人から人へ感染するアウトブレイク 第14話

汚れたフロントガラスが綺麗になっていく・・・

雨が汚れを流しているのだ。

まるでそんな光景を車の中で見ている様であった・・・


「う・・・あ・・・」


真っ赤な視界が色落ちしていく・・・

目が、耳が、鼻が、肌が感覚を取り戻していく・・・

自分が下を向いて四つん這いの姿勢で居る事に気付く・・・


「あ・・・」

「ガンジーさん!ガンジーさん!!」

「あな・・・たは・・・」


そこには女性が居た。

自分がその人を押し倒しているのに気が付き慌てて後ろに倒れ込んだ。


「うぉわっ?!」

「落ち着いて、私ですマリエラです」

「お、俺は一体・・・」


目の前の女性はマリエラ、近所に住むハイネスの奥さんだ。

だが、目の前の彼女は少し若返っている様にも見受けられ、40代とは見えない顔立ちをしていた。

しかも彼女は・・・


「大丈夫ですか?」


差し伸べられた手をソッと握り返し俺を引っ張り上げた。

腰が悪く、立ち上がるのも辛いと聞いていたマリエラさんの手に驚きが隠せない。


「俺は・・・一体・・・」


雨が降る中、俺は周囲を見回す。

地面に当たる雨音が耳に響き、予想以上に軽く感じた体に違和感を覚えながら地面に着いた尻を払う。

頭から流れる雨水が濡らしたのか、肌着はビショビショであるがそれどころでは無かった・・・


「そうだ!ヒロエ!」


俺は自分が村長の家の前に居る事に気が付き中へ駈け出そうとしたが、腕を強く引っ張られ足を止めた。

それは俺の手を握っていたマリエラであった。


「中へは戻らない方が良いです・・・」


そう言うマリエラの表情は暗く、俺の手を握る手に力がこもっていた。

意味が分からず困惑する俺の手を引いて、開けらえた村長の家の門の方を指差すマリエラ。

そこには数名の村人が居た。

誰もが汚れた服を着て、全身を雨に打たれながら暗い表情でそこに佇んでいた。


「今は何も聞かず一緒に来て下さい」

「だ、だが・・・」


そう言う俺に悲しい表情を向けるマリエラはそれ以上何も言わず俺の手を引いて進みだす。

俺もそれに従い、外壁の門の方へ歩き出した時であった。


「ヂュー!」


その鳴き声に恐怖が蘇った。

あの目を赤くしたネズミ達の泣き声だ。

低く絞り出すようなその鳴き声を聞いて俺は血の気が引いた。

後ろにアイツらが迫ってきている!


「走れ!」


そういう俺の言葉にマリエラは焦る事無く首を横に振って答えた。


「大丈夫、ここまで来ませんよ」

「な・・・何を言って・・・」


俺の言葉にそれ以上何も言わずマリエラは家の方を指差した。

家の中から飛び出したネズミ達、だが村長の家から出て濡れた地面の上を走りだしたかと思うと急に方向転換して散り散りに逃げて行った。

何匹も何匹も同じ行動をし続けるその光景に呆然とする俺にマリエラは告げる。


「水に濡れると・・・戻るみたいです・・・」


そう、目を赤くしたネズミは家から出ると共に濡れて赤い目を黒く戻したのだ。

不可解な現象、だが確かにネズミに噛まれて視界が赤く染まった筈なのに今の自分は元通りに・・・

そこで気付いた・・・


『ただいま~うへ~濡れちゃったよ』

『なんか急に紫色の霧が立ち込めちゃって、驚いて転んじゃってさ。もう一回水を汲みに行ったから遅くなったよ』


外に出て紫色の霧の中を通ったのに変化が無かった息子エルミン・・・

ヒロエと外に出た時に見た犬に食われている水飲み場の豚・・・

どちらも水に濡れたから変化する事は無かったのだ。


「そ、そんな・・・」


ガンジーは振り返り村長の家の中へフラフラと歩いていく・・・

既にネズミは出尽くしたのか、空きっぱなしの入り口からは何も出てこなくなっていた。


「ガンジーさん!まだ中に誰か居るかもしれませんよ?!」

「いえ、もう誰も・・・いません・・・」

「えっ?」


力なく答えるガンジーのその言葉に首を傾げるマリエラ。

怪我をしても直ぐに治り、他者へ噛み付いて同じ症状にしてしまうあの状態のネズミが大量に居たのだ、ならば村長の家の中には他にも人が居る筈・・・

そう考えたのだろう、だが中へ入って行ったガンジーを追う事無くその場で濡れながら待っていたら・・・

パリーンと窓が中から叩き割られた。

そして、直ぐに聞こえてくる呻き声の様な絞り出す鳴き声・・・


「うぇぁ・・・うぅ・・・う”っ・・・うっ・・・う”ぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」


まるで目を赤くした人間の様な叫び声、マリエラは知らない、目を赤くした者は首を切断するか頭部を破壊すると殺せることを・・・

村長の家の中、ガンジーは動く事の無い愛しの娘を抱きしめ泣き叫ぶ。

あの時、窓が割れていたら・・・

あの時二人とも噛まれていたら・・・

あの時家で・・・

そこまで考え再び声が枯れそうな程泣き叫ぶガンジー。

最早それは絶叫と呼ぶに相応しい程であった・・・

愛する妻も、愛する息子も、愛する娘も全て失った・・・

窓を割りそこから入ってくる雨水をどれ程かけても娘は帰ってこない、その事実がガンジーの精神を破壊していく・・・










どれ程の時間が経過しただろうか、村長の家の中を何人もの人が出入りし次々と死体が運び出されていた。

その間も俯いたまま呻くガンジーとその腕の中のヒロエはそのままそっとされていた。

そんな事を気にも止めず鳴き続けたガンジーは遂に涙も枯れ果て虚ろな瞳のまま立ち上がる・・・

そのままフラフラとした足取りでゆっくりと村長の家を出る頃には日が傾き始めていた。

明け方から降り続いた雨は今はもう小雨に変わり、地面はあちこちに水たまりが在る程に濡れていた。


「言わ・・・ない・・・と・・・」


掠れて聞き取れない程小さい声が歩くガンジーの口から零れる・・・

村の中心で何かが燃やされている場所へフラフラとガンジーは歩を進める・・・

その腕の中には・・・


「ガンジーさん!大丈夫ですか?」


そこに居た誰もが頭部が破壊された娘を抱くガンジーに絶句する中、マリエラだけが声を掛けてきた。

彼女に伝えなければならない、それだけがガンジーの最後にやる事だから丁度良かった。


「ずびば・・・えん・・・ずびば・・・ぜん・・・」


小さく枯れた喉から絞り出すように繰り返す懺悔の言葉、それはマリエラの旦那さんを殺した謝罪である。

だがマリエラは悲しそうな顔をするが首を横に振る、彼女自身も旦那に襲われて噛まれ目を赤くして他の人を襲っていたのだから。

それを確認したガンジーは最後に腕の中の娘を一撫でしてそのまま何かを燃やしている場所へ歩いていく・・・

そこは死体の山であった。

赤い目の状態で頭部を破壊されるか首を刎ねられて死んだ者、そして体が濡れた状態のせいで生きたまま喰われて死んだ者。

それらの死体が無造作に積み上げられ燃やされていたのだ。


「ず・・・ど・・・い・・・しょ・・・だ・・・」


そう言って娘の亡骸を抱いたままのガンジーは近づいていく・・・

村人は腕の中の娘さんを埋葬するのだろうと見守っていたのだが・・・


「だめっ!」


マリエラが叫んだ時であった。

ガンジーは燃え盛るその中へ娘を抱いたまま頭から突っ込んだ。

全てを包み込む炎の熱が肌を焼き、揺らぐ視界の先に居る手を伸ばしたマリエラに最後の謝罪をもう一度伝えてガンジーは目を閉じた。

まるで家族が迎えに来ている様な風景を思い浮かべながらガンジーは安らかな表情のまま消えていく・・・

昨日の朝まではそこに在った幸せな日常を夢の中で永遠に暮らせると信じたまま・・・










燃える死体の山、それを見ていた青年は振り返り一人歩を進めていく・・・

他の人と同じように雨に打たれた事で元に戻ったその青年、誰にも声を掛けられることなく村の外を目指して歩いていく・・・

その顔は何処かで見た事が在る村の住人と言う認識を持たれているのは確か、だが何処の誰かは誰も分からない。

そのまま村の外の様子を見に行くのかと見張りの横を素通りして出て行く青年、そのまま天を見上げ声を出した。


「如何だったでしょうか?我が神よ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る