第20話「閑話:30歳に光が」

 唐突に現れた犯人に生徒会総出で説教を喰らわせることになった後、生徒に怒られる先生というものはなんとも醜く可哀想だった。


「はぁ、自家発電とは……先生のを知るのは流石にきついな」

「えぇ、美鈴ちゃんの耳を塞いでおいてよかったわね」

「これは永遠に生徒会の秘密にしておかないと一般生徒に顔向できないね……」

「……はぁ」

「え、何が起こったのよ! 何を話してたのよ!」


 こんな性格なのにそう言うことには無知な美鈴をの置いて生徒会メンバー他4人は満場一致だった。


「でもまぁ、許しましょうか」

「そうだね」

「私も心配してたし、真礼ちゃんが許すならいいかしらね」

「うん」

「何を許すのよ!」


「うぅ……そ、尊厳を……尊厳を生徒に奪われちゃった……ぐすっ」


 俺たちはなんとも惨めに地べたに正座する先生を見ながら相談する。


 そんな今にも泣きそうな先生のおかげでみんなの顔も引き攣っていた。


 まあ、流石に今回のは色々と突っ込まないといけない教師としておかしいところもあったのは事実だが一番辱めを受けたのは当の本人だし、それに加えて



「先生に彼氏ができそうらしいですもんね」

「うぅ、もう、これじゃあお嫁に……」

「大丈夫ですよ、彼氏さんは知らないんですし」

「それとは違うじゃん! 私の心の問題よ!」

「心も何も、ねぇ。流石の楓ちゃんでも認められないことしてるんだし……」


 そう、御波楓30歳独身女性に初めての彼氏が出来たのだ。


 その彼氏さんの優しさを信じてここまでにしておくことになった。


「そんなぁ……鈴夏さんまでぇ」

「はいはい、泣くのやめる〜」


 生徒に慰められる教師というものはこんなにも惨めなのか。




☆☆☆



 side:御波楓



 夜20時を回ったところで心をズタズタに引き裂かれた楓は家に直帰した。


「うぅ……だだいまぁ……ぐすんっ」


 一人暮らしの自宅の玄関で寂しくペットのハムスター「ハムくん」に挨拶するのが日課の彼女は目元が真っ赤だった。


 普段から独身として焦りを感じていながらもそれを生徒からいじめられても挫けない強固なメンタルを持っていた凄腕教師も今回ばかりは泣かずにはいられなかった。


 生徒から受ける辱めに、自らが犯した耐え難い過ち。


 全てが負の遺産すぎて、我慢せずにはいられない。


 しかし、そんな心の闇もたった一人の一言で光に変わっていく。


「御波さん、大丈夫ですか?」

「……え?」


 唐突の男の声、驚くまもなく彼は近くまでやってくる。あまりにもいきなりのことで言葉を失っていると荷物を取り上げられた。


「あ……」

「疲れましたよね。ほら、シャワー浴びてきてください。もう少しでご飯できるんで」


 そこでハッとして御波は顔を上げる。

 すると、そこに見えたのはつい最近お付き合いした冴木小次郎だった。


「な、なんでここにっ」

 

 そんな言葉に冴木は不思議に思ったのか首を傾げる。


「なんでって、昨夜約束したじゃないですか。御波さん残業だからご飯家で作ってあげるって」

「で、でも——鍵は」

「それは昨日断ったのに御波産の方からどうしてもって渡してきたじゃないですか?」

「え、そ、そうだっけ?」

「はい?」

「ん、そ、そっかぁ。すぐにシャワー浴びてきます!!」

「え、は、はい……」


 途端に上着を脱ぎ棄てて脱衣所に直交する御波をポカンとしながら見つめる冴木。さっきのとぼけ具合とは裏腹に驚異的な切替の早さを見せつけられてボーっとしてしまう。


「御波さん、大丈夫かな」


 しかし、そんな意味の分からない状況でも聖人はどこまでも聖人だった。




「御波さん、どうですか? 美味しいですか?」

「ん、やばい! めちゃめちゃうまい! 涙出てくるんだけど!」

「いや、さすがに泣くのは……俺普通にご飯作っただけですよ」

「私にとっては其れが死ぬほどうれしいの!」

「あはははっ、御波さんって意外と料理できませんもんね」

「んっ、う、うるさいわよっ」


 バクバクと口の中に大好物のザンギを頬り込みながら御波は頬を赤らめた。彼の言う通り、御波は料理ができない。それは大学からも一緒であり、教師になるために毎日のように勉強をしっぱなしって言うのと親がそこそこ裕福だったこともあって大抵は学食と外食で何とかなってきた。


 しかし、それが働けばまた別で親の援助を受けるのが恥ずかしくなってから自炊を始めたようとしたのだが今までしていなかった人がそううまくできるわけもなく、結局はスーパーの弁当で済ませてしまっている。


 

「それに、別にそう言うことじゃないし……」

「まぁ、それが始まりって感じでもありますもんね」

「それもあるけど」

「あるけど?」

「家に帰ってたらご飯を作ってくれる人がいるのが嬉しくて。私、今まで彼氏いなかったし、この年になって処女だし……さすがにきついよねって」

「はははっ。そんなことないですよ~~。それにそんな人は世の中たくさんいますって!」

「そうじゃない人が言うと信憑性に欠けるんだけど」

「……それはまぁ、ね?」

「ね、じゃないしっ!!」


 バタン!

 机に打ち付けた平手打ちに思わず佐伯さんは驚きのあまり体が固まってしまった。


「そんなに怒らなくても」

「あ、いや、そのっ……別に怒ってるわけじゃない、わよ……」

「ほんとですか? 急に立ち上がるからびっくりしちゃって」

「ご、ごめんなさい……なんか、その、私色々と今日会って不安定でっ」

「もしかしてその、女の子の日、とか?」

「違うし、そうじゃなくて学校でね」

「学校で?」

「まぁ、内容は明かせないけどとにかく尊厳がなくなったのよ」

「尊厳が無くなる?」


 あまりにも意味の分からない言葉に佐伯は息を飲むばかりだった。

 結局、ご飯を食べ終わった佐伯は洗い物をして御波と一緒に眠るのだった。


「する?」


 無論、この後めちゃくちゃした。



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