片方の怪我をしたキャシーは残る・・・

どちらに付いて行けば生き残る事が出来るのか・・・


「困ったな・・・この足じゃ先へ進むのはきつそうだな・・・」

「はい・・・」


受け取った食事を食べながら少しボーとした感じのキャシー、彼女と会話をするジャックもまた悩んでいた。

マイケル以外の者は先へ進む事を決めており、残っている缶詰の中からどれを持って行くか決めている。

それに混ざって怪我をしていないキャシーが居たのだ。

ちらりともう片方のキャシーにも視線をやったジャックであるが彼も覚悟を決めた。


「俺は・・・ここに残ろうと思う・・・」

「ジャック・・・」

「数日もすればこっちのキャシーの怪我も歩けるくらいには回復すると思う、ここなら食料も寝床もある・・・君を一人残して先へは進まないよ」


ジャックの決意は怪我を負っているキャシーだけに語られたのではなく、周囲の人間にも聞こえる様に告げられた。

その言葉に一番反応を示したのは勿論マイケルであった。

今、確実に怪我をしたキャシーとジャックは会話を行った。

それはつまりマイケルの仮説が正しければ、ジャックは人間ではないという事・・・

そして、缶詰を選ぶキャシーが先程ミランダが確かに会話を行っていたと言う事実・・・

導き出される答えを確信しマイケルは覚悟を決めた。


「やはり、自分も進もうと思います・・・」


そう残る事を決めていたマイケルは高らかに宣言する・・・

マイケルは怪我をしたキャシーがドッペルゲンガーで、ジャックと共にここに残るのはもう一度偽物のキャシーを見る事になり、死ぬ事となるのを確信した。

これにより、怪我をしたキャシー、ジャックが残り・・・


マイケル、ミランダ、ホリー、トニー、キャシーの5人が先へ進む事となった・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る