2

 腕時計の針はすっかり夜の時間を指しているのに、空には夕暮れが残ったままだ。夏は陽の落ちる速度が遅いせいで、どうしてもリズムが狂ってしまう。それでも、昼間と比べれば空気は温く、ちょうどいい。町にはまだ沢山の人が溢れていて、水と油が解離しているような世界が広がっていた。

 僕たちはそんな空気の中をかき分けながら、息を潜めるように歩いている。お互いに何も喋らなかった。それが気まずいなんてことはなく、寧ろ僕としてはありがたい。疲れが身体に残っているというのもあるけれど、今はとても、彼女と話せる気分ではない。二人でいても、自分の内面を見つめるだけしかできなかった。

 僕はなぜ自分があんな夢を見てしまったのか分からない。夢は記憶の整理をしている最中に見るものだから、現実ではあり得ない状況を見ることが多いと聞いたことがある。さらには、無意識へと押し込めたものも浮かんでくる瞬間であるとも。僕はきっと、あの日々と音切と出会ってからの日々の中を重ねてしまったのだろう。現実に彼女があの人と一緒の人種だとすれば、僕はどうしていたのか、と考えていたのかもしれない。ならば尚更、酷いものだ。気に食わなければ壊す。気に入らなければ否定する。そして、自分は正しいという理論を振りかざして、傷付けることを正当化し、必要があれば事実を書き換える。まるであの人と同じ思考回路だ。散々傷を負って理解したはずなのに、僕の根っこには似たものが芽生えていた。

 歩きながら、グラデーションの境目を見遣る。浮かぶ雲の色も徐々に変化しており、後ろの方はもうすっかり夜を受け入れていた。人は傷ついた分だけ優しくなれると、いつかの道徳の授業で習ったことを、ふと思い出す。傷を受け入れて、他人を思いやることができるのだと。だけど、そんなことはただの理想論に過ぎない。もしも傷ついた人間が優しくなれるのなら、この世は優しさでいっぱいになっていて、不幸や苦しみなんて言葉は生まれてこなかったはずだ。時代が重なる毎に、加虐するものは淘汰されて、幸せが生活を覆ってくれていても、おかしくないはずなのに。そうなっていないというのはつまり、傷を受け入れて繰り返さないようにしようとする人間は、ほんの一握りしかいないということだ。僕たちは背負った不幸や苦しみを、他人にも味合わせなければ生きていけないし、気が済まない。足元にいるものは踏みつけ、上にいるものには身体についた泥を投げ、傷ついた人間を見て安心したいのだ。そんな歪んだ欲求が、遺伝子には刻まれているのだと思う。

 だから僕は、夢の中で音切を殺そうとしたのだろう。僕の願う彼女の像を持たなかった彼女を否定し、首を絞めた。きっと、僕の正体はいつの間にかあの人の暴力と同じものへと書き換えられていたのだ。情けないことだが、そんな風に考えないと自分を否定できなかった。

「ねえ、コンビニ寄っていい?」

 隣にいた音切が急に止まって、そう言った。自転車のブレーキの軋む音が響く。すぐに止まれなかった僕は彼女から数歩先で振り返った。

「いいよ。何か買うの?」

 コンビニはもう通り過ぎていた。何か買いたいものでも思い出したのだろうかと思い、僕は彼女へとついていく。

「喉乾いたからコーヒー買おうかなって」

「だったら、僕に出させてよ」

「どうして君が出すの?」

 僕からの提案に、音切は少し首をこちらへ向けて問うてきた。

「ほら、今日は助けてくれたじゃないか。まだお礼できてなかったな、と思って」

 言葉を探しながらも言うと、彼女はクスクスと笑い、そんなの良いのに、と返してくる。なんだか照れくさくなってしまい、僕は視線を逸らした。鼓膜は雑踏の中に響く音切の押す自転車の、錆びついて甲高い音だけを拾っている。

「そうしないと、僕の気が済まないんだ。だから頼むよ」

「そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 結局、やり取りをしている間、彼女の方を向けずじまいだった。だけど、音切はずっと僕を見ているような気配があって、内心で少し、居心地の悪さを感じてしまった。


 コンビニへ入ると、音切は迷うことなくアイスコーナーにあるラージサイズのコーヒー用カップを手に取り、僕へと渡してきた。よく冷えた氷の入ったカップは、手の平にまだ熱があることを実感させるほど気持ちいい。戸惑った表情をしてしまったためか、音切は最初から私はこれを買うつもりだった、無理なら自分で払うと言い、ある意味で逃げ道を潰してきた。仕方なく、僕は自分の飲み物も取り、レジで会計を済ませた。

 彼女がコーヒーマシンでコーヒーを入れている間、僕は外で待っていることにした。店の中は仕事終わりの人々でいっぱいで居づらかったからだ。改めて外へ出ると、店内よりも暖かく感じる。

 さっきまで空は綺麗に晴れていたのに、どこから来たのか、綿埃のように分厚いグレーの雲が忍び寄っていた。今朝の天気予報で今晩は雨になると言っていたことを、今更になって思い出す。いつもなら折り畳み傘を鞄に入れているけれど、今日に限って家に置いてきてしまった。雨模様を見ながら、帰るまでに降り出さないことを祈るばかりだ。

「お待たせ」

 店内からようやく音切が出てきた。手に持ったカップの中身は既に少し減っている。店内で少し飲んだのだろうか。

「行こ」

 止めてある自転車のスタンドを上げると、すぐに歩き出す。片手でコーヒーを飲みながら器用に自転車を押す彼女の隣へと、僕もついていく。

 雨の予感が近づいているせいで、心なしか人々の歩幅は大きくなっている気がした。それでも、やっぱり僕たちは気にすることなく、いつもの調子で歩みを進めている。そう、いつものように。ただ僕を除いて。

「なあ、音切」

 コンビニで多少の会話をしたお蔭か、彼女の名前を呼ぶのに特段の苦労は必要なかった。ただ、顔を向けて話すことはできず、横目に姿を見ることしかできない。コーヒーを飲むストローから口を離し、彼女は何、と聞いてくる。いつの間にか、中身は半分ほどまで減っていた。

「変なこと聞くけど、いいかな」

「君の質問はいつも変なことだから気にしないよ」

 そう言って、彼女はくつくつと笑う。こちらは真剣なのに、何だか小馬鹿にされている気分だ。

「信頼、って何だと思う?」

 心臓がどこにあるのか分かってしまうくらい、大きな鼓動を打っていた。声も若干、上ずっていて、身体中から緊張が伝わってくる。これは、音切に対してだけの質問ではない。僕自身の中に、本当は何が潜んでいるのかを確かめるための問でもあるのだ。

「責任の押し付けかな。人の言葉を頼るって書いて信頼でしょ? だから、相手のやる気とかにつけこんで、何から何まで押し付けて、自分で責任を取りたくないことを言うんだと思うよ」

「じゃあ、君は今まで誰かを信頼をしたことある?」

 彼女はない、と即答し、手に持ったカップを自転車の籠の隅へと置いた。

「だって狡いじゃない、そういうのって。相手を使っておいて、失敗したら信頼してたのに、って言葉で片づけるのなんて、都合よすぎると思う」

 君はどう思うの、と音切は聞き返してきた。道路の舗装が悪いせいか、自転車は揺れていて、その振動でカップの中に残った氷が音を立てる。彼女はその様子をずっと眺めていて、こちらへは目もくれない。

「信頼は……そうだね、君と同じように人を使うことだと思う。ただ、立場によって言葉の意味は変わってくるんだと思う。上の立場からの信頼は命令に近くて、下の立場からの信頼はただの洗脳に過ぎない、と思うよ」

 頭を捻っても、浮かんでくるのはあの人の姿だけだった。そして、そこから伸びる影が僕の全身を覆っていて、答えを考えても、行きつく先はたった一つだけだ。自分から出たものなんて何もなかった。僕は生まれた時から変わらない空っぽで、周りから注がれるだけのコーヒーカップと同じ、無色透明のイエスマンなのかもしれない。

「酷い考え方ね」

「君と似たような答えだよ」

「じゃあ同じ質問をもう一つ返すね。君は誰かを信頼したこと、あるの?」

 少しの間、答えるのを躊躇ってから僕はある、と言った。音切はそれ以上、何も聞いてこない。一歩踏み出す度に、沈黙が重なっていく。ひとつひとつが重たくて、どうにも払い除けられそうになかった。その内、いつもの長い踏切に引っかかってしまい、堆積した無言を、甲高い警鐘がバラバラにならないよう、縫い合わせた。

 誰かを信頼することの愚かさを、嫌というほど味わった。何度も捨てられ、踏みにじられ、裏切りと不信という言葉さえこの身で覚えてきた。なのに、まだ僕は拠り所を求めてしまっている。誰かを信じ、何かを信じなければ、僕は簡単にバランスを崩してしまいそうなのだ。

「信頼を失ったら、どうなるんだろうね」

 恐怖は口を勝手に動かしていた。その解答をちゃんと知っているのに。だけど、僕はきっと、他の誰かに自分とは違う、優しい答えを期待してしまっているのだ。僕にべっとりと張り付いた暗い影を、剥がしてもらいたい。じゃないと、ずっとこのまま、僕は呪われ続けるに違いない。

 声は届いたのか、届かなかったのか、どちらとも判然としないが、彼女は何も答えてくれなかった。僕たちはただ黙って電車が通り過ぎるのを待つ。ずっとこのままが続けばいいのに、と僕は思う。ずっとこのまま、答えが返ってこないまま、永遠に彼女の口が開くのを待ち続ける時間。過去も今も、なくなってしまえばいい。

「雨、降りそう」

 音切が空を仰いで呟いた。長髪が電車の通った後の風にさらわれている。空はグレーに染まっていて、本当に今にも雨が降り出しそうだ。西にあった夕焼けの残滓も、もうすっかり見えなくなっている。遮断機が上がると、人々は足早に歩き出した。雑踏が迫っては過ぎ去っていく。大半の人は傘を持っているのに、帰路を急いでいた。傘を持っているのに、どうしてそんなに急いで歩くのだろう。雨が降り出しても、守ってくれるものがあるのなら、頼るべきではないのだろうか。

「私はね」

 線路の中腹あたりに差しかかった時、音切が口を開いた。ざわつく周囲のせいで聞き漏らしそうになるほど小さな声で、彼女は言う。

「信頼なんてそもそも本当はないと思うよ。君にどんな過去があるのか知らないけど、きっと関係してるんでしょ? もし君が信頼を失ったことで悩んでるんだったら、それは相手が君に見た幻想だよ。だから気にする必要なんてないと思う」

 隣を見ると、彼女もこちらへ向いて笑った。おかしなことに、いつもの冷たさを感じる笑顔ではなく、柔らかなタオルのような、微かながら温かさを感じるものだった。

「そうなのかな」

「そうだよ」

 本当に、そうならいいのに。僕は心の中で彼女の言うことを否定した。正確には、僕の心の中に巣食う、僕に似た過去の影が。現実はいつも残酷なものだ。僕が音切を知らないように、彼女もまた僕を知らない。ならば、僕の抱える絶望を前向きに否定する言葉をかけてくれても、それはただの慰めでしかないのだ。贅沢だな、と僕は思う。本心かどうかは別としても、こうして僕のことを想ってくれる人が隣にいるのに。それすら拒もうとしてしまうくらい、僕は落ちぶれているのだ。

 それでも、僕は多分、音切のことを信頼しているのだと思う。何も知らなくてもいい。ただ彼女に導いてもらいたい。全てを失った僕にとって、彼女はたった一つの希望なのだ。もしもその正体が絶望であったとしても。

「ありがとう」

 彼女と別れる道で立ち止まり、僕は言った。音切は自転車に跨って、こちらへ疑問の視線を投げかけてくる。

「ほら、ちゃんと今日のお礼、言えてなかったからさ」

「別に、そういうのいらないのに」

「僕の気が済まないんだよ」

「君ってちょっと、頑固なところあるよね」

「そんなに?」

「あると思う」

 僕たちはどちらからともなく自然と笑っていた。他人から見ればどうでもいいくらい何気ないことだと思う。僕は今、魔法でもかけられたかのように、幸せを犇々と感じている。空が曇っていても、鬱陶しいくらいに風が強くても、人々が僕たちを一瞥して行っても。苦しみなんて最初からなかったみたいに綺麗に見えて、時間の流れに緩急がなくなっていく。それでも、この瞬間は紛うことなく現実なのだ。

 話し込んでいる内に、ついには雨が降り始めた。空を仰ぐと、頬に小さな雨粒が当たってくる。すぐにでも雨脚は強くなるかもしれない。西の空には晴れ間がまだあって、僅かに橙色の陽の光も残っているのに、なんだか不思議な気分だ。

「そろそろ行こうか。強くなったら嫌だし」

「そうだね」

 同じように見上げていた音切も、家の方向へと自転車を向ける。

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 明日がある。分かっていても、僕はまだ彼女と一緒にいたいと思ってしまう。魔法の解ける前のように寂然とした雰囲気が、苦しみを再び呼び起こす。昔の孤独とは、また違った苦しみだった。きっと明日もあるのに。締め付けられる胸から湧き出す感情によって、身体は勝手に動き、自転車を漕ぎ出そうとしていた彼女の肩を掴んだ。

「何、どうしたの?」

 音切は驚いた様子を見せず、寧ろこうして呼び止められることを予感していたようだった。上がった口角がそう語っている。僕は何も言えないまま、そっと手を離した。雨が手の甲を濡らす。光に照らされる雨粒たちは星のように煌めき、風景を彩っていた。そして、僕を見つめる音切の白い肌もまた、同じ輝きを放っている。マジックアワー、魔法の時間。なんでもかんでも奇跡に例えられるほどに、今の僕には全てが美しく見えてしまう。

「音切、僕は――」

「一緒に行く?」

 食い気味に問うて、彼女は僕へと手を差し伸べてきた。出会った時、天国へと誘ってくれた時のように。だけど、足元の影は気に食わないのか、僕を必死に止めようとしてくる。それもきっと、本能なのだと思う。手を出すべきではない危険な匂いを孕んだ手から、自身を守るための最後の手段なのだ。もう一度、この手を取ってしまえば、孤独を受け入れることなんて、もうできなくなってしまうだろう。

 それでもいい。それでも、僕は――

「華乃!」

 手を伸ばそうとした時、踏切側の道路から、彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。二人して同時に振り向くと、そこには僕よりも年上っぽい、スーツ姿の背の高い男が立っていた。

「どうしてあなたがここにいるの」

 音切はその男を見て、確かにそう言った。二人の間には触れれば感電してしまいそうなくらい、緊張した雰囲気が流れている。睨み合っているようにも、見つめ合っているようにも見えた。状況が掴めない僕は、交互に彼女たちを見遣ることしかできない。

「やっぱり、俺はお前のことが心配なんだ。お前にしたことは何度だって謝る。だから、もう一度だけ、一緒に暮らしてくれないか?」

 よく分からないが、僕だけがこの中で一番の部外者になっていることは確からしい。邪推はしたくなかったが、昔の恋人か何かだろうか。空の雲行きも怪しくなってきて、パラパラと小粒だった雨は、気付いた頃には霧雨へと変わっていた。並々ならぬ空気が嫌な予感を伝えてくる。何か、取り返しのつかないことが起こってしまう。困惑の片隅にある冷静さは、そのことだけしっかりと理解していた。

「二度と会わないって約束したのに、よく私の前に出てこれたね」

 盗み見た音切の顔は少しも笑っていなかった。今までにないくらい冷酷な顔で、逆光の位置にあることを差し置いても、目は黒く澱んでいて造り物のようだ。その暗い穴から、何か得体の知れない怪物が出てきそうだった。僕は嫌というほどこの気配を知っている。これは殺気だ。夢の中の彼女へと僕が抱いた感情。誰かを殺し、何かを壊すという強い意志の表れ。音切の内側に、ずっと感じていたものの正体を垣間見て、僕はぞっとしている。そもそも、彼女が誰かに怒りをぶつける姿を目にすること自体、初めてだった。

「音切……」

 名前を呼ぶと、彼女は目だけをこちらへ遣ったが、それだけで僕は一歩、後退りしてしまった。

「君には関係ないよ。早く帰りなよ」

 冷たく言い放たれても、僕は何も言い返せなかったし、言い返せる余裕すらなかった。無論、言われた通り帰ろうと、身体を動かすこともできない。僕はオブジェクトのようにその場で固まることしかできず、ただ時間が過ぎていくのを待っていた。

「華乃、一緒に帰ろう」

「嫌だって言ってるでしょ。来ないで!」

 少しずつ距離を詰めてくる男に向かって、音切は声を荒げながら自転車の籠に入ったコーヒーカップを投げつけた。中空を舞っている間に、蓋が開いて中にある溶けた氷が飛び散っていく。男は咄嗟に腕を上げて顔を守ったが、スーツに液体がかかって汚れてしまった。

 僕も彼も、その行動に狼狽している内に、彼女は自転車を漕いで逃げて行く。呼び止めようと踏み出した時には遅く、背中は通りの角へと消えて行った。後には空っぽになったカップが、風に吹かれながら奏でる間抜けな音だけが残っていた。

 一連のやり取りに呆然としていると、男が僕の隣へと来た。カップを投げられた時に濡れたスーツの袖からは、水滴が垂れている。

「お見苦しいところを見せてしまいましたね」

 申し訳ございません、と言い、男は丁寧にお辞儀をしてきた。僕はまだ何が起こったのかさえ理解できず、戸惑うことしかできない。

「失礼ですが、華乃とはどういった間柄なのでしょう?」

 一番聞きたいことを、男の方から質問してきた。面食らったままの僕は友人です、と当たり障りのない返事をしておく。彼は安堵したのか、溜息を一つ吐いた。遠目だと一回りくらいは上に見えたが、近づいてみると、歳はそこまで離れていないみたいだ。

「その様子だと俺のことは華乃から聞いていないみたいですね」

「そうですね。僕は彼女から交友関係などは聞いていませんから」

 付き合っていたとしても問題はなさそうな年齢差に見えたので、探りを入れるつもりで答えた。男は苦笑いをしながら、ポケットからハンカチを取り出し、濡れた手を拭く。

「ごめんなさい、申し遅れました。俺は華乃の兄。音切蓮と言います」

 衝撃を受けたことを代弁するかのように、頭上で雷の音が轟いた。それを皮切りにして、霧雨は大粒の雨へと変貌していく。西の方角まですっかり雲に覆われて、普段より一足早く、夜が訪れていた。

 音切の兄。似ても似つかないとはこのことを言うのだろう。醸し出す印象も音切とは違って社交的だし、丁寧だ。だけど、そう言われてみれば不思議なもので、アーモンド形の目元や、鼻の形、細い体型など、共通点を見出すことができてしまう。

 雨脚はすぐに強くなり、蒸れたにおいが立ち込め、雨の音が響き始めた。空を仰いでから、もっと激しくなるのだろう、と思い、お互いに顔を見合わせる。

「どこかへ入りませんか?」

 誘ってくる音切のお兄さんに、僕はついていくべきか躊躇してしまう。

「俺とあの子に何があったのか、全部話します。もちろん……聞く覚悟があれば、ですが」

 内心で迷いながらも僕は了承し、足早に二人して近くの喫茶店へと向かった。

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