天井が迫ってくる塔 第10話

「あ・・・が・・・」


意識がゆっくりと戻ってきた。

途端に全身に激痛が走る。


「意識が戻ったのかい?!」


横で声がして虚ろな瞳を向ける・・・

そこには心配そうに私の顔を覗き込む男子生徒の顔が在った。

彼は確か・・・


「わた・・・なべ・・・く・・・ん?」

「あまり喋らないで、一応応急処置はしたけど素人の処置だから・・・」


それは最初に金剛と揉めた渡辺一であった。

なんでここに居るのか分からないが、自分と金剛以外に生存者が居たという事に少し安堵した。

そのせいか、息をするだけであちこちが痛みだす・・・

目を開いているのが辛く、そっと手を握ってくれた渡辺の話に耳を傾ける・・・


「そのまま聞いててくれるかな、おそらくここは『無限塔』って呼ばれる塔だと思うんだ。」

「・・・」

「昔、この地域に在った建築物を建てる際に人柱を使用したって昔話があって、歴史を調べた時にこの話を読んだ事があったんだ」

「・・・しってた・・・って・・・こ・・・と?」

「ごめん・・・最初は気付かなかったんだ。もし気付いていたらもっと沢山救えたかもしれないのに・・・」

「なん・・・なの・・・ここ・・・」

「夢の中さ、ここで死んだ人は本当に死んでしまうらしいんだけどね・・・」

「ゆ・・・め・・・」

「他の人で消えた人は居なかった?夢から覚めた人は消えて元の世界に戻れるらしいんだけど・・・」


渡辺の話を聞いて消えて行った人の事を思い出す。

そう、祖先だから子孫だからというのは全く見当違いだったのだ。


「わたし・・・死ぬの・・・かな・・・」

「頑張って!目が覚めたらきっと何事も無かったかのように戻れるよ」

「ぅぅ・・・いたぃ・・・」


全身に走る激痛は止むことは無く、身動き一つ取れない・・・

一体今自分がどんな状況なのか確認する事も出来ないまま静かに呼吸を続ける・・・


「わたな・・・べく・・・なん・・・で・・・いき・・・て・・・」

「途中にいくつかテーブルが在っただろ?ほら、あれ見える?」


そう言われ薄く開いた目に映ったのはあの長テーブルであった。


「あのテーブルだけは天井に到達しても壊れることは無くて、あの下に入る事が逃げ出す事が出来る唯一の方法なんだ」

「・・・」


それはどうがんばっても2人くらいしか入れない大きさ、しかも一番下の長テーブルでさえ数メートル上にあるのだ。

どういう理屈か空中に浮かぶ長テーブルサイズの地面と長テーブルを見ながら私は涙が出た・・・

あんな命がけのなぞなぞに挑戦する必要なんて全く無かったのだ。


「それにしても本当に運が良かったね、まさかこいつがクッションになってくれるなんて」

「・・・こい・・・つ?」


そう告げる渡辺の言葉に違和感を覚え私は痛む首をゆっくりと横に向けていく・・・

そこには私の下敷きになった誰かの髪がチラリと見えた。

モコッと膨らんだ見覚えのある黒髪、それは少し崩れたリーゼントである・・・

それを見て私はゆっくりと思い出す・・・


落下の最中、共に落ちてきた金剛がなんとか自分を抱きしめ、そのまま下へ落下した事を・・・


「こん・・・ご・・・うさ・・・ん・・・」

「それ以上動かないで、血が噴き出すと大変だから」

「・・・えっ・・・?」


そう言う渡辺は困ったような顔で私を見詰めていた。

指一本動かそうとするだけで激痛が走る状況だが、一人でなかった事に安堵するよりも自分の代わりに犠牲になった金剛の事が頭を離れなかった。

何故自分なんかを助けたのか、もしも祖先と子孫説が本当なら彼が死んだら私も消えていた筈なのに・・・


「きっと深い考えなんてなかったんだろうね、彼はきっとただ君を守ると決めていたのか自分よりも君の事を守り抜いたんだよ」

「こん・・・ご・・・さん・・・」


涙が再びあふれ出し耳に流れる。

そして、私は目をもう一度開いてそれを見た、いや気付いてしまった。

塔の天井から次々とあの白い顔の在る煙が入ってきているのだ。


「あ・・・ぁ・・・」


渡辺に逃げる様に伝えようとするが声が出ない・・・

顔の有る白い煙は弧を描きながらゆっくりと下へ下へ降りてきて・・・私と目が合った。


「ぁ・・・ぁ・・・」


その顔はリーゼントの無い、金剛であった。

それはつまり、自分の下に居る彼が間違いなく死んでいるという事・・・

まるでそれを知らせる為だけに降りてきたと思う白い煙は私のすぐ上まで降りてきて鼻先を通過する。

その時、急速に痛みが引いて気持ちが落ち着いた。

あぁ・・・そうか・・・迎えに・・・来てくれたんだ・・・


「・・・・・をし・・・も・・・・」


渡辺が何かを言っている・・・

だけど私の耳に、もう彼の声はまともに届かない・・・


「こん・・・ごう・・・さん・・・」


私の腕が金剛の顔をした煙に伸びた。

いや、腕ではない、それは肉体から分離した白い何かであった。

それを認識するのと共に私の意識はゆっくりと浮かび上がって行く・・・

だけど私に恐怖は無かった・・・

迎えに来てくれた彼と共に居られるのだから・・・












彼女の目から色が失われ呼吸が止まったのを確認し渡辺は大きくため息を一つ吐いた。

強く握り締められた拳に更に力が入るがフッとその力が緩み肩を落とす。


「駄目だったか…」


そう小さく呟き、渡辺はゆっくりと歩き出す。

生存者が居なくなった事で塔が崩壊を始め、天井が崩れていく・・・

その中、折れている足を無理やり動かして歩く渡辺は上を見上げてため息をもう一つ吐く・・・


「今度こそは生き残って欲しかったんだがな・・・」


チラリと横目で金剛を見た渡辺は悲しそうな瞳を一瞬見せ、再び崩落してくる天井を見上げる。

それと同時に髪が、服が、変化を始め別の青年に変身した。

その青年は空を見上げたまま両手を広げて告げた。


「如何だったでしょうか?我が神よ」

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