引っ越し①

 修学旅行もあっという間に終わってしまい、数日が経った。

 結局、咲良には告白できていないままだ。修学旅行の二日目は班のみんなが全体的に仲良くなり、普通に楽しんで一日が過ぎてしまった。それからの数日も、タイミングが合わないことが重なって二人きりで会える機会はなかった。

 以前は毎日と言って良いほど一緒に帰っていたのに、告白しようと覚悟を決めた後に限って会えない日が続くなんてもどかしい。

 机で項垂れていると沙綾がいつになく真剣なトーンで聞いてくる。


「もしかして、告白しようとしたけどタイミングなくてまだ出来てないとか?」


「その通り……咲良の用事が重なって、全然二人きりになれる瞬間がなくて」


「菜瑠美ごめん。あの日私が入ってった時、本当は告白しようとしてたんでしょ?」


「う、うん……」


 察されていたことに少し気恥ずかしくなりながら頷くと、沙綾はさっきまでの態度が嘘のように嬉しさが隠しきれない様子で言った。


「ま、私は良い返事貰えたからさ。何かあったらなんでも聞くよ」


「そうなんだ……って、え!?じゃあ沙綾、遥香ちゃんと……?」


 ガタッと思わず立ち上がると、沙綾に驚きすぎだと嗜められる。周りを見れば、全員とは言わないけど何があったんだという顔で何人かがこちらを見ていた。

 居心地の悪い視線から逃れるようにそそくさと座ると、小声になって遥香ちゃんとのことを尋ねる。


「沙綾と遥香ちゃん、恋人になったってこと……だよね?」


「そう。菜瑠美には返事待ち中の相手、遥香ちゃんだってバレちゃってたかー。ま、私のことも遥香ちゃんのことも、両方のこと知ってるのは菜瑠美だけだもんね」


 まさか二人がそこまで進んでいたなんて驚いたけど、大好きな二人が恋人になったのは素直に嬉しい。

 そんな沙綾の様子に触発されたわけではないけど、今日は久しぶりに咲良の予定も空いている日だ。告白するなら今日しかない。

 ――そんな風に思っていた矢先のことだった。

 少し緊張しながら咲良の家に上がらせてもらうと、とても衝撃的なものを発見してしまう。カレンダーに、咲良のさらりとした丸っこい文字で『お引っ越し』と書かれている。日付は次の休日。

 とても重大なことのはずなのに、咲良からは何も聞いていない。

 ちらっと自作のアップルパイを皿に取り分けている咲良の横顔を見る。

 特に変わった様子はない。いつも通りだし、何か言いたそうにしているということもない。

 結局帰る頃になるまで咲良から『お引っ越し』のことを聞くことは出来なかった。聞かないことで決まっていることが変わるわけでもないのに、できることなら自分の見間違いだと思いたかった。

 帰り際、咲良が不思議そうにしながら私を見る。


「菜瑠美、どうかした?なんか、ずっとそわそわしてた」


「そ、そうかな……何でもないよ!」


 『お引っ越し』の文字と告白が頭の中でぐるぐると天秤にかけられた結果、笑って誤魔化してしまった自分が情けない。そうして私はまた、告白する機会を逃してしまったのだった。


「西ノ宮さんが引っ越し……ですか?」


 翌日、こっそり引っ越しのことを聞きに行くと、美澄さんも初耳なようで目をぱちくりさせている。


「うん、カレンダーに書いてあるのを見つけて……美澄さんも何も聞いてない?」


「はい」


 美澄さんは頷いた後、少し考える素振りをした。そして、私をじっと見て言う。


「でも、西ノ宮さん肝心なことほどあまり言ってくれない感じありますし……。東条さん、ファイトです」


 そのまま何故かそそくさと教室へ戻っていってしまった。

 美澄さんにも言っていないとなると、ますます自分の見間違いなのではないかと思いたくなってくる。

 そうこうしている間に、咲良には何も聞くことが出来ないまま当日がきてしまった。

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