第19話「アラサー独身女教師のせいか」

「ローション? そ、そんなぁ……翔琉君もセクハラ言うようになってぇ」


 頬を真っ赤に染め上げながら「あらやだぁ」と近所のマダムみたいな声を上げながら買い物リストが書かれている紙をさっと取り上げる。

 

 しかしまぁ、現実逃避しているのは先輩の方で、紙を見た瞬間。だらりと汗を垂らすのが目に見えた。


「書いて、あるね……」

「これは鈴夏さんの趣味なのか、御影先輩のものなのか」

「……し、信じがたいんだけど。もしかして、二人には彼氏がいて、そのプレイで!!」


 さすがに妄想力が高すぎじゃないかと思ってしまうが、案外ありそうだなと思ってしまうのが生徒会メンバーの悪いところ。


 鈴夏さんにはあんなお姉さん系なのに確かに彼氏がいるし、御影さんに至っては無口な分、性に激しそうだし。


 まぁ、絶対にそんなことはないけどな。俺の妄想力もたまげたもんだ。


「先輩、そんなことないですよ」

「え、そ、そうなの⁉」

「流石に考えすぎです。みんなのプライベートもありますし」

「……そ、それはそうね」

「それに、彼氏ができたからってそんな怖そうな顔しないでくださいよ」

「んにゃ⁉︎ なにを‼︎」


 懐を指す言葉に虚を疲れたように先輩の背中がびくっと震えた。


「翔琉……く、ん……っ」

「……なんでもないです」

「よろしいっ。次行ったら殺すからね?」


 真っ赤な顔にプルプルに震えた拳と瞳、今度こそは何にも口を聞いてくれそうになかったのでいじめるのはこの辺にしておくことにした。


「それじゃ、まず100均に行くよ」

「はい、先輩っ」




★★☆




 すすきの方面、狸小路商店街の前にある100円ショップに足を運びバインダーやテープ、ボールペンにその他もろもろ買った後、結局我慢できなくなった先輩は「大丈夫」と俺を引き連れて道路を挟んで向かい側にあるアニメショップ街に入ることになった。



「先輩は意外に乙女なんですね〜〜」

「へぅはっ⁉︎」


 女性向けアニメコーナーを素通りし、恋愛漫画コーナーへ直進して漫画を手にとりは戻しを繰り返して吟味する姿はまさしくオタクだったがいい漫画を見つけた時の恍惚で嬉しそうな表情は愛らしかった。


「な、なんだよ。急に……」

「いえいえ、先輩ラノベも好きなのに漫画も大好きなんだなぁ〜〜と。ほら、少女漫画だけじゃなくて普通の大人向け恋愛漫画も好きそうな感じで」

「あ、あぁ……まぁ、そうだけど」

「最近は先輩がお勧めしてくれた作品も読んでるんですよ?」

「え、ほんとに? 何読んでるの?」

「んと、確か……『君じゃなきゃダメみたいなんだ』ってやつ?」

「あぁ! アニメのOPが神曲だったやつね! 主人公の丸メガネのバンドマンの男の子とそのファンの女の子との恋愛……最高なやつ!」

「そうです、それそれ。キュンキュンしますよね〜〜」

「そうなの! 最高なのよ!」


 先輩はわかりやすく嬉しそうな表情になり、次々に漫画を手に取っていく。普段の真面目でキリッとしている生徒会長がこんなにも楽しそうに漫画を読んでいるだなんて皆んなは思いもしないだろう。


 結局、その後も何軒か回って10冊以上の漫画を買い込んだ。




「えと、それじゃあ後はろ、ローションかな」

「てことはすすきののほう?」

「あ、や、確かローションってドンキホーテに売ってた気がする……」

「なんで知ってるんですか、もしかして」


 そう言うと焦った顔でぶるぶると横に顔を振った。


「ち、違う! この前、友達に教えてもらっただけ」

「へぇ、さすが先輩。物知りですね」

「こんな物知り嬉しくないし、本当に友達に教えられただけなんだからね、わかる?」

「わかってますよ。先輩が少しだけ興味あるのくらい」

「な、ないよ!!」

「んぐっ」


 少々いじりすぎたのか先輩の羞恥アタックが俺のみぞおちに炸裂した。




 そんなこんなで高校生も入れる通常のスキンケアエリアでそれっぽいものを買い込み、買い出しは終えた俺たちは学校へ行く電車に乗り込んだ。


 時刻は18時30分をすぎ、外で運動をする部活動の生徒たちも続々と帰っていく中、校舎の一際明るい生徒会室に戻った。


「ただいま帰りました〜」


 両手にいっぱいの買い物袋をぶら下げて中に入るとすぐさま美鈴が駆け寄ってくる。


「おかえり! こいつにおかしなことされなかった? 大丈夫??」

「されてないし大丈夫だって……」

「こいつじゃない。私のことは会長って呼びなさいって言ってるでしょ?」

「わ、分かったわよ。会長様」

「様はいらない」

「うっさいわね!!」


 俺たちが行っている間に鈴夏さんに何を言われたのかは分からないが随分と丸くなった美鈴を見て少し驚いた。


 袋を真ん中の大きなテーブルに広げて、領収書を椎名先輩に渡す。


「よろしくお願いします、椎名先輩」

「ん、ありがと」


 無愛想な返事が返ってきていつも通りの感じに安心した。


 自分の席に座ろうかなと思って振り向くと、先輩が中のものを取り出しているのが見えてハッと思い出す。


 パソコンと睨めっこしている椎名先輩を見てもう一度尋ねた。


「あ、そうだ。疑問なのが一つあったんですけど聞いてもいいですか?」

「何?」

「買い物リストにあったローションってなんですか?」


 ちょうど言った瞬間。


「あ、椎名さん! あのリスト違くて!!」


 と汗ダラダラで入ってきた我らが顧問の御波先生。


「え?」

「あ」


 生徒会室が一気に静まり返り、ローションの犯人が見つかったのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る