第28話 悲しみの夜の宣言
「……それじゃ、また」
「今日は本当に楽しかったよー! ありがとね」
もう既に夜もふけかけてる時間帯。なんだかんだ楽しい時間を過ごした僕らだったが、今日はもうお開きという事に。
外が以外に暗くなっていたという事もあってか、先にクドウとユノの二人は帰って行った。
「クドウが女性を送っていくだなんてちゃんと彼氏らしくやってるよね」
「あぁ、一生そんな事ないと思ってた」
玄関先で見送った僕とホイミはそんな事を言いながら部屋に入ったのだった。
そしてそれから30分くらいして突如、チャイムが鳴る事なく扉が開き、男性が部屋に入ってきた。
「帰った」
何事かと一瞬ヒヤリとしたが、見てみるとレンだった。帰ってきたアイツの表情はどこか穏やかじゃなく、気持ちが沈んでいるようで。
「あれ? レン帰ってくるの早くない? てっきり朝まで帰ってこないとばかり」
デートが上手くいってそれこそ朝までチョメチョメするのかと思ったが、お早い帰宅だな。
それにしてもレンの元気が無さげな気が。
「そう言えば、なんか足りないなぁと思ってたらレンがいなかったのね。どうりで空気がやたら清々しいなと」
「おいおい、レンがいないの今更気づいたのか?」
「えぇ。だって今日の私の視界に入ってたのナギ、ユノ……そしてギリギリクドウだけだもの」
「そこに俺がいないのは安定だな。予想できてたからもう下手に傷つかないぞ?」
「成長したわね、ホイミ。凄いわ。それでレンは一体今までどこに行ってたの?」
ほんとホイミは打たれ強くなったなぁ。
そろそろあだ名の最初に"べ"を付けてもいいのではと思うくらい進化している。
「詩葉に紹介された子とデート行ってたんだよ」
「へぇ……もうあの子達の中から手を出したの。それは早いこと早いこと」
あの子達って事は、詩葉はレンに何人も紹介したのか……? よりどりみどり、選びたい放題じゃないか。
「で? 今回のデートは上手くいったの?」
「このテンションを見て上手くいったと思うか?」
ソファに深く座り込んだレンは、落ち込んだ姿をこれでもかと
これは……どうやら凄くまずったな。
「おぉ……これは事と次第によっては、さらに飯が進むことになりそうだな」
「ホイミ、まだ食う気なの?」
「おいおい、他人の不幸はデザート並みに甘く、別腹だろ」
ホイミがまぁなんとも嬉しそうな表情をしている。
そりゃまぁ、抜け駆けしそうだったレンが玉砕したようだからその気持ちは分かるけど。
「ーー最初は順調だったんだよ。駅で待ち合わせて水族館に行くまでは。笑って話したり、ふざけあったりして」
この言葉通りなら本当に雰囲気は良かったのだろう。少なくとも水族館に着くまでは。
「でも水族館に入った途端、すぐにその子、豹変しちまって。--お前ら”アクアリスト”って知ってるか?」
アクアリスト……? 今まで生きててそんな言葉聞いた事ないな。
似てる言葉としてはメダリスト、アナリストとかあるけど、親戚?
「具体的にはどんなものから分からないけど、確か魚を飼育したりするのが好きな人たちよね」
「あぁ、まぁそんなような人たちだ。それでその子、一段と熱狂的なアクアリストでな」
熱狂的って、特に魚類が好きということかな。アクアリストの実態がよく分からないからイメージ掴めないけど。
「水族館に着くや飼育されてる魚一匹、一匹についてこれでもかと熱弁。豆知識やトレビアも発表されて、まるでさかなクンと水族館を回ってる気分だったぜ」
「さかなクンって、ちょっと大袈裟じゃない?」
あの人レベルなんてそうごまんといないだろ。国会に呼ばれるような凄い人なんだぞ。
「いいや。現に、その子の待ち受け、サックス吹いてるさかなクンだったし、崇拝してた。それに驚いた時なんて『ギョギョギョ!』って言うんだぞ?」
「それ本当にさかなクン以外で言う人いるんだ」
さかなクンの伝家の宝刀だからそれを自然と言えるなんて珍しい。
「でもそれだけでデートが破滅したわけじゃないでしょ?」
さすがのレンでもデートした相手が無類の魚好きだからといって、デートが失敗にはならないだろ。
聞き流したり、相槌するとかで上手く場を流せそうだし、興味なくてもあるようにも見せれるだろうから。
「あぁ。それでやたらその子が魚の話で盛り上がってるからよ。だったら俺も話を盛り上げようと思って、魚料理の話をしたんだ」
「うわ……なんかこの後の展開読めた気がする」
「ご想像の通り、『魚の命をなんだと思ってるの』とか言って激昂して水族館で罵られたよ。そんでデートはおじゃん、俺はマグロのように止まる事なく帰宅だ」
それはまた、災難だったな。
それにしてもレン、デートのおかげで魚に詳しくなってるじゃないか。
確かマグロとかって、止まらない魚だったよね。
「まぁ異性と付き合うなら趣味とかもある程度妥協しなきゃね」
今回は魚好きだったけど、世にはとんでもなく変わった趣味を持っている女子がいるかもしれない。
「本当にそう思うか? 気づいたら同棲していた部屋が趣味のものだらけになってることがあるぞ」
「ホイミのその話ぶりからして経験あり?」
「あぁ……もっと言えば、ジャニオタとディ○ニーオタには気をつけた方がいい。アイツら他のオタクとはレベルが違うからな。いつの間にか部屋がイケメンかキャラの顔だらけになってる。そんで過ごしてるうちに、やたら視線を感じるようになって--」
何かを思い出したのかホイミがブルブルと震えている。
過去の彼の恋愛には何かしらの恐怖があったのかもしれないな。
「ま、まぁ今回は縁がなかっただけだよ」
「あぁ、そう願うばかりだ。それにしても何も食わずに帰ってきちまったんだ。なんか飯残ってるか?」
「冷えてしなったポテトが少々残ってるけど」
「十分だ。俺の心と同じ状態だからな。同じ境遇のポテトに励ましてもらうよ」
レンはそう言ってソファに座りながらしなしなになったポテトを口に運んだ。
「ただ、ポテトはみんなに求められてたけど、レンは違ったね」
「ナギよ、今日デートで教えてもらった"オニカマス"って魚、美味しいらしいからな。後日ご馳走してやるよ」
「え、マジ!? やった!!」
これは儲け物だな。元気がないからイジってあげたけど、まさか美味しいもので返してくれるとは。
思った事をすぐ言うのは、今回は吉のようだ。
「……確か"オニカマス"って毒あったような」
詩葉が小声で何か呟いていたが、聞こえない聞こえない。
まさかレンが親友の僕を毒殺しようとしてるなんて、あるわけないんだから。
「--って、あれ? ホイミは? さっきまでここにいたのに」
「なんかレンが撃沈したから祝酒だって言ってそそくさとコンビニ行ったわよ? 今日一番の笑顔で」
よかったね、ホイミ。
不幸ばかり続いて嘆いていたけど、最後には幸福が届いたじゃないか。
〇〇○○
帰りの駅へ向かう道中……。
「そーだ、かける。結局、あだ名呼ばしてくれなかったね」
「……うん。嫌だから」
「それって……あんましそのあだ名は気に入ってないってこと?」
「……いいや。そうじゃない。ただユノだけには呼ばれたくないってこと」
「えぇーー意地悪だな。ボクにも呼ばせてくれてもいいじゃない。別に何か減るもんじゃないんだし。可愛いじゃん」
「……仕方ないだろ。だって、好きな人にぐらい本当の名前で呼んで欲しいんだから」
「……!」
「--そっか。そうだね。ごめん、なんか変な事言っちゃって」
「……罪滅ぼししてくれるなら昨日ユノが自分で頼んだAirP○dsの件、直して」
「あぁあの刻印してくれるサービスのやつ? そりゃだめー もう注文したんだから変えれないよ。いいでしょ、あの刻印個性的で」
「……『かけるの彼女のもの』なんて刻印されてたら恥ずかしい」
「落としたらすぐに分かってもらえるね」
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