第13話 最終決戦
指定されたビルの正面から、正直に侵入するみにいではなかった。脇にあった非常階段から上がる……、ぎしぎしと軋む階段はネジがほとんど埋まっていないのではないかと思わせる。
取り壊し予定……と聞いているが、既にあとは爆破するだけで、最小限の被害で倒れるようにセッティングされているのではないか――。
指定されたのはこのビル、というだけなので、ひとまず様子見として屋上へ上がったみにいだったが、待っていたようにレッドが立っていた。
遠目にみにいがやってきたのが見えたから移動したのではなく、元々、屋上にいたようだ。
屋上にいたのはパージミックスとしての自覚からだろうか。
人を見下す彼らしい動機しか思い浮かばなかった。
「時間通りにきたのか。素直にターゲットの怪獣まで連れてきてるし、まあ及第点か」
「……えりいはどこだ」
「全てが終わったら教えてやるよ。少なくともこのビルにはいねえよ」
そうかよ、とみにいが口の中で呟く。
……このビルにはいない、そりゃ好都合である。
全てが終わったら。
もちろん、みにいもそのつもりだった。
雨足はさっきよりも弱くなっていた……ピークは過ぎたのだろう。あとは雨雲が流れていき、次第に晴れ間が顔を覗かせるはずだ――。
「雨の中、わざわざ屋上で待っていてくれて……、……?」
言いながら、みにいは違和感に気づいた。
ピンクは髪も服も雨でびしょ濡れになっていた。今も雨足は強くはないが、それでも大粒の雨は降っているのだ……、なのに、目の前にいるレッドは一切、濡れていない。整髪料で逆立てた髪も、赤い上下のジャージも、運動靴も、マフラーも、全てが清潔なままだった。
「どうした、早くその怪獣を寄こせ――そいつが心臓持ちなんだろ?」
「……ここで退治していいのか? 大衆に見せる必要が……」
「この際、過程はどうでもいいだろ。怪獣を殺すことであちこちで頻発している事故が止まるんだ。あとは俺が出ていけば、パージミックスのおかげだと納得するだろう……、怪獣に攻撃が通るのはアシストライドだけだ」
そう、つまり不慮の事故による怪獣の死亡がない以上、アシストライドを持つパージミックスが救ってくれた、と大衆は受け入れるはずだ。……実はアシストライドは誰にでも扱える、ということを知らなければどうとでも言えるのだから。
この際、パージミックスの誰が怪獣を撃退したのかは、想像に任せることにする。
落ちた信用は別の機会に取り戻せばいいだけだ。
「さ、そいつを寄こせ。お前が説得して連れてきたんだろ? 持ってこい。それが嫌ならどけ、俺の射線に入ってくんじゃねえよ」
みにいは無言で横へずれた。レッドから怪獣へ、直線の道ができる。
差し出されたカエル顔のトカゲサイズの怪獣はくりっとした目で首を傾げていた。
「手こずらせやがって……これで終わりだ――ったく、とんだ残業だぜ、クソガキが」
取り出したのは花弁のように湾曲する刃……、持ち手が輪になっており、握り方が独特だった。傘を持つような……、あれでは打ち合った時に力負けをするのではないか。
レッドは当然、自身の武器の得手不得手を理解しているようで、その剣(?)を真横から投げた。くるくると回転するそれはまるでブーメランのように――みにいへ迫ってくる。
「は!?」
咄嗟に屈む。頭の真上を通り過ぎるそれは、急旋回してみにいを執拗に狙ってくる。
まるで糸で繋がっているかのように――追跡しているのだ。
「ッッ」
「いくら妹のためとは言え、怪獣を説得して連れてこれるわけねえだろ。この場所に時間内に素直に連れてきた段階で罠だって疑うだろ、バカじゃねえの?
どうせ俺をはめようとしてるってことは分かんだよ――」
追跡してくる剣を避け……ふと見ればレッドは残り三本の、同じような湾曲した刃を持つ剣を手に持っていた。――四本で一つ。いや、四枚で一本と言うべきか。
その花弁は組み合わせることで真価を発揮する……形はまるで、手裏剣である。
「俺の気魄で手裏剣とお前を繋げておいた。分裂した花弁が周囲を飛び回るこの状況で全てを避け続けられるもんなら、避け続けてみろよッッ!!」
最も手前にある手裏剣から避けていく。小さいことが幸いし、地面を転がれば、地面と衝突することを避けようとする手裏剣はみにいを仕留めることができない。
……もちろん突き刺さることを良しとすれば遠慮なくぶっ刺してくるのだろうが。ただそれはそれで、地面に刺さった手裏剣はしばらく動けなくなる……、枚数を減らすことはみにいにとっては願ったり叶ったりだ。
転がりながら、みにいはピンクから奪ったアシストライドを取り出し、折り畳まれた状態から組み立て、弓を作り出す……。使い方は分からないが、感圧タッチで起動したアシストライドが気魄による矢を生み出した――だが、たったそれだけでアシストライドに蓄えられていた気魄が消費されてしまったようだ……。
「あ、あいつ……全然補充してなかったのか!?」
まめな性格ではないピンクのことを考えれば、すぐに分かったことである。女子高生らしくスマホの充電こそこまめにしているらしいが、使う機会がない(サボり癖がある)アシストライドを逐一万全な状態にする習慣はなかったようだ。
そもそもみにいと違い、その場その場で気魄を流し込んでいるパージミックスは、あらかじめ補充しておく必要はないのだ。
これはアシストライドのエネルギー残量を確認しなかったみにいが悪い……。そして貴重な一本を放つ前に、エネルギー切れで弓の機能がなくなったことを許してしまったことも……、
矢は手にあったのだ、すぐに放つべきだった、のに……っ。
エネルギー切れのアシストライドは、ただの武器としても利用できない。電動自転車のように電池が切れても多少は重いが、ペダルが踏めないわけではない、とは話が違う。
弓の糸は気魄を利用していたのだ……糸がなければ弓としては使い物にならない。鈍器としては使えるかもしれないが、軽量させたその本体は鈍器としての効果も薄いだろう……。
つまり、みにいの攻撃手段がなくなった。
レッドへの対抗手段も同じく――。
すると、耳に届く、バチィ、という音。敏感に聞き取れたのはついさっき同じ音を聞いたからだ――音は、地面に突き刺さった手裏剣からだった。
みにいを狙わなかった一枚が、少し距離を置いて地面に突き刺さっていた。空中に浮かぶのは三枚の花弁……、
バチッッ、という音が不穏感を高めていく。
浮遊する三枚の手裏剣は、みにいの周囲をくるくると回っている……エネルギーがある限り自走するのだろう――バチチッ、と、赤い稲妻がみにいの視界に入る。
転がったみにいが見たのは真上を飛ぶ花弁へ、稲妻が繋がった様子だった。
そして浮遊していた一枚の花弁が、みにいの背後に落ちる。突き刺さったそれを振り返って見ると、この位置は……、花弁と花弁に挟まれたこの位置はまずいと、本能が警鐘を鳴らす。
上空の稲妻。
地面に落ちた二枚の花弁――全てが繋がれば、では道中にいるみにいはどうなる?
「――しまっ」
「遅ぇよ」
落ちた稲妻が花弁と花弁に繋がり、間にいたみにいを撃ち抜いた。
背を逸らすみにいは支える手を出すことなく地面に倒れる。
しゅうう、と黒煙が彼女から上空へ舞い上がり――、そして残っていた一枚の手裏剣がとどめとばかりに倒れたみにいの背へ落ちていき、
刃が柔らかい彼女の皮膚を裂く――否。
レインコートの内側で裂けたのは、小さな怪獣だった――しかしすぐさま再生し、彼の命に別状はない。
「どうせ心臓持ちじゃねえだろうし、再生したことに驚きはしねえがな……」
レインコートの下に潜ませていた怪獣は盾代わりだ。それを何層にも重ねていたが、さすがに電撃を防ぐことはできなかったようだ。朦朧とした意識の中、みにいは呟く……、
「…………時間稼ぎは、できた………………よな……?」
ぴく、と反応したのはレッドだった。……時間稼ぎ?
「ああ、いつでもいけるぞ、ミニマムヒーロー」
「……あとは運次第、だな……こんな瀕死で、もう逃げる体力もないけど……ここからは、この小ささに、賭けるしかない――」
ずずんっっ、という振動がビル全体を襲った。そこでレッドも理解したらしい。
「……このビルを、倒壊させるつもりかよ!?」
さすがにパージミックスとは言え、崩落に巻き込まれてしまえば死にはしないが、生き埋めの可能性が出てくる。それは避けたいところだった。
ビルが倒壊する前に脱出を考えたレッドだったが、アシストライドによる地面の亀裂が影響したのか、彼の足場が砕けた。
「ッ、こんなピンポイントで崩れるわけが……ッ」
「ああ、オレが崩した」
下の階でレッドを待っていたのは、暗闇の中でこちらを見る、数百匹のカエル……ではなく、トカゲでもなく、怪獣だった。
彼らはみにいが時間を稼いでいる間に、小ささを活かしてビルの支柱を傾けていたのだ。
たった一人ではできないことも、数十人、数百人の力が合わせればできる――これが小ささの強みである。
巨大であれば壊すこと自体は簡単にできるが、守るべき人間も巻き込んでしまう。
こういうところは、やはり小回りが利く小ささゆえの利点である。
「あいつは最終手段、と言っていたがな……やっぱり、本物のヒーローには敵わないか」
「てめえ……クソ、足にしがみつくな――うぜぇんだよクソ怪獣がッッ!!」
「あいつは力がなかっただろう、だからこそ相手の武器を奪い、立地を利用し、格上のお前を倒そうとしたんだ……今できることを総動員してな。自分の命さえも賭けにして。
……偽物のヒーローだが、怪獣と力を合わせれば本物のヒーローを倒すことは、できるんだ」
みにいがしたことは褒められたことではないだろう、地球を守るヒーローを一人、再起不能にしようとしたのだから。
だが、彼女は守りたかったのだ……妹を。
たった一人の被害者を、ヒーローという皮を被った、王座でふんぞり返る怪獣から。
海浜崎みにいは、だから妹にとっては間違いなく、本物のヒーローである。
「お前を殺すのはあいつじゃない、オレだよ……ヒーローよ、今回は怪獣側の勝利だな」
「なめ、るなよ……ッ! 個を集めた集団の力に、この俺が押し負けると思うかッ!?」
「押し潰すのはオレじゃない……てめえが立つ、この建物だろ」
カエル顔の怪獣が目を細めた時だった。
ギリギリのところでバランスを保っていたビルが、支柱の一つを自重で押し潰し、崩壊を始める。景色が斜めになっていくのを見つめながら、レッドは自身の体を地面に縫い付けるように乗っかってくる怪獣たちになす術もなく、
「ッッざけんなッ! 俺はパージミックスだ、ヒーローだ、王族だぞ!!
こんな地味で誰も見ていないところで戦死するべき人間じゃ、ねえんだよォッッ!!」
「死なねえよ、お前は」
怪獣は告げた。それは、自身にも言えることだからだ。
「地中で永遠に生き続けようぜ。ま、オレの本体はまったく別のところにいるがな」
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