第6話

 出発は五日後となった。それまでは旅の準備をする。


 ティッカさんは神殿お仕事を終わらせ、上位のバルドに旅に出ることを報告。突然のことだ、俺は難色を示されるかと思っていたが、意外なことに快く許可が下りたらしい。

 想像してみると、ティッカさんはこの若さであるが、バルドは本来若くしてなれるわけではない。その上位となればご老体でもおかしくなく、ティッカさんほど年が離れていれば孫のように可愛がられているのかもしれない。聞けばみんなよくしてくれるそうだし、そういうことなのだろう。


 対して俺たちは旅に必要なものを買い集めることになった。お金は全てティッカさん持ちというか、神殿持ちだ。名目上は仕事だからだ。それに必要なものと言っても食料が主で、道具などは神殿の物とティッカ父の物とおじいちゃんバルドの物とでそろってしまった。


 だから準備と言いても二日で恙なく終えた。その後、俺は町の外で飛行の練習を続け、羽白はその付き添い。なんとか飛べるようになった時には感動したものだ。


 出発前夜、これまた豪勢な手料理を用意してくれたティッカ母に感謝しつつ、楽しい宴を終え、俺と羽白はティッカさんに誘われて家屋の上に出た。もちろん階段はなく、屋根から5メートルほど延びている柱に沿っていく。この葉たちの天井を抜けた先にあったのは、見たことがないほど綺麗な星空だった。夜に塗りつぶされた空に散りばめられた色とりどりの星々、手を伸ばして掴みたくなるほど輝いている満月。そよぐ夜風に無駄な思考を払いのけられると感じるのは無限に広がっていく世界だ。


 展望台ともいえないお粗末な床。ティッカさんが羽白の横に腰を下ろした。


「いい場所でしょ?」

「森の中は大切に仕舞われた宝石箱って感じでしたが、これはとてもそんなものでは収まらないですね」


 目を見開いて、顎を上げ、頭上に際限なく広がる夜空に浸る羽白。


 「私ね」とティッカさんが言う。


「私、バルドとしての夢は二つあるの。もちろん一つは『涙の大釜』を歴史として語ること。もう一つは、この綺麗な星々と月を、誰にも語られていない夜空を物語にすること」

「素敵な夢ですね」

「月も星も当たりまえの光景かもしれないけど、こうして見ればとても綺麗だから」


 これが当たり前の光景とは贅沢な。でも、そうか、そうだよな。この本(せかい)ではこれが当たり前のことなのだ。 

 立ち上がったティッカさんは透き通った結晶が据えられたペンダントを胸の前で握り、薄く伸びた月光を背に俺たちに笑って言う。


「こうして口にしたのだもの。絶対に叶えてみせるわ」

「はい」


 その後は眠気が訪れるまで星を眺めた。時はゆっくりと流れ、森の下の喧騒も静まり、近づく朝と旅立ちにそれぞれの思いを馳せる。

 どんな物語が待っているのか。慣れない旅に不安はあるけれど、行きたくないという気持ちもなかった。



 ***



「三人とも気をつけてね」

「行ってきます、お母さん」


 そんなやり取りをし、揺れる馬車に身を任せ、ナバンを後方に送る。小さくなっていく。


 物語は動き出した。


 主人公ライラ・ティッカが、その夢を叶えるために旅だったのだ。

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