渡る世間は敵だらけ

 五時限目のチャイムの直前、昼休み明けの世界史という、ゆるキャラのような存在を前に緩みきった空気に包まれる教室に駆け込むとクラスの数人の注目を集め、なんだオカケンか。という表情でそれぞれやっていたことの続きを再開する。これがいつもどおりの平和な教室なんだけど……


「おつかれー、オカケン! ギリギリセーフだねぇ」


 と、そこへテンション高く声をかけてくるのが遠山茉莉花だ。クラスどころか学年人気ナンバーワンとも言われるスクールカーストを超越する遠山の声に、興味を失ってい視線が再び俺に集中する。興味なくていいからこっち見るな。


 こんな状況で目立つような行動はしたくなかったけど、目の前に来た遠山の視線は俺の右手に提げたピンク色の巾着袋に向いていることは明らかだ。


「あ、これ…… ありがとう……」


 巾着袋の口を絞る紐の結び目をつまんで努めて愛想悪く遠山に差し出すと、遠山は袋の部分を持てばいいのに、わざとか何か知らないが悪戯っぽい笑みを浮かべて紐のループの中に指を差し込み、俺の指先に少し触れる形でそれを受け取った。


「んん? それだけ?」


 面倒事が終わって安心したのも束の間、今度は遠山が俺の瞳を覗き込むように聞いてくる。一体何の罰ゲームなんだ、この状況は。


「えーと…… お、おいしかった、よ」


 奴らのせいで一個しか食べられなかったけど。


「えー、ホントに!? やったー。心を込めて作った甲斐があったよー!」


 巾着袋を抱きかかえてはしゃぐ遠山を前にして、さっきから殺意と怨嗟の混じった男子たちの視線が痛いほどに降り注いでいる。


 もういい、これ以上はやめてくれ。遠山よ。


「おい、オカケン! お前、弁当作ってきてくれた茉莉花ちゃんにさっきからその態度はねーだろ!」


 とうとう男子の一人が切れて俺に怒鳴ってきた。しかも二年で初めて同じクラスになって一度も話したことのない、見ての通りのチャラ男だ。誰だよお前。


「あー、授業始まるし、これで」


 こういうときは無視してすぐに話を切り上げるのに限る。席に戻るとチャラ男も俺に興味を失って無視するように遠山の方に視線を戻した。


「茉莉花ちゃん、こんなヤツに弁当作ってもつまんねーだろ。明日、オレに作ってきてくれたらめっちゃ感謝して食うぜ?」

「もー、キミには関係ないでしょ。オカケンは私達のために頑張ってくれてるから今日はそのお礼なの。それに、今のくらいの方がオカケンらしくて、私は好きかな」


「なっ……!」


 こういう状況でよくそんなことが言えるな……

 背後での会話でもチャラ男の悔しがる顔と遠山の「きしし」と笑う顔が簡単に想像できる。

 男子全員の俺へのヘイトはマックスに達しているけどな!


「ちょっと男子ー、まつりんもー、もうすぐチャイム鳴るよー」


 そうして少し変になった空気を機転を利かせた委員長の声がかき消す。遠山と委員長を敵に回すことはクラスの女子全員を敵に回すことに等しい。チャラ男はチッと舌打ちして座り、遠山は「はーい」と返事して席に戻った。


 五時限目が終わり、休み時間。男子の視線は相変わらず敵意に満ちているが女子は遠山のコミュで俺が何をしているか知っているので、表向きは平穏そのものプラスとマイナスで打ち消し合ってゼロって状態だ。俺としては完全に無の状態が好ましいし、そのように過ごしてきたはずなのに、どうしてこうなったのか。元を辿れば一人こっくりさんなんてするんじゃなかったと後悔するばかりだ。


 これ以上教室の中で遠山と話をしてもいいことはないので中庭に出てベンチに座り、奴らのやらかしによる怪奇現象を解明と称して偽装する計画を遠山のスマホに送ってしばらくぼんやりしていると、「それなら『オカルト研究部主催怪奇現象解明ツアー』を放課後に開催しよう」とかいう返事が返ってきた。

 俺の周りには敵しかいない。そう悟った瞬間だった。

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