第2話

 燃え盛る郷を尻目に、遂に目的地の川のほとりにたどり着く紅。この川は一度地中に潜って郷の外にあるダム湖に流れ着くらしい。そこから下の街まで出て、外の世界で任務を遂行している大人のエリート忍者を連れて戻る。


 行くよ、と自分に言い聞かせて紅は小さな筒を口に咥える。水遁、ミクロエアーの術。水遁の術とは名ばかり。要するに超小型の酸素ボンベだ。中にはミクロオキシジェンを配合した空気が二時間分入っている。これで川に飛び込もうとする紅だったが、その時ふと殺気を感じ、飛び上がる。


 ヒュンヒュンと音を出して二つの自在手裏剣が紅の首と顔のスレスレを通り過ぎ、肝を冷やして着地に失敗して地面に落ちた紅を更に追撃してくる。


「ッ!」


 咄嗟に地面に手を置き、飛び上がって自在手裏剣をギリギリで避ける。手裏剣は地面に突き刺さって動きを止め、回転が止まって動かなくなる。


「自在手裏剣の術は何かに刺さると動かなくなる。弱点は変わっていないな」


 現れたのは、さっき婆様を襲った裏切り者の忍者だった。


「くっ…見つかった…!」

「あの婆さんがわざわざ時間稼ぎをしていたんだ。やはり、まだ残っていたか。女子供をこの手で殺すのは忍びないが、お前も忍びだ。恨むなら忍びの郷に生まれたお前と、あの婆さんを恨め」


 その言葉と共に男は郷から奪った手甲からクナイを取り出し、投げつけてくる。即座に後ろに飛びながら懐の閃光弾を取り出そうとするが、着地予定の地面には既にまきびしが巻かれていた。


「うっ!このッ…!!」


 紅もクナイを投げ、茂みの木に刺さったのを確認して手甲のスイッチを入れる。するとクナイの取っ手と紅の手甲が電気の綱で繋がり、その繋がりを辿って紅は着地予定地点を通り過ぎつつ手裏剣を投げる。


 一つ、二つと相手の死角を狙いつつ、三つ目を上空に投げる。時間差で不意打ちだ、と頭の中で描いた作戦を実行するが、男は不敵に笑うばかり。


 何がおかしい、と叫びたくなる気持ちを堪えて紅は三つの手裏剣の操作をしながら新しいクナイを投げて空中で方向転換をする。


 ここでこの男を倒せば全て丸く収まるんだ。外の世界には興味はあるけど、この郷を守れるのは、たった今私だけなんだから。


「手裏剣三つと空中機動。成る程、婆さんが任務を託す訳だ。その年でよくぞそこまでやるもんだ。だがこちらも生憎かつては天才と呼ばれた忍びでね」


 カキン、と音がしてほぼ同時に二つの手裏剣が空中で何かにぶつかり地面に落ちる。男がいつのまにか投げていた千本針が、紅の手裏剣を地面に縫い付けていたのだ。


「一つ、二つ。そして三つ」


 男が手を天に掲げ、紅の手裏剣がジャミングされて動きを止める。だけど、それこそ紅の狙い。


「そこっ!」

「ン…?」


 二つのクナイの電気の綱を同時に起動。光る綱は男を挟み込むようにして紅の手から伸び、紅は一気にクナイの綱を引き寄せた。


「限界まで加速!そして超高周波忍者ブレード!」


 二つ分の綱の引き寄せる力は紅を音速にまで加速させた。そのまま紅が忍者ブレードを構えて飛び掛かって斬りかかる。


 このまま一気に倒す、と紅の全身全霊が込められた忍者ブレードの一閃は、呆気なく男の身体をすり抜けた。


「余りの斬れ味に、刃に返り血の付くことは愚か、斬られた相手すら気づくに時間のかかる超高周波忍者ブレード。その年でよくぞここまで使いこなす。だが、惜しかったな」

「分身の術…!?」


 紅が斬りつけたのは、男の足元に置いてあった小型のカラクリが空中に投影した男の映像だった。


「それとその忍者ブレードを使うときは確実に相手を殺す時のみ。狙いを腕にしては意味が無いな」


 すぐ真上から男の声がして、炸裂した手榴弾の衝撃で紅はまるで風に舞う落ち葉のようにボロボロになりながら吹き飛んだ。爆弾の破片は防弾仕様の忍び装束越しに紅の身体を何度も打ち抜き、その内の一つが紅の顔を隠していた顔布を切った。


「思っていたより幼いな…まだ研修課程の予備忍者だったか。それでこの腕には恐れ入った。正規の忍者になれていれば、郷の自慢のくノ一になれただろうに。だが、可哀想だがその未来もここで潰させて貰う」


 取りこぼした忍者ブレードを拾い上げ、地面に転がる紅の足に突きつける。このまま力を込めれば、紅の足は一生使い物にならなくなってしまうだろう。


 やだ。それだけは絶対に嫌。私は忍者。任務は絶対に遂行する。例え足を失うことになっても、命を捨てる事になっても良い。乙女の純潔は、ちょっと抵抗はあるけど、捨てたってやっぱり構わない。


 どんな事になっても、私は忍者として、この郷を救うと言う任務を遂行してみせる。


 最終手段、私は口の中にあるミクロエアーを思いっきり噛み、スイッチが入った音がしたのを確認してプッと吐き出した。


「なっ!?」


 途端、ミクロエアーの中に詰まっていたミクロオキシジェンが一気に元のサイズに拡大し、ミクロエアーを中心にまるで台風の様な強風が吹き荒ぶ。


「うおおぉ!?」


 緊急時にのみ使える最終手段。ミクロオキシジェンの解放は一年前に追加された新機能だ。やはりこの襲撃者はこの郷の出身らしいけれど、この新機能は知らないはず。わざわざ奮発して新品を買ってよかったと思いつつ、紅は風に乗って宙を舞うとそのまま川の中へと飛び込んだ。


「逃すな、撃て」


 何発もの銃声が水越しに聞こえる。忍び装束の背中に硬い銃弾がめり込むのを感じ、思わず空気が口から溢れる。だけど川の流れは速くて、流れに乗りさえすれば紅の身体はあっという間に下流、そして地面の下の水路に流されていく。


「逃がしたか」

「逃げたって言っても、結構な長さの水路よ。酸素ボンベも無しに生き延びれるルートじゃ無いわ」


 口惜しげに水路を睨む男。そこに現れたのは、コントロールルームを吹き飛ばしたくの一。郷の仲間である忍者達を不意打ちで殺していった巨漢の忍者。そして、まだ年若く青年と呼ぶべき年頃の若い忍者。


「全く。ミクロエアーをそう簡単に捨てるとは。予備忍最優秀の座も地に落ちたモンだ」

「ま、こんな窮屈な郷の中で死ななくて済んだんだし。運が良かったんじゃ無いの?」


 既に郷に残った忍者達は捕らえ、内部粛清用の檻に閉じ込めた。不意打ちだけでは落とせない忍びの郷だが、裏切り者であるこの三人の協力を得てチャンスは一度きりの電撃作戦を見事に成功させた。


 後は郷の外に居る忍者を捕らえるか、始末し後顧の憂いを断つ。例え僅かな失敗の可能性であっても見逃す訳にはいかない。


「万が一と言うものがある。全部隊に通達しろ。外の連中にもだ。適当な容疑で警察に手配させるんだ」


男達がそんな会話をする中で、紅は人一人がギリギリ倒れるくらいの太さの水路の中を流れながら、やがて戦闘のダメージと酸欠で意識を失うのだった。



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