支え2

 放課後になり、いつものように咲良のもとへ行くかどうか迷う。今咲良に会ったら咲良に甘えてしまいそうで、そうなってしまうのは避けたかった。

 今私が落ち込んで、悩んでいるのは自業自得だ。だから、そのことで咲良に余計な心配をかけたくない。きっといつものようには振る舞えないから。

 スマホの画面を眺めて先に帰るというメッセージを打とうとしては消す。そんなことを繰り返していたら、不意に名前を呼ばれた。


「菜瑠美」


 慌てて声の方を向くと、教室の入り口に咲良が立っている。いつもは少し遅れることがあっても自分のクラス前で待っていてくれるのに、今日は何で――。


「何か、悩み中?」


 何も言っていないのに、咲良は首を傾げてそう尋ねてきた。


「えっ、あっ、えっと……」


 何とか誤魔化そうとしたのに、明らかに図星だと分かるような返事しかできず。咲良はそんな私を見て微笑むと、優しい声音で言った。


「一緒に、帰ろう?」


「うん」


 さっきまで迷っていた癖に、あっさり頷いてしまう。何故かは分からないけど、私が悩んでいる時に限って咲良からここまで来てくれたことが嬉しかった。

 とはいえ、咲良の前でみっともない姿は見せたくない。明日にでも遥香ちゃんに会って、とにかく謝ろう。結局あの言葉の真意は分からなかったけれど、このままの状態じゃスッキリしないし修学旅行も楽しめない。

 何よりも、咲良を自分の負の感情に巻き込みたくはなかった。

 いつものように部屋に通されるとすぐに、咲良は冷蔵庫に何かを取りに行き、二つのカップを手に戻ってきた。


「苺とはちみつ、どっちがいい?」


 両手のひらに一つずつ載せたカップアイスを私に見せ、咲良は首を傾げる。

 本音はどちらでも良かったけれど、以前咲良から蜂蜜味が好きだと聞いたことがあるのを思い出し、苺を選ぶことにした。


「じゃあ……苺で」


 二人で黙々とアイスを食べ始める。甘さと苺のほんのりとした酸っぱさが程よく美味しい。隣を見ると、咲良は一口食べるごとに嬉しそうな、幸せそうな顔をしながら食べていた。

 二人共半分程食べたところで、不意に咲良が私の方にスプーンを差し向ける。


「菜瑠美、あげる」


 突然のことで、一瞬固まってしまう。咲良は特に気にする様子もなく私が食べるのを待っている。私が気にし過ぎなのだろうか。


「ありがと」


 なるべく冷静なふりを装ってアイスを一口貰う。はちみつアイスは、甘味と酸味のバランスが良かった苺とは違って甘過ぎるぐらい甘かった。

 そのまま何事もなかったように食べ始めるのかと思いきや、咲良の手はアイスを一口すくったところで止まっている。ちらっとその横顔を見てみると、ほんのり頬が赤く染まっていた。

 咲良も、少しは私のことを意識してくれているのかな。そう思った途端、嬉しいのと同時に余計にドキドキしてくる。二人共がそわそわして、なんとなく甘酸っぱい空気が漂う。


「おかしいな……アイスは冷たいのに、身体はぽかぽか」


 咲良はアイスを見つめたまま呟いた。本当なら私も咲良に一口あげたかったけれど、今は「私も」と返すだけで精一杯だった。好きな子のあんな反応を見て冷静でいられるはずがない。

 それからぎこちない動作でアイスを完食した私達は、夕日が照らす窓際でたろまると一緒に微睡んだ。


「咲良……今日はありがとう」


 うとうとする咲良を見つめながら静かに言うと、


「私も、菜瑠美の力になりたかったから。私の悲しいも、菜瑠美が側にいてくれるだけで、和らいだから」


 眠そうなとろんとした瞳で微笑み、そのまま私の肩に頭を載せる。やんわりと体温を感じて、それがとても心地良くて……ただそれだけで幸せだった。


「もう十分すぎるくらい、支えられてるよ」


 その言葉が聞こえていたのかどうかは分からないけれど、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。起こさないようにしながら、そっと自分も咲良に頭を寄せる。

 そんな私達を、さっきまでクッションに丸まっていたはずのたろまるがじっと見つめてくる。私と目があって数秒も経たないうちに、ふいっと踵を返していってしまう。気になって目で追うと、目的地は咲良のベッドの上だったようだ。そこでさっきと同じように丸まる。

 もしかしたら、遊んで欲しかったけど寝てる咲良を見て気を遣ってくれたのかもしれない。そんな風に勝手な想像をして、ゆっくりと私も瞳を閉じた。

 窓から差す夕日に包まれ、寄り添い合う温もりを感じながら、こんな時間がずっと続けば良いのにと思う。そうしていつの間にか私も眠ってしまっていた。

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