支え1

 教室へ戻ると、いつものように授業が始まり一日が過ぎていく。遥香ちゃんとはすれ違うことがあっても、一度も目が合わなかった。


「遥香ちゃんと何かあった?」


 沙綾と雪穂が心配そうな表情で私を見る。何とかいつも通りでいようとしていたのだけれど、二人にはあっさりと見抜かれてしまったようだ。


「何かあったというか……」


 一部始終はさすがに言えない。そう思った私は何とかぼかし気味に伝えてみる。


「遥香ちゃんから、遥香ちゃんが言ったとは思えない言葉を聞いて混乱してる」


 私が言い終わると、沙綾は何故か悟ったような表情をしていた。


「……こうなる日がくるだろうとは思っていたけどね」


「どういうこと?だって、遥香ちゃんはいつだって正しくて、明るくて、誰にだって優しい。私が聞いた言葉を言うような子じゃないんだよ」


 思わず熱くなってしまう私に、鋭い指摘が飛んでくる。


「それだよ。菜瑠美のその訳分からんぐらいの遥香ちゃんへの理想が、重過ぎるの。小学生の頃の遥香ちゃんは菜瑠美が言うように本当に完璧な子だったのかもしれない。でもさ、遥香ちゃんだって悩むことや落ち込むことだってあるよ。再会するまでに何かあって、変わってしまってる部分だってあって当然」


 沙綾の言葉を聞いて何も言えなくなる。私はいつの間にか、自分の中の理想を遥香ちゃんに押し付けてしまっていたのかもしれない。

 押し黙る私に、沙綾は少し言い淀みながら続けた。


「これは私も最近聞いた話で、言うかどうか迷ってたんだけど……遥香ちゃん、中学の頃不登校の時期があったみたい。他校の友達の友達が遥香ちゃんと同じ中学だったらしくて、確かな情報のはず」


「遥香ちゃんが……?」


「その子も同じクラスだったわけじゃないから詳しくは分からないらしいけど……いじめにあっている子を助けたら、今度は遥香ちゃんがそういう目にあって……」


 そのまま黙って座っていられなくて衝動的に立ち上がる。聞いているだけで辛いのだから遥香ちゃん本人はもっと辛かったはずだ。ずっと見ていたはずなのに、私はそんな遥香ちゃんの変化にも気づけなかった。それどころか憧れの遥香ちゃんに再会できただなんて舞い上がって、昔からの理想を押し付け続けていた。


「ちょっと頭冷やしてくるね……」


 二人に一言告げてから教室を出る。今はとにかく周りに人気がない場所へ行きたかった。

 あの日誘ってくれたカフェで、遥香ちゃんは一体どんな気持ちで私の話を聞いていたんだろう。考えるだけで気持ちが暗くなった。

 憧れていた子を、無意識のうちに傷つけてしまっていたかもしれないことで自己嫌悪が募る。

 理由はわからないけれど、遥香ちゃんにあんな言葉を言わせてしまったのは私が原因なのだろうか。

 そのまま考えても仕方のないことを頭の中で巡らせながら、人気のない廊下を歩き授業が始まるギリギリに教室へ戻った。

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