第19話 サークルに入りたいの宣言⑤


「うぅ……それにしても不安だわ。愛しのナギをサークルに入れるなんて」


 詩葉はそう言いながらさっきのナギの様子を思い出して一人うなだれていた。

 頭を抱え、精一杯の後悔がうかがえる。


「そこまで後悔してるなら、なんでナギにサークルなんか入ってほしくないって言わなかったんだ」

「入ってほしくないなんて……私には言う資格はないから」


 ピシャリと詩葉は真面目な顔でそう述べた。


 資格……か。

 確かにそうだな。


「私はナギの恋人でもなけりゃ、付き合ってもないからね。ナギを縛る理由は持ち合わせてない。そもそも付き合ってたとしても私は言わないし」


 詩葉とナギは他人よりも仲が良いが、実のところその二人の間には何もない。

 恋人というレッテルさえ有れば、それを言う資格はあるが、ないから言わない。

 正しいが、どこか悲しい事実を込んだ詩葉らしい正論だ。


「だって見た? あのナギの目。新しいオモチャを目にした少年の目してたのよ? あんなの目にして、楽しみを奪うような言葉言えるはずないじゃない」


 ナギはかなりサークルというのに期待していたからな。そんなような目はしてたろう。


「まぁ、それもそうか。じゃあお前さんは、ナギにはサークルに入ってほしくないけど、それが言えない。

 それでいてナギに不祥事がないように監視はしたいけど、時間と運動技量がないから自分がサークルに入るのもできない。八方塞がりってわけか」

「んー、入ってほしくないってのは、語弊があるわね。それに……私がサークルに入れないなんて嘘に決まってるじゃない」

「は?」


 おい、待て。

 コイツ何やらまた頭のおかしい事を言ってるぞ?


「だって、お前自分で言ってたじゃねぇか。お金がないって」

「そんなもん、仮想通貨である程度資産あるわよ。親の援助なんて要らないくらいに」

「ウィンタースポーツ出来ないんだろう?」

「アンタ、スキー、スノボの申し子『鷲ヶ岳の雪姫』を前にしてそんな事言うなんて、正気?」

「いや知るかよ」


 なんだなんだ? コイツは一体何を言ってるんだ?


「……整理すると、お前はサークルに本当は入れるってのに、入らないってことか?」

「仕方ないじゃない。これも作戦のためだから」

「作戦?」

「そ、名付けて。『詩葉の魅力再認識作戦』」


 作戦名に全く魅力を感じないが、詩葉は少し得意げにそう言いながら話を続ける。


「惚れさせる宣言をした私だけど、進展はあまりない。だから考えたの……何が足りないのか。そしたら仮説が出てきたのよ、『あぁ、もしかしたらナギに私の魅力が伝わりきれてないのでは……』と」


 残念ながらその仮説は全くの的外れだ。

 詩葉の魅力はアイツに伝わりきっている。


 今朝なんて、詩葉の寝巻き姿についてどれだけナギに語られたと思っている。魅力が伝わってなきゃ、あんな醜態晒さんだろう。


「だからここいらでいっちょナギには、サークル活動を通して、私以外の女子を知ってもらうの。そうすれば、他の女子が比較対象となって、改めて私のナギへの愛情が身にしみると思うのよね。言うなれば、他の女子を出汁にして、私の魅力を再確認してもらおうかと」


 あくまでサークルの女共をえさに、自分がどれだけ素敵な女性であるかをナギに思い知らせてやるという事か。


 確かにナギに詩葉以外の女子を見させるためには、詩葉がサークルに入らない方がいい。

 ナギにとって詩葉という存在が近くにいないからアイツは、嫌でもサークルの時、他の女子を知る事になるからな。

 だから詩葉は、あえて入らないという選択をしたのか。


 だが……うーん、しかしなぁ。


「それをするのは分かったが、不安はないのか? もしその他の女子にナギが振り向いたりでもしたらどうするんだ?」


 まぁ、詩葉一筋のナギにそれはありえんが。

 もしも、という事がある。


「そうなのよねぇ……本当にそれが一番心配なのよ」


 詩葉は、さっき以上に項垂れる。

 不安に近い感情が全て表情から滲み出ていた。


「でも……ナギのオタク力が存分に発揮されて、周りの女の子がドン引けばーー」

「サークルの中にオタクの女子がいたら?」

「うわーー終わった! はい、私は一生独り身〜! ホイミとクドウと共に独り身の傷を舐め合うんだわ」


 コイツ、当たりが弱いなぁ。将来への悲観が早すぎる。

 それにあの二人が一生独り身と捉えているのはどうかと思うが。


「ま、まぁ落ち着けよ。ナギが行くウィンタースポーツサークルの状況次第だろ? そこにナギが好きそうな女子がいなければいいって話だ」

「女の先輩にはそんなような人いないから大丈夫だけど、心配は新入生よね。どんなのが入ってくるか分からないから」

「なんでお前サークルの状況知ってんだ?」

「そんなもん、調査してるに決まってるから」


 コイツはまた……怖い事をベラベラ言うな。


「それに、ナギにあのサークルに入るように仕向けたのも私だし」

「仕向けた?」


 なんだ、仕向けたって。

 選んだのナギ本人だろ。


「調査した中で一番マシなサークルはあそこぐらいだったからナギがあのサークルを選ぶようにしたの。例えば、わざわざあの広告をナギの目の前に置き、目立つように大きく赤丸を付けといた」


 俺は、さっきナギが見ていた広告を手に取る。すると確かに詩葉の言う通り異様に大きく赤丸が付いていた。


 しかもこれ……この広告本来のデザインじゃないな。他の部分と違うし、書き加えた感がある。詩葉によって付けられたのだろう。


「いやでもそんな事で運良く選ぶか?」


 もしかしたら他のサークルを選ぶかもしれない。ナギが選ぶやつを操るなんて出来ないだろう。


「それだけじゃないわ。ここ最近、ずっとスキー場の広告がポストに投函されてなかった?」

「……ん? あぁーーっ! あった! 新手の嫌がらせかと」


 こんな時期なのに、やたら広告が入ってたんだ。季節外れなのに誰が入れやがったんだって、ナギと話してたんだが……コイツが犯人か。


「ナギのTwi○ter、Inst○gramのフォロワーを見てみなさい、ここ最近ずっとスキー場やスノボのフォロワーが多いから。とまぁ色々やってナギが無意識にアレを手の取るようにした」

「こ、コイツ、なんて策士だ!!」


 日常からウィンタースポーツの何かをナギに見せ続け、無意識にこのサークルを選ばせるようにしてのか!?

 これって、なんて言うんだっけ。サブリミナル効果だっけ。

 ともかくだが、コイツ……どこまで策を張り巡らせていたんだ。


「気をつけなさい? 女ってのは好きな人のためなら悪魔にでもなるのよ」


 フフン、と詩葉はいつも以上に自慢げになっていた。


「……って、ちょっと待て!! じゃあお前はナギにサークルに入ってほしくないとは思いつつ、ナギにこのサークルに入るように仕向けたのか?」


 コイツの行動にはいささか矛盾している気がする。


「そうよ? 本音は男女の出会いの巣窟であるサークルなんかに入ってほしくない。でも、『詩葉の魅力再認識作戦』を実行するために、あえてあのサークルに入るように進めているの」


 入ってほしくないが、作戦のために自分の本音を隠し、逆の事をしている。

 コイツの状況を聞くだけで、なんだか、凄くまどろっこしいとさえ思ってしまった。


「しかし、ここまで私の意図に気づかないとは。レンもカンが鈍ったわね」

「お前がそこまでのモノになってるとは思わなかったからな」


 無意識にナギを操るとは、そのうち俺も操られるんじゃないのか?


「これじゃ、密偵Xの名が恥じるわよ」

「それ勝手にお前が名付けただけだろ!」


 今更だが、ナギノートの話に出てきた密偵Xとは何を隠そう俺の事だ。

 ナギが話している場では知らぬ顔をしていてが、実は知っていた。


 ではなぜに隠していたかというと、あの話の流れ的にナギと詩葉の一悶着の原因となったナギノートの創作者の一員が、俺と判明すれば、あの場で裏切り者として処罰されていただろうからな。


 しかし、声を大にして言いたい。俺は無実だ。

 まさかナギノートなんていう恐ろしいモノを作成する片棒を担がされていたとは全く知らなかったからだ。


「あそこまで私に協力してたのに、何を今更」

「協力ってほど、協力してないだろ。ただ一日一個ナギに関する事を喋れば、1ポイントくれるって言うから」


 このポイントが基準値に達すれば、詩葉から女の子を紹介してもらえるのだ。



 ……あれ? 俺、既に女子を餌にして詩葉に操られてた?

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