番外編3 お姫様になりたかった(エリス視点)

 ――こうして女の子は王子様と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし めでたし



 *****



 ――今日は時間をくれてありがとう。ずっと、貴女に謝りたいと思っていたの。

 あの時は本当にごめんなさい。今さら謝って済む話じゃないということは、私にも分かっているわ。でも、どうしても、直接貴女に伝えたかったのよ。


 ……そう、もう気にしていないのね。ありがとう。その顔は、きっと本心ね。そんな顔ができるほど貴女が幸せそうで、本当に良かったわ。



 ――私ね、お姫様になりたかった。


 海運王と呼ばれた父は王様みたいにお金持ちだったけど、港の荒くれ者たちに囲まれて育った私は、全然お姫様みたいじゃなかったわ。毎日港を駆けまわっていて、そのときリックを見つけたの。船着き場で若い衆に取り囲まれて袋叩きにされているのが自分と同じくらいの子供だと気づいた私は、思わず声を上げたわ。


『ちょっと、そんな子供相手に何やってるのよ!』


『これはお嬢! いや、コイツが荷運びするフリをして、積荷をちょろまかそうとしやがったんで』


『でもそれ以上やったら死んじゃうでしょ!? ウチの港で人死になんて起こったら、本当にめんどくさいってパパが言ってたんだから。だから、その子は私にちょうだい!』


 しぶしぶ離れた若い衆を見送って、私は彼に手を差し伸べて言ったわ。


『ほらアンタ、立てる!? お金が欲しいんなら、ウチで働けるようパパに頼んであげる!』


 こうして、彼はウチで下働きとして雇うことになったの。




 ――それから間もなく十三になった私は、これまでは貴族だけのものだった名門の寄宿学校に入学するよう父に言われたわ。これから上流階級に入り込んでいくために、良い婿がねを探してこいっていうのよ。


 父から定期的に多額を献金されていた貴族は多いから、表面的に私はちやほやされたわ。そんな彼や彼女たちが裏では私のことを『下賤な成金の娘』と呼んで、細かなマナーの失敗や言葉のなまりをあげつらい嘲笑していることは、ずっと知ってたの。でも陰で貶めようとするのは嫉妬している証拠なんだと思って、逆に哀れに思ってた。見栄ばかり張って偉そうにしているクセに、まるでお金という砂糖菓子に群がるアリのようだって……内心バカにしていたの。


 そんな中で、貴女だけは私の陰口を言わなかったわね。でもそれが、私には逆に余裕を見せつけられているようで腹立たしかった。その余裕は『王子様の婚約者』という自信からきたもののように思えて……だから私は、その『王子様』を奪ってやることにしたのよ。


 未来の王妃様になって、私を下賤の娘とバカにした貴族共に、目にもの見せてやりたかった。自分自身で得た力じゃないクセに、平民を踏み付けて当然だと思っている貴族たちを……逆に全員アゴで使ってやろうって、そう思ったの。


 でも本当はね……私はただ、お姫様になりたかった。王子様と結婚しさえすれば私も絵本に出てくるようなお姫様になって、末永く幸せに暮らせるんだって、そう信じていたの。


 でも、自業自得なのかしら。

 現実は、思い描いたものとは全然違ってた。



 ――離婚してボロボロだったとき、手を差し伸べてくれたのがリックだったわ。ウチの商会で働き続けていた彼は、いつの間にか父の腹心にまで登りつめていた。


『お嬢、俺と結婚して下さい』


『……そうね。きっと父も、あんたが後継者になるなら賛成だわ。おめでとう、次の海運王の地位はあんたのものよ。ずっと頑張っていたものね』


『……違う』


『なにが?』


『海運王の名が欲しくて頑張っていたんじゃない。お嬢、俺はあんたを手に入れるためだけに、どんな手を使ってでも、ここまでのし上がったんだ!』


 まるで物語のワンシーンみたいに、私は差し伸べられた彼の手を取ったわ。たとえそれが他の後継者を出し抜くための詭弁だったとしても、それでもいいと思ったの。でも今はもう――あの言葉は真実だったと分かったのだけれど。


 なんて、ごめんね、ちょっと惚気のろけがすぎちゃったかしら。でも貴女の幸せそうな姿を見ていたら、私もようやく幸せになれたのよって、アピールしたくなっちゃった。でもそんなふうに自分のことのように喜んでもらえたのは初めてだったから……とっても嬉しいわ。ありがとう。


 私ね、最近新しい事業を始めたの。酷い旦那から逃げ出したいのに、経済的理由で泣く泣く耐えている女性、この国にはとても多いでしょう? だからね、住み込みで働ける工場制手工業マニュファクチュアを始めてみたんだけど、これが大当たり!


 今はいくらでも作れば売れる時代だから、どこも喉から手が出るほど労働力を欲しがっているけれど……こんなにどんどん働き手が集まってくるのなんて、ウチの工場だけじゃないかしら。ポイントはね、小さな子供がいても働けるということよ。母親たちの仕事中はね、まとめて別室で面倒をみているの。ちょっと大きい子供には、いつかウチで働いてもらう日のために読み書きなんかも教えているわ。ふふふ、我ながら良いアイデアでしょう?


 え、旦那が連れ戻そうとしに来たらどうするのかって? そんなもの、ウチの若い衆にひと睨みさせたらたちまち震えあがって逃げてくわ。ウチの大事な従業員を、そんな奴らにタダで渡してあげるわけないわよ。


 朝から晩まで働いて、それでも彼女たちは、ここに来られてよかったと笑っているの。本当に、よくできた商売だと思わない?


 そんなわけで、しばらく忙しかったけど……ようやくリックと一緒に落ち着いて休暇を取れる日がきたの。そのとき思い出したのよ、このエルスター城のことを。


 このお城に来たら、誰もが絵本のお姫様みたいになれるんでしょう?

 どうか今だけ、魔法をかけてもらえないかしら。

 今度こそ世界一幸せな、お姫様になりたいの――。





 終

――――――――――――――――――――

感想をいただいたのを機に読み返してみたら、エリス(ジョーの元嫁)のその後がどうにも気になってしまって追加しました。

蛇足だったらすみません。

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疎まれ令嬢の幸せスローライフ〜婚約破棄されたので田舎で古城ホテル経営始めます〜 干野ワニ @wani_san

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