最終話 パージ

 崩壊したビルの中を探ると、瓦礫に両足を潰されたレッドがいた。

 潰れた両足は再生こそ既にしているが、瓦礫に足を挟まれ、単純に動けないだけである。


 仰向けのまま空を見れば、晴れ間が見えた……雨雲が流れていったらしい。体に気魄を纏うことで雨を防いでいたが、その心配もなくなったようだ。

 とりあえず早く救助隊がきてほしいと願うレッドは、近くに落ちた足音に気づいた。


「あ、イタズラし放題のレッドをはっけーん」


「……両手は動くからな? 

 早く引っ張れ、両足は千切れてもいい……そこは心臓じゃねえからな」


 近づいてくるピンクがいた。彼女はレッドの武器である手裏剣を回収していた。

「はいはい」と呟きながら彼の両腕を掴もうとして――寸前で、手裏剣で両腕を斬り落とした。


「は?」と、これにはレッドも困惑する。

 まあ、心臓ではないので、すぐに再生するから問題はないが……だとしても急である。

 イタズラにしては、質が悪いし……。


「てめえ、なんのつもりだよ」

「あ、腕じゃないんだ。じゃあ、お腹? 胸? やっぱり頭なのかな……」


「おいッ、なに移動した心臓を探そうとしてやがるッ! いいから早くここから助け出――」


「え、やだけど。こんな絶好のチャンスを逃したら、いつレッドを殺せるか分からないじゃん」


 ……冗談、を言っている感じではなかった。

 彼女は――ピンクは、本当にレッドを殺そうとしている……。


「て、めえ……」


「別に驚くことでもないでしょ。レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク、ブラック……全員が仲良しなわけがないし。

 気が合うグループってわけでもないでしょ。嫌なやつの一人や二人くらいいるものじゃん」


 ねーっ、とレッドに同意を求めるピンクは、言いながら刃をレッドの肉体に突き刺していく。


「がふっ」


「今期のレッドは正直、嫌いでさー、早く世代交代しないかなーって思っていたんだよね。……全然、戦死しないし、暗殺もされないし……長い時代になるのかなーと思えば、ちょうど良いところにこんな望んだ的があるなんて! 

 ……あの子にアシストライドを奪われておいて良かったね。ちょっと期待しただけで、こんなにも上手くいくなんて……めちゃくちゃラッキーっ!」


「ぴ、んく……てめえ、が、仕組んで……ッ」


「仕組んでないよ。流れに乗って美味しいところだけを横から取っていくだけ。大丈夫、レッドは地球を守るために怪獣と相討ちで戦死しましたって伝えるからね。

 ふふっ、死んでから評価されるなんて、さすが英雄だねえ、レッドぉー」


「ピンクゥッッ!!」


「うるせえよわがまま王子」


 ピンクが刺した刃が、レッドの心臓を貫いた。


「結局、頭かよ……そこはないだろ、って避けたところが結局、当たりだったなんてね……でもいっか。こいつを上から見下せてスッキリしたしね」


 手裏剣を引き抜き、ピンクは砂になっていくレッドを、見もしなかった。


「レッド、死んだよ……?」


 ピンクがスマホを取り出し、連絡を取る……相手は同じパージミックスのブルーだ。


『ああ、見つけて狙撃しておいた。

 あれが心臓持ちだったみたいだな。……さて、これで侵入した怪獣は撃退成功か』


「そうだね……、一気に厄介な存在が二人も消えてくれて最高の出来だよね」


『反逆したシンドロームズはどうする? ついでに殺しておくか?』


「ううん、必要ないよ。というか手を出したらわたしがブルーを殺すからね」


 同じ世代のパージミックスだが、仲が良いというわけではない。遠い血縁関係こそあるが、接し方はクラスメイトよりも遠さを感じさせる関係性だろう。

 仕事のパートナー、という言い方が適切か? いや、利害の一致……、利用し合っている?


 ともかく、簡単にレッドを殺したのは、精神的な障害がなかったからだ。

 それはピンクが特別なのではなく、他のパージミックスも同じく……。


 邪魔だと思えば殺す、そういう殺伐としたチームなのだった。


「あの子、わたしの専属シンドロームズにしようかなー。

 からかって遊びたいし、それに、単純な戦闘能力も高いでしょ、あれ」


 怪獣を利用していたとは言え――その発想こそ、飛び抜けた才能とも言えるが。


 小ささゆえに生き延びたみにいの扱い方を考えながら、ピンクが呟く。


「んー、次のレッドは、一体誰になるのかなー?」


 願わくば、裏から操作しやすいレッドでありますように。


 ―― ――


 目を覚ましたみにいが見たのは、泣き顔を向けている妹の姿だった。


 ……病院、である。稲妻を受け止めた影響だろう……、それがなくとも蓄積していたダメージは大きかったのだ、倒れても仕方ないだろう。


 ――生きていた、ということは、崩落したビルに潰されなかったわけか……。


 朦朧とした意識の中、手を伸ばして妹の頬を指で撫でる。

 彼女の涙をすくい上げ、にぃ、と笑って、


「無事で、良かった……」

「お姉ちゃんだよぉ……っっ!!」


 高身長で大人びた雰囲気を持つ妹も、まだ十四歳だ。家族が……最も大切な姉が病院へ運び込まれ、しかも大がかりな機械を取り付けられて延命されていると知らされていれば、最悪の結果も予想してしまうだろう……それで涙が止まらなくなったのも、分かる……。


 みにいが逆の立場であれば、同じように泣き喚いていたはずだ。


「あたしは、大丈夫だから……泣かないでよ、えりい――」


 しばらく、妹が落ち着くまで頭を撫でる。たっぷりと三十分も使って泣き疲れた妹は、真っ赤な目元を隠すことなく、みにいに向けてきた。


「次からは、無茶をしないように」

「うん……ごめんね」


 泣き腫らしていても美少女だなあ、と感心していると、にへら、と笑ったみにいの顔を反省していないな、と捉えたのか、えりいの視線が鋭くなる。


「…………お姉ちゃーん……?」


「分かってるって。ちゃんと、次からはみんなに頼るから……」


 先輩がいるし、他のシンドロームズのメンバーにも、後でなにを言われるか分かったものではないが、それでもその場で利用できるものは利用するべきだろう。


 一人で全てをする必要もない。

 それに、自分の小ささを活かせば、戦術の幅も広がるはずだ。


 シンドロームズで組めば、自分は一つの歯車でしかない……その中での小ささは、やはり分かりやすい結果こそ得られなくとも、戦術の土台を作る……かもしれない。


「あ、怪獣は……」

「撃退されたって、テレビで言ってたよ。お姉ちゃんみたいに小さな怪獣だって」


「えりいでも怒るよ? ……小さいって言うな」

「でもお姉ちゃん、嬉しそうだけど」


 えりいも分かって言ったのだろう、今の姉なら、『小さい』は侮蔑と取られないだろうと。

 みにいもまた、今までがそうだったから同じ反応をしただけで、内心ではそう言われたことに少し、嬉しさを感じていた。


 小さいということは、今や自分の価値である。


 こうしてえりいを無事に守れたのであれば、小さいことに価値はあったのだ――。


「えりい。体が大きくて嫌だったことって、ある?」


「あるよ。たくさんある。でも……、同じくらい、良かったこともあるから」


 コンプレックスを失くすことは自身のアイデンティティを失うことと同じだ――突出したそれは個性であり、自身の価値を加点しようと、減点しようと、それを全てひっくるめて、自分である。嫌な部分が分かるということは、自分はそれを、ということなのだから――あとは使い方次第、受け止め方次第である。


 向き合い方で、価値が決まる。

 持っているだけで、贅沢なのだから。


 こんこん、と扉がノックされる。お見舞い客だ。


 彼女はこれから先、何度も何度も「小さい」と言われるだろう……でも、もう嫌な顔はしない、腹が立って不機嫌になったりもしない。ただ自信を持って答えるだけだ。


 だってあたしは、


 世界で唯一の、ミニマムヒーローだから。

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ミニマムヒーローとミニマル怪獣 渡貫とゐち @josho

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