兆候

「私、咲良のこと好きみたい」


「うん、分かってた」


 いつもの三人で、いつもの昼食の時間。以前の沙綾からの問いに答える形で宣言すると、真顔でそんな返事が返ってきた。


「え、嘘……もしかして雪穂も?」


「うん。私もそうじゃないかなって思ってたよ~」


 私自身としては、かなり重大な告白をしたはずだったのに、そんな二人の反応を見て軽く脱力する。


「で、本人にはいつ言うの?」


「えっと……ま、まあタイミングが良かったら、その時に」


 そこまで考えていなかった私は言葉を濁した。私が告白したら、咲良はどんな反応をするんだろう。想像もつかない。

 でも……もし告白して今のままの関係でいられなくなるなら、しない方が良いんじゃないかという思いもあった。

 そんな私の気持ちを悟ったのか、雪穂はいつもの穏やかな表情を浮かべつつゆっくりと言葉を紡ぐ。


「誰かを好きな気持ちってとっても大切なものだから……もし何か迷うようなことがあっても、菜瑠美ちゃんが後悔しない選択をしてほしいな」


「うん……ありがとう、雪穂」


 表情と声のトーンで、友達としてどれだけ大事に想ってくれているかが伝わってきて胸がじんわりと温かくなる。

 雪穂はいつも、私と沙綾のやり取りを静かに見守ってくれている事が多い。だけど、こういう時口には出していない気持ちを汲み取って必要な優しい言葉をかけてくれる。先陣を切るタイプの沙綾と流れに身を任せてしまう私に、安心をくれるのが雪穂なのだ。

 昼食後、修学旅行の班決めがあった。人数は最大八人まで。沙綾と雪穂はもちろん、遥香ちゃんと遥香ちゃんの友達で六人。クラスを跨いでも良いということで、私は咲良と美澄さんも誘った。

 他の五人も快く承諾してくれて、咲良も喜んでくれた。二人きりにはなれないだろうけど、それでも同じ思い出を作れるというだけでますます当日が楽しみになる。


 それから数日後のことだった。一人廊下を歩いていると、不意に遥香ちゃんに声をかけられる。


「菜瑠美ちゃん」


「どうしたの……?」


 振り返ると、遥香ちゃんはいつもと様子が違っていて、何かを迷っているようにも焦っているようにも見えた。


「えっと……ね、私やっぱり――」


 そこで一旦言葉を切り、少し視線を泳がせた後、私をまっすぐに見て衝撃の一言が放たれる。


「やっぱり、西ノ宮さんが一緒なの嫌かも」


 まさか遥香ちゃんからそんな言葉を聞くことになるとは思っていなくて、何度か反芻しないと理解できなかった。つまり、遥香ちゃんは咲良と同じ班なのが嫌だということなのだろうか。

 遥香ちゃんがそんなことを思うなんて有り得ない。ならさっきのは聞き間違い……?でも、さっきの遥香ちゃんの一言は衝撃過ぎて今もはっきりと耳に残っている。

 私が戸惑っていると遥香ちゃんははっとしたような表情をした後、


「ごめん菜瑠美ちゃん、さっきのは忘れてくれていいから!」


 そう早口でまくしたてると、慌てて走り去っていってしまった。

 しばらく呆然とその場に立ち尽くす。どうしても受け入れ難くて、さっきのことは幻覚だったのだと思おうとするのに消えてくれない。

 遥香ちゃんは、明るくて優しくて、いつでも正しくて、誰にでも平等に接する……そういう人だ。小学生の頃から変わらない理想の女の子とさっきの出来事とのギャップで頭が混乱する。

 遥香ちゃん自身が言っていたのだからこの事はもう忘れよう。そう自分に言い聞かせても、しばらくの間あの衝撃的な一言は頭の中に反響し続けていた。

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