紅い忍者と嘘吐き螺厭

第1話

 夜の闇の中三機の航空機が風を切る。しかし、風を切るといっても音はほとんどなかった。エンジン音もほとんどせず、レーダーにも探知されない最新鋭のステルス戦闘機が三機。日本のとある山岳地帯の上空を旋回していた。


 眼下に広がるのははなんの変哲も無い森。しかし三機の航空機の機首部分に備え付けられたガトリング砲が音を立てて起動し、三機のガトリング砲が一斉に火を噴く。一秒間に数十発の銃弾が三方向から森を襲う。ただの森なら木々が吹き飛んでいくところだろうが、この時ばかりはまるでガラスを砕くかのようにどんどんひび割れ崩れていった。


 崩れ、割れ、それまで見えてた森の姿が消え去りその下に隠れていた村が姿を現す。今や珍しい和風の村。しかしその一方で、ガトリング砲の直撃を受けてなお傷一つつかない頑強さが普通ではないことを思い知らせてくれる。


 即座に小さな手裏剣たちが一斉に航空機を襲う。空中を自由自在に飛び回り、航空機のエンジンや車輪を狙って襲い掛かる。航空力学を無視した、まるで意思を持つかのような手裏剣たち。それを地上から投げていたのは忍者だった。手裏剣を投げ、そして一人一人が手甲に備え付けられたコンソールを操作してその軌道を修正していく。


 忍者たちの予測では、手裏剣はステルス戦闘機のエンジンに忍び込み偶発的な手裏剣ストライクを引き起こす。余裕で忍びの郷への襲撃者達を撃滅できると考えていた。


 しかしその予測は外れた。ありとあらゆる隙間を極限まで狭め、本来なら攻撃を想定していない範囲の防御を優先すされたステルス戦闘機はエンジンにさえも手裏剣対策が練られてあった。そのお陰で手裏剣たちはエンジンには届かず、再度放たれたガトリング砲の砲火が手裏剣たちを発射している忍者たちを吹き飛ばしていく。


 郷への襲撃、そして手裏剣ストライクに対する精確な対策。間違いなくこの忍びの郷について詳しい者の手引きがある。忍者の歴史にかつてない事態を前にして忍者達の間に言葉にならない衝激が走る中、不意に迎撃に回っていた一人の忍者が周囲の仲間にクナイを突き刺し、更にはコントロールルームに居たくの一がスイッチを押すと、新たな爆破で迎撃システムのコントロールルームが吹き飛んだ。


 仲間の裏切りを前に動揺を隠しきれない忍者達が次々と倒れ伏し、制圧されてしまう中で一人の少女が意を決して走り抜けていく。


「婆様、郷が、郷が焼かれてます。私達はどうすれば良いのですか!?」


 郷の長、忍び達の頂点に立つ老婆を前に膝をつき、一人の少女が上ずった声で呼びかける。前代未聞の事態を前にして、大人の忍びも右往左往するばかり。今もそう遠くない所から爆発音が轟き、郷では使われていない銃の銃声が聞こえてきた。


 不安を抱える同じ未来の忍び達を代表して忍者教練棟から長の部屋まで降りてきた紅を見て、婆様はどこか覚悟を決めた様子だった。


「降りて来たね。紅(べに)裏にお行き。私が時間を稼ぐ。お前は郷を離れ、外の忍び達と合流するのだ」

「で、でも婆様、出口は全て奴らに爆破されて…それに、私と同じ予備忍達は…?」

「全員は逃げ切れん。最優秀の、トップ忍者のお前にしか、この任務は託せん。出口は最後の一つがある。さあ、隠れよ。敵が来る」


 言われるがまま裏の隠し戸に身を隠す少女、紅。訓練通りに息を潜め、自らの痕跡も何もかもを消し去り外の様子を伺えば、そこには長である婆様と見覚えの無い男が向かい合っていた。忍者は絶対に着ることのない野戦服を着て、手には奪ったクナイなどの忍者の武器が。


 一体誰だろうか。紅が不安げな顔で様子を伺う中で、婆様は男を見て息を呑み、そして口惜しげに歯噛みしていた。


「やはりお前だったか。掟を破るだけで無く、裏切りまで仕出かすとは思いもよらなんだ。恥を知れ、この恩知らずめが!」


 今まで見た事もないくらいに激昂している婆様。思わず隠れている紅がビクッと肩を震わせるほどにヒステリックにも聞こえてしまうほどの怒りが込められたその言葉にさえも、男は乾いた笑い声で返す。


「貴女は変わらないな。それでこそだ。それでこそ、復讐のし甲斐がある」

「復讐だと?貴様、何を言い出すと思えば。命を奪わず追放処分で済ませてやったのは、この私だぞ!」

「そこで私は地獄を見たのだ。貴女にも、同じ苦しみを教えてやる。この郷の忍び達も同罪だ。一人残らずな」


 男の言葉と一緒に婆様は目にも止まらぬ速さで袖からクナイを抜き、男の顔面に突き立てる。しかし、男は婆様の手を掴み、そのまま投げ飛ばしてしまった。クルリと空中で一回転し、婆様は地面に着地する。その一瞬、婆様の手元がキラリと光る。


「お前を殺さなかった事が、我が生涯で最大の失敗だった!」

「忍びの戦闘は非常時における最後の手段。そう教えてくれたのは貴女でしたね。ならば、そう言って時間と隙を作ろうとしても無駄なことだ。ほら」


 その時男は振り向きもせずに手だけを背中に迫る手裏剣に向けてみせる。すると婆様がさっき投げた手裏剣が空中で動きを止めた。


「自在手裏剣の術か。電子制御で軌道を自在に操れる手裏剣。これ程高度なドローン技術は世界中探したってここにしか無い。だが、知っていればジャミングも可能だ」


 バチッと音を立てて、婆様が着けていた手甲が火花を散らしてショートする。男はニヤリと笑い、後ろに向けていた手を婆様の方に向ける。婆様は思わず目を見開き、その身体に手裏剣が突き刺さった。


「ッ!」


 思わず飛び出そうとする紅。しかし忍びの心得はたった一人でも生き延び、逃げ切る事。例え親類が目の前で殺されそうになっても、助けに入り自らや他の忍びを危険に晒す事は忍びにとって最大の恥。


 両手で悲鳴を上げそうになる口を押さえて必死に気配を殺し続ける。婆様は口の端から血を零し、手裏剣が突き刺さった腹を押さえながらも男を睨み据え、その後ろに隠れる紅に視線で来るなと叫ぶ。


 男は残念そうな顔で婆様を見下ろし、婆様の腹に刺さった手裏剣を引き抜き血を流す婆様を蹴り倒した。


「毒まで塗っていたか。安心しろ。死なせはしない。ここで簡単に死んでもらってはつまらないからな」


 顔色がどんどん青白くなり、ひゅーひゅーとか細い息を吐く婆様。


「おのれ、裏切り者め」


 憎悪に満ちた顔で男を睨む。しかし男は淡々と手下が持って来た注射器を受け取り、そして憎悪を堪え切れない様子で婆様の手首の動脈に刺す。


「たっぷり後悔するんだな。もはやこの忍びの郷と日本政府の協力関係は終わりだ。新しい時代の新しい忍者が来る。アンタはもう時代遅れだと思い知らせてやるよ」

「ガハッ!ぐぅぅ…おのれ、おのれ、おのれ…!」

「牢に連れて行け。他の忍びもだ。全員入れても釣りが来るだけのスペースはある。女子供、手負いだろうとも油断するな」


 男の指示で婆様が連行されていく。その奥の方では他の忍び達も両手を上げて牢屋に連れて行かれていて、その中には紅の同級生達も紛れていた。


 ここから逃げないと。助けに行く為にも、今は外での任務を遂行する大人のエリート忍者達に少しでも情報を届けるのが紅の任務。まずは深呼吸をして、殺し続けて苦しくなってきた息を整えて、顔を隠す顔布で目から下を隠す。


 敵の意識が薄れたタイミングを見計らって紅は隠れていた隠し戸から音も無く飛び出した。


 ビュン、と風を切る音がする。またこんな音を立ててしまった。だけど相手は気づいていない。これ幸いと飛びかかり、手甲からクナイを引き抜いて男の後ろの首に突き付ける。


「ッ!」


 電流を流し、意識を刈り取る。その瞬間に口を手で抑えて相手が声を上げるのを阻止し、崩れ落ち始めるのと同時にもう一人にも同じ様にクナイを突きつけ意識を奪った。


 バチリと音を立てて火花を散らすクナイ。忍者ガジェットナンバー1、雷遁クナイの術だ。


 意識を失い転がる二人を他所に、紅は走り出した。あまり時間は掛けられない。足音は一切聞こえず、全身のありとあらゆる身体能力を向上させる鎖かたびらのおかげで風のように郷を駆け抜けていく。婆様が言っていた最後の出口は、郷を流れる川の流れの中だ。そこまで見つからなければ良い。しかし、グズグズしていたらそこも見つかってしまうかもしれない。



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