怪奇現象解明ツアー

 放課後になって部室に寄って準備を終えて十七時前、遠山が勝手に決めた『オカルト研究部主催・怪奇現象解明ツアー』の集合場所である学食前に向かう足取りは重い。

 なんでも、学園祭のための準備と称して下校時間の延長の申請を通していたり、新聞部を呼んでいたりと俺のどん底のモチベーションに対して何故かやる気満々なイベントに仕立て上げられているせいだ。

 部室を出て西日の射す裏庭を抜け、本館一階の廊下の先にある食堂の方に目を遣ると……

 いや、なんかめっちゃ人が集まってるんだが。なんか適当に言い訳考えてバックレようかな?

 となると今ここで見つかってはヤバい。ツアー参加者と思われる女子の集団の目に留まる前に廊下の脇に設置されている掃除ロッカーに身を隠そうとするが、


「あーっ! 来た来た! おーい! オカケーン!」


 くっそ。一足遅かったか。さすがに目ざといな。

 よく通る遠山の声が廊下に響き、女子たちの視線が一気に俺に突き刺さる。そしてやむを得なく、奇異と好奇の視線と黄色い歓声を浴びながら地獄へ向かう長い長い廊下を人だかりの食堂に向かって歩く羽目になった。

 そして、ようやくのことで学食前にたどり着き、例の赤いふんどしを付けた狸の置物の前に立って集団の方に振り向く。よく見ると委員長と今朝押しかけて来た一年女子代表の子もいる。


「……えーと、なんだっけ? あー、それじゃあ、これから最近校内で噂になってる事件を解明しようということで、この俺、オカルト研究部部長の――」

「はい! このオカケン隊長と助手の遠山茉莉花が、その名も!『怪奇現象解明ツアー』をご案内していきたいと思いまーす!」


 いや、名乗らせろよ。っていうかこういうノリでやるの?


(遠山さん、みんな怖がってるんじゃなかったの?)

(そだよ? だから怖がらせないように明るく盛り上げてこうと思って)

(ああ、そうですか)


「まずはツアーに入る前に、怪奇現象っていうのは大体ほとんどが幽霊なんかを怖がる人の勘違いとか、そういう噂を流して面白がる愉快犯なんだけど、今回の話の一つ、遠山さんの稲荷寿司が消えた事件みたいなのもたまにはあるんだ」

「そうそう、オカケン隊長によると校舎裏の社のお腹を空かせたお稲荷さんが持ってっちゃったみたいで、お礼の代わりにこれが置いてあったのよー」


 と、遠山は俺の話に合わせるように言って、赤い鳥居と狐のキャラで飾られた手作りのお守り袋を鞄から外して中に入った赤い葉っぱをみんなに見せる。


「うん、幸いなことに、これは悪いものじゃなさそうだし、噂になっている他の五つの話はどれも怪奇現象じゃないものとして解明できる物ばかりなだから、みんなには安心してほしいんだ」


「あの、少し質問よろしいですか?」


 そう言って姿勢正しく手を上げたのは新聞部の腕章をした三年の先輩だ。


「はい。なんですか?」


 先輩は下ろした手を長いおくれ毛の隙間に差し込んで眼鏡を直してレンズをきらりと光らせ、胸ポケットからメモ帳を取り出す。


 何この威圧感。一体何聞かれるんだろう? いきなりツッコまれたりしないよな?


「今回噂になっている六つの話について聞かせていただけますか?」

「えーと、まずは今お話しした『稲荷寿司消失事件』。それと、そこにある到底一人じゃ動かせない狸の置物にふんどしが着けられてた『ふんどしタヌキ事件』、誰もいない音楽室から動揺が聞こえる『音楽室の子どもの幽霊』、校舎裏で女の子の手毬唄が聞こえる『校舎裏の手毬唄』、校舎内を歩いていたら黒猫の影が横切るのに探しても見つからない『見つからない黒猫』、十円玉を自分で動かして願いをかなえてもらう『逆こっくりさん』の六つですね」


 そういうと、先輩はふんふんと頷きながらメモ帳にペンを走らせ、その手が止まるのを見計らって続ける。


「そのうちすでに解決しているのは、さっきの『稲荷寿司消失事件』と、『見つからない黒猫』は恐ろしく警戒心が強くてすばしっこい黒猫が裏庭に住み着いていたみたいで、たまたまオカルト研究部に入り込んでたのを写真に撮りました。あとは誰かがネットから拾ってきた『逆こっくりさん』は集団パニックを引き起こしやすい危険でタチの悪い噂ですので、遠山さんの方から絶対にしないようにと情報を拡散してもらってます」

「なるほど確かに、その三つはそれで解決ですね。あと、こういうお話って、学校の七不思議のように思うのですが、七つ目の不思議はないのですか?」


 良かった。うまくごまかせてるぞ。そしてこの質問は俺の得意分野だ。


「はい、今のところ確認しているのは六つだけです。えーと、多くの学校にある七不思議っていうのは実際に七つあることは少なくて、『七不思議を集めると真の不幸が訪れる』というような話が七番目に語られたりする例が結構あるみたいです。なので、今回の六つの怪奇事件も、ここで解明しなければ、いつの間にか一つ増えて、いずれこの学校の七不思議として定着してしまうかもしれません」


 うん、われながら完璧。準備してたかいがあったな。メモを書き終えて「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀する先輩にお辞儀を返しながら心の中ではガッツポーズだ。

 顔を上げて参加者を見渡すと、みんなの感心と安堵の表情が見て取れた。


(やるじゃん。さすが私が見込んだだけのことはあるね)


 まぁ、大変なのはこれからなんだけど。

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ロリケモノ妖怪三人娘に取り憑かれたオカ研部部長とアザカワJKの怪奇事件偽装解決レポート 藤屋順一 @TouyaJunichi

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